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キセキ
ペンギンが焦ったように仮眠室に駆け込んできたのは、夜の0時ほどだった。
「キャプテン!!急患!!」
自分を呼ぶ時専用の呼び名が耳をつんざく。
「落ち着け、ペンギン。何があった、教えろ。」
眠い眼をこすりながら、白衣を羽織って状況を聞く。
時計は午前0時を差していた。
「〇〇区の工場で大爆発が起こって、それでっ、近くの住宅街にも延焼して!!
区内の消防署全部に司令が行って、大騒動になったらしいんです。」
「それで?」
「大体の人は逃げれたらしいんですけど、何人かが逃げ遅れちゃって……。」
火傷か。一酸化炭素中毒か。外科のおれが呼ばれるなら九分前者だろう。
走りながら聴診器を首にかけ、体を目覚めさせる。
ちょうどエレベーターに駆け乗ったところで、ペンギンが口を開いた。
「患者は一人です。」
「一人?他の病院にも搬送されたのか?」
先程ペンギンは何人かと言った。少なくとも逃げ遅れたのは一人じゃないはずだ。
なのに、、、?
「あ、いえ。患者は消防士で。その逃げ遅れた人全員を救助した後に、
焼けた家屋の瓦礫に胸を焼かれてその上大出血したらしくて……。」
「ハァ!?胸!?」
火傷なのはわかっていたが、だいぶ重度かもしれない。
内蔵までやられていたら回復は絶望的だが……、まだ回復の見込みがあるのだろう。
ふと胸の火傷、傷と聞いてアイツを思い出す。
自分の持つ前世の記憶という馬鹿馬鹿しいものに残る、あの麦わらと笑顔。
馬鹿馬鹿しいと思っているのに、どうしてもソレには目を背けられない。
周りの誰も。ドフラミンゴも、コラさんも、クルーも、みんな持っていない。
自分の、たった一夜の短い夢の記憶のようなもの。
大人になっても忘れられない、子供の夢……であろう。
ぽーん、とエレベーターが止まる。オペ室のある地下一階。
カッカッカッと走り出し、準備室へ飛び込む。
救急科が応急処置をしたとは言え、一刻を争う事態だろう。
急ぎガウンを羽織り、帽子、そして手洗い。横目でカルテを見ながらオペ室へ急ぐ。
前世から慣れ親しんだこの動き。もう癖にすらなってしまっている。
「キャプテン、準備OKですって。」
「わかった。今行く。」
準備を終えた時、時計は十分を差していた。
十分でどこまで状況が好転したか、あるいは悪化したか。
自動ドアが開き、広い第一オペ室の全貌が見える。
患者は生命線とも言える機械に繋がれ命を保っている。
半分早足でオペ台の前に立つ。さぁ、始めようかと全員に目配せし、視線を落とした時だった。
「……おい。」
つい言葉が漏れた。ちらりと見えた患者の顔に見覚えがあったから。
年齢にしては幼い顔立ち、食べる割に細い体つき。そして、目の下の傷。
夢に何度もでた太陽の化身。傷のつき方も、おおよその出血量もあの時と同じ。
麦わら屋?彼を呼ぶその声は形にはなってくれない。
オペは順調に……とはやはりいかなかった。
何度も心臓が止まり、何度も輸血パックが行き来し、その場にいた全員が、なぜこんな状態で生きているのかと何度も首を傾げた。
一回の手術でこれだけ輸血パックが使用されたのは前世で一度、今世ではない。
状況が状況なだけに、落ち着いている自分を皆不思議そうな目で見ていた。
二回目。前とほぼ同じ条件、ほぼ同じ怪我。
一回目は救えた。なら今回だって救えるはずだ。
輸血パックが残り十個と知らされた時、ようやく縫合は終わった。
「全く。毎度毎度手間かけやがる……。」
立ちっぱなしだった足はじんじんとしびれて。
睡眠の途中で起こされ10時間の集中はさすがにキツかった。
けれど、またなんとか助けることのできた喜びは果てしない。
「……あの患者さん、キャプテンの知り合いですか?」
ペンギンがコーヒーを差し出し、問う。
どうだろう。アイツは覚えているのだろうか。
覚えていたとして、自分はアイツの何なんだ。
ただの知り合いにしてはいろいろと託しすぎた。
でも、仲間と呼ぶほど、深い関係でもない。やはりドライ。
友。ライバル。敵。どの言葉を上げてみても、アイツとの関係には合わない。
少し考えて、コーヒーを啜った。
「まぁな。」
これの答えなんて出す必要はないだろう。
出したところで、何になるわけでもない。
外はもう日が真上に昇っている。
「『なぁ、お前はこのままで終わるやつなんかじゃねぇんだろ。』」
一向に目覚める気配のない元・同盟相手に、今世でも同じ言葉をポツリとこぼした。
まぁ、前世は二週間以上目覚めなかったから、三日なんて短いものなのだろうが。
「はぁ……。兄貴、今回は生きてんだな。いや、当たり前か。」
兄、ポートガス・D・エースがものすごい勢いで病院に飛んできたのは午前2時頃だったという。
オペ室を出て最初に見たのが、前にアイツが失った者だとは思わなかった。
でも、それが当たり前のはずだ。戦いで命を落とすことなど、今、この国ではないのだから。
「麦わら屋、お前のところのクルーは元気か?
お前はどういう人生を歩んできたんだ?……教えろよ。」
いつも騒がしかった相手の声が聞こえないのは癪だ。
少しでも気を紛らわそうと話し続ける。
飛び込むならせめて退路ぐらい計算していけ。と説教してみたり。
コラさんの前世と今世のドジ話をしてみたり。
ここぞとばかりに海ソラを布教してみたり。
オペの予定もないから、何も気にすることなく話し続けられた。
「……にしても、よく生き残るもんだな。お前は。」
意識は戻ってないとは言え、バイタルは安定してきている。
前より、ずっと。【失っていない】のが大きいのかもしれない。
頂上戦争。赤犬の攻撃によってできた大火傷と大出血。
なぜ生きているんだ。そう思うほどにひどい傷だった。
兄を失ったという精神的打撃も大きかった。
それでも持ちこたえたのは、、、
きっと偶然に過ぎなくて、そこから始まる一味の勝利の軌跡も、きっと同じ。
でも、その偶然を、アイツは勝ち取った。神を嘲笑うかのように、偶然のルートを勝ち取った。
それを知っているからだろう。コイツをいつでも信じてしまう。そう、今も。
過去と現在のリンク。自分とアイツの関係のリンク。
運命と呼ぶには曖昧だ。それに運命論なんて自分は信じない。
けれど、コイツのことは信じられるから。
「早く目覚めろ。麦わら屋。」
目を覚まして、その光で誰かをまた照らしてやれよ。
あの軌跡をまた辿って、人々に太陽を。
そして、またおれに、お前の起こす波乱を、無茶苦茶を、そして___
「キセキを、見せてくれよ。ルフィ。」
初めて呼んだ名前はICUの中にこだましていた。