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月が綺麗ですね
寒桜
※主人公は無性という設定で物語が進みます。
人外学園。
その名の通り、人外達が通う学園だ。教師も生徒も皆人外。人型を保っている者も多いけれど、人間は誰一人いない。
そう、ここでの人間はいるはずのない存在。
そんな人間が、私の隣にいる。
私がいるのは高等部の1-3教室。
今は数学の授業の真っ只中。黒板の前では長い耳を持った先生が板書をしている。
そして私の隣の席には、いつも通り堂々と居眠りをしているクラスメイト。
彼の名前は"クロス"。十字架の浮かぶ赤の瞳が特徴的だ。前はフードのついたコートを着ていたが、最近は着ているところを見かけない。お陰で中の着崩された服装、彼の美しい白髪が見えやすい。
彼はいわゆる遅刻魔で、一限から姿を表すことはほとんどない。少し前までは出席しないことの方が多かったと考えると、今の方がまだマシと思えてしまうのが怖い。遅刻魔よりも、サボり魔と言った方が正しいのだろうか。現に居眠りをしているのだし……。
私の読みが正しければ、先生は彼に問題を解かせるよう指名するだろう。
彼が答えられないと分かれば、きっと先生は私を指名する。人前で話すことはあまり好きじゃない、出来るなら避けたいことだ。
仕方無く私は、すやすやと眠る彼の肩を揺する。
「ん……んん……?」
彼はまどろんだ声を出しながら、こちらへ目線を向ける。『何故起こされたのか』とでも言わんばかりの表情。誤解される前に事情を説明する。勿論先生に気づかれぬよう小声で。
「あぁ……なるほどね。わざわざありがと」
そう言ってふにゃりとした笑顔を見せる。
『どういたしまして』の一言も返さずに彼から目を逸らす。
大丈夫、間違っていない。これは正しい。
彼は私達と違う。人間だ、紛い物だ。
変に絡んでしまったら、私にまで被害が及ぶかもしれない。痛い思いはしたくない。
彼とは必要以上に関わらない方がいいんだ。
---
授業が終わって休み時間。もうお昼か、何だかあっという間だ。
私は食堂で空腹を満たしたあと、学園の中庭へと向かう。中庭は私のお気に入りの場所。いつも気分が落ち着かない時はここで少し休む。
「誰もいないよね」
そう呟いて、周囲を確認してから私はその場に寝転がる。
今日はよく晴れている。空が青い。雲は一つも見当たらない。太陽が眩しい。太陽に照らされる白髪はキラキラと輝いて、どこか美しい──
……白髪?誰の?
「あ……やっと気づいてくれた?」
囁かれるように甘い声が降り注ぐ。
声の持ち主であり、白髪の持ち主である彼はこちらを覗き込んでいた。
思わず「えっ」と驚きの声を漏らしてしまう。
「あれ、驚かせちゃったかな。そんなつもりはなかったんだけど……」
「い、いつからいたの?」
「えっと……『誰もいないよね』から?」
彼は様子を変えることなくそう答える。
私が起き上がろうとしていることに気づいたのか、さり気なく手を差し出してくれる。思わずその手をとってしまいそうになって、慌てて振り払ってしまった。
ぱんっ、という音が中庭に鳴り響く。
「……」
呆然と私を見つめる彼。
初めて見る表情だ。目を見開いて驚いているのに、口元には普段の笑みが残ったまま。
そして彼の右掌はほんのりと赤くなっていた。
「ごめん、嫌だったよね」
お互い何も言葉を交わさないまま数秒が経過し、先に口を開いたのは彼の方だった。
そのまま私に背中を向けて、ここから去ろうとする。振り返る瞬間、本当に一瞬の間だけ、どこか寂しそうな顔が見える。
「待って!!」
必要以上に大きな声を出して、そのまま彼の手首を掴む。
ふわりと、林檎と桜の匂い。彼の匂い。
突然手首を掴まれて、当然彼は驚いている。または、困惑している。
一度息を吐いて、呼吸を落ち着かせてから私は言う。
「私こそごめんなさい。嫌じゃないけど、その、驚いちゃって……」
半分は真実、もう半分は嘘だ。
彼から離れるために突き放したというのに、どうして私はわざわざ謝っているのだろう?
ああ、目を合わせられない。嫌われただろうか、失望されただろうか。
手の力を抜く。するりと抜ける私の手を、誰かが掴んだ。
「君が謝ることじゃないよ。元はと言えば、俺のせいだしさ」
そんなことが出来る相手は一人しかいない。
俯く私と目が合うよう、その場に屈んでみせる。
その姿はまるで、王子様のようで。
「君が良ければだけどさ、俺とちょっと話さない?」
彼の何気ない一言に、私は頷いてしまった。
---
やってしまった。
完全にやらかした。
その場の勢いと彼の色気にやられた。頷くつもりなんてなかったのに。
隣で彼が何かを話しているが、何も耳に入ってこない。適当に相槌を打っているが、これもいつまでもつだろう。思わず溜息が漏れる。
「……大丈夫?」
「あ、うん……大丈夫……」
「「……」」
私と彼は仲が良いわけではない。あくまでクラスメイト、隣の席の子、といった感じだ。
だからこういうちょっとした沈黙が気まずいわけだが、それを打ち破るように彼が声を出す。
「##さんって物静かなイメージだけど……こうやって誰かと話すの、苦手だったりする?」
「……ん?」
「うん?」
「え?」
「あぇ?」
今、##さんと言ったか?私のことを?
