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部誌1:新たな出会い
話は1日前に遡る。
「美也ちゃんは何部に入るの?」
お弁当を頬張る女の子……|朱鳥《あすか》ちゃんから声をかけられる。
ミルクティー色のショートカットに若葉色の 瞳。まごうことなく美少女である。ハチミツのいい香りもするし、朱鳥ちゃんは毎日ハチミツ飴を持ってきてるからね。
しかも私ごときにも話しかけてくれる。陽キャは怖いと思ってたんだけど、そうでもなかったようだ。
「え?わ、私は帰宅部かなーっ。」
苦笑いしながらひょいと卵焼きを箸でつまむ。
私は帰って家でぬくぬくとお絵描きをはじめとする趣味のことをしたいのだ。
お絵描きはできる、が美術部は無理だ。絶対に。見学に勇気を振り絞って行ったがあのマシンガントークと渡り合っていける気がしない。
見学に行っただけでもう褒めて欲しい。それぐらい頑張ったのだ。
「帰宅部?せっかく中学校入ったのにもったいないじゃん。どうせなら演劇部入ろうよ!」
「えっ、演劇部!?」
驚きで卵焼きを机に落とし、つい立ち上がってしまう。ううっ、注目されてる!
ハムスターのように小さくなりながら、なぜよりにもよって演劇部を!と考えていた。
この筋金入りのコミュ障が演劇部に入れると思っているのだろうか。
スピーチになるとあっという間に声が出ない、席替えしないと「|天音《あから始まる名字》」なので……出席番号1番であることがほとんどなので席は端っこで友達が出来ない。こんな人間を世間はこう呼ぶ。
「コミュ障」と!
頑張って受験して、緊張に打ち勝ってこの学校に入ったのに、クラスメートには声をかけられず。
声をかけてもらって何とか、ようやく朱鳥ちゃんという友達が出来たのだ。朱鳥ちゃんがいなかったらぼっちだった。
私って情けない。ああ、なんて情けない……。
「ほらほら!演劇部には裏方さんもいるよ!美也ちゃん器用でしょ?衣装さんとかやったら?」
裏方。確かにその手があったか。うーんでも、でもなぁ……。
「しかもしかも!演劇部は文化部の中で唯一別棟にあるんだよ。ハチミツ飴とかお菓子食べ放題、お絵描きし放題だよ!」
「入る。演劇部入る!」
隅っこで1人でのんびり趣味を楽しめるのなら。こんなコミュ障に話しかけてくれる神様みたいな友達のために入ってもいいかな、なんて。
そして今、私は演劇部の部室にて自己紹介しているのであった。
「|青原朱鳥《あおはら あすか》です!中学1年C組です。先輩、よろしくお願いします!」
「………………ア、アアアアマ、ア、アマネミヤデス。1ネ、C…ヨ、ヨヨッヨロシク、オネ、ガイシマシュ!」
ううう、声が出ない。しかも最後噛んじゃった!
「私は|柿崎麗奈《かきざき れな》、2-Aです。一応この部活の部長やってるよー。よろしくね。」
キラキラ美人オーラがすごい。頭がくらくらしてきた。
「俺は|宝川悠《たからがわ ゆう》。脚本家やってます。」
「脚本家!?」
目を輝かせながら朱鳥ちゃんが話しかける。
「ふふ、そう言われると照れるな。」
「にやにやするな!キモいでしょ。それにお前はうちの幽霊部員ちゃんが好」
「はぁ!?す、好きなやつなんていないからな!?い!いないからなっ!?あと辛辣だぞこの馬鹿部長!」
あわあわと手をバタバタさせながら顔を真っ赤にして部長を追い回す宝川先輩。
……どうやら私たちは、聞いてはいけないことを聞いてしまったようだ。
「演劇部内での秘密だね、美也ちゃん。」
「だ、だね。」
うんうんと顔を見合わせて、私は先輩たちを眺める。
「あ!そういえば、部員って……。」
朱鳥ちゃんが声をかけるとようやく先輩は走るのをやめた。
「うん、部員呼び込まないと間違いなく廃部だね。私、宝川、り……幽霊部員、み……幽霊部員2、で天……幽霊部員3、で美也ちゃんと朱鳥ちゃんで6人。」
うん、幽霊部員の先輩を除いて4人だから間違いなく廃部だ。私としては帰宅部でもいいから問題ない、んだけど。
「そ、そんなぁ!」
朱鳥ちゃんがそうもいかなそうだ。
「ね!美也ちゃん美也ちゃん!明日から呼び込み行こうよ!まだ新入生募集期間あるでしょ!?まだ呼び込めるよね!ね!」
勢いがすごい。
「そ、そうだね!」
明日から呼び込みかぁ。私でもできる、のか……?