彼は同級生や後輩相手だと『■■ちゃん』『■■君』と呼ぶ。そして私は、一応彼のクラスメイト。だから彼らしくないと違和感を感じ、あのように聞き返した。
一方、当の本人はぽかんと呆けている。頭の近くにハテナマークが浮かんでいそうだ。
確かにさっきのはどう考えても言葉不足、そうなるのも無理ないだろう。誤解される前に私が感じ取った違和感について説明する。
冷静に考えれば、私に性別という概念がないからなのだろう。仲が良いわけでもないから、『##さん』と遠慮した……とか、多方そんなところか。
「いやぁ、いきなり呼び捨てするのも失礼かなって……」
「それくらい気にしないよ。好きに呼んで」
「じゃあ、##?」
「……うん、それでいいよ」
気にしないと言ったが、こうやって呼び捨てにされると、なんだか一気に距離が縮まった気がする。
彼は照れ臭そうに「ありがと」と笑ってみせる。
「にてしも、呼び方ねぇ……全然気にしてなかったや。##、俺のことよく見てるね」
あなたが気になっていたから。
つい目で追ってしまうから。
なんてこと、言えるはずがない。
彼が人間だと知るきっかけになったのも、ほんの出来心だった。もっと知りたいという、好奇心からだった。
「……##?」
この学園での種族の違いは、然程気にすることではない。でも、それが人間相手に通じるわけではない。
元はと言えば、この学園に通う生徒達は"人間社会に馴染めない人外達"だ。それなのに人間がいたら元も子もない。折角隠れて暮らしているというのに、私達は何も悪くないのに。
「ねぇ、##」
落ち着け、冷静になれ、慌てるな。
彼はここにいるはずのない存在。いてはいけない存在。
変に関わってはいけない。危険が及ぶかもしれない。
判断を間違えないで、正しい決断をしないと──
「##!!」
肩を掴まれて、ようやく彼に呼ばれていたことに気づく。
無視していたわけじゃない。聞こえていたけど、聞こえていなかった。
「嫌なら嫌って言っていいんだよ……?」
これ以上悩みたくない。苦しみたくない。
「大丈夫って、嘘ついてない……?」
これ以上、余計な心配をかけさせたくない。
「……ずっと前から、聞きたいことがあって」
「ん、え?何?」
その為にも、今聞くしかない。
「あなたは一体何者?」
ああ、やっぱり後ろめたいことがあるんだ。
目を見開いて驚く彼を見て、そう思う。
「何者って……名乗るような者じゃないよ。俺は何処にでもいる一般生徒」
直ぐさまへらへらとした笑みを浮かべるが、いつもよりも余裕がない。苦笑い、という言葉がよく似合う。
「改めて自己紹介しようか?名前はクロス。高校1年生で、君と同じ1-3クラス。それから……」
「あなたは少し前まで、色んな種族の遺伝子が混ざったキメラだった」
きっと彼はそんなことを言おうとしてたのではない。表情を見れば分かる。
でも私は知っているから。彼の正体を。
「あなたは……」
あなたは人間だ。
そんな言葉を出す前に、誰かに口を閉ざされる。
当然、そんなことが出来るのは彼しかいない。
「……それ以上は、言わないで」
彼はそう弱々しく呟く。
私の口に押し付けられた彼の手にそっと触れてみる。とても冷たい。
「ごめんね。##はそれを知っていて、もし俺の邪魔をするって言うのなら……俺は君を処分しなきゃなくなる」
処分。その言葉にぞっと背筋が凍る。
「でも、でも俺は……そんなことしたくない……」
彼は私の口から手を下ろす。
そしてそのまま、彼は私を抱きしめる。
「お願い、内緒にしてて」
何故、抱きしめられているのだろう。
何故、彼はそんなことを言うのだろう。
私が邪魔な存在なら、さっさと殺してしまえばいいのに。
あぁ、やっぱり彼とは関わらない方が良かったんだろうな。
始めから彼に好意なんて抱かなければ良かった。
彼を嫌いになれたらどんなに良かった?
「……分かった。誰にも言わない」
これが惚れた弱みというものなのだろうか。
私はどうしても彼を嫌いになれない。
「……!ほんとに!?」
「うん、本当に」
私は彼が好きだ。
彼の笑顔も、甘い声も、思わせぶりな態度も、全部全部好きだ。
抱擁から開放されたかと思えば、そっと口付けをされる。
……口付けを、される?
顔が近い、近すぎる。
何で?どうしてこうなった?
「口止め料ってことでね」
私が困惑していると、彼は顔を上げてそう悪戯げに微笑む。
先程までの弱っていた姿は欠片も見当たらない。
……やっぱり、彼とは関わらない方が良かったのかもしれない。