とりあえず、今日のところはお開きとなった。
朱鳥ちゃんとは家の方向が違うので駅まで1人である。
放課後、部活がない生徒が帰るには遅すぎず。部活がある生徒が帰るには早すぎる。そんな微妙な時間帯の通学路をふらふらと帰っていると、誰かが叫んでいるのが聞こえた。
「ワンワン!ワオーン!」
「ヒッッ!やめろやめろやめろ!俺のスマホがっ!命がっ!これだから犬は!」
あれはチワワだろうか。
リードをだらりと垂れ下げた可愛らしいチワワがスマホを咥えて走り回っている。それを1人の中学生が追い回していた。時々吠えられて後ろに逃げる。
もしかして、あの人のスマホだろうか。
そうっと、そうっと後ろからチワワに近づいてチワワを抱き上げる。
うちのペットを抱き上げるように、そうっと。優しく、怖がらせないように。
「キュー?」
スマホを素早く取り上げて、そっとチワワを解放した。
「あっ!もう、うちの子ったら!ありがとうございます。」
「イ、イイイエ、イエイエ!」
駆け足で帰っていくチワワの飼い主であろう少女を見送って、そっと男子中学生を見る。
「アッ」
「あっ」
「「………………。」」
たぶんこの人、私と同じだ。うん。その気持ち分かる、すごく分かるよ。口に出すことはできないけれど。もじもじと立つ彼の顔を眺めているうちに、どこかで見たことがあるような気がしてきた。
「……えーっと、もしかして。…………|伊勢谷慶《いせや けい》、さんですか?」
クラスメートに確かいたはずだ。実は入学式を休んでた、私の後ろの席の。
「エッ、アッ…………はいそうです。俺が伊勢谷です。」
小さく肯定し、直立不動のままお互い動けない。
「嘘だろ?何で分かったんだ?俺って影薄いって言われるのに……はっこれはまさかフラグだったりそんなわけな」
「これ、スマホ。」
数十秒経ってようやく私はぎこちない動きでチワワが咥えていたスマホを差し出す。
後ろを向いて独り言を言っていた伊勢谷くんは首を痛めないか心配になる動きでばっとこちらを振り返った。そしてスマホをひったくるように取る。
「壊れてないよな!?電源ついた、良かった!…………アッ、ありがとうございます。」
「「…………。」」
カラスが鳴いている声がよく聞こえる。まるで何かの格闘技の開始を待つように、じっと変な姿勢でお互い固まる。
「あ!ありがとうございましたっ!」
伊勢谷くんはこの沈黙に耐えられなくて、ついに行ってしまった。とんでもない速さで走り去っていった。
「もうちょっと話してみたかったなぁ。」
友達をもう少し増やしたい。さすがに友達100人できるかな?とは言わないけどもうちょっと、せめてもうちょっと欲しい。
「明日は話しかけられるかな?」
きっかけさえあれば何とかなる、かもしれない。
上手く出来ないスキップで、ときどき転びそうになりながら駅まで帰った。
今回は凰薙雅琵さん考案の青原朱鳥ちゃん、そしてノゥ。さん考案の伊勢谷慶くんが登場です。
キャラ募集に参加していただいたみなさま、ありがとうございます!
〈誤字がありました。ごめんなさい…。〉