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〖最高で最悪で奇妙な物語〗
庭園の近くのベンチに痛々しい姿でぐったりとしている女性がいる。
その横で少し心配そうにした男性が右往左往していた。やがて、一匹の薄汚れた猫がぽてぽてと近づいて座るように腰を下ろした。
「こりゃまた、酷いねぇ」
「酷い、で済むものなんですか?」 (リリ)
「...まぁ死んでないだけね...」
結衣は何度か鋭いもので刺されたような跡が膝にあり、そこから赤い血が垂れて固まっていた。
顔や腕には何度か殴られたような跡が青痣になっていたが、腕に残っていた手形はうっすらと消えつつあった。また、呼吸も回復しつつあった。
「......〖アリス〗...君が死なないことは確かだろう。君は2つで1つだから、その傷も...きっとすぐに治せるさ」
結衣の口から蒸せかえるような嗚咽が洩れる。やがて、うっすらと目を開けてダイナの白く濁った瞳を見つめた。すると、どうだろうか。傷口は塞がり、青痣や手形は薄く消えていく。
なんとなく感じる気味の悪さがリリの頭から離れなかった。
「...これは...なん、ですか?」 (リリ)
「もう知ってるだろう。答えるまでもないさ」
「知ってる、知ってるって...こっちは何も知りませんよ。いやに狂ったこんな世界、知ってる方がおかしい!」 (リリ)
「それは君が覚えてないだけだろう。彼、彼女は...もしかしたら、あるいは......」
何かを知っていうようで知らない。そもそもここにどうやって来たのか。
何が目的なのか。この猫の言うままに従ってもいいのか。
それすら分からない。しかし、もしかしたら、あるいは...。
「一度、醒める必要があるね」
そう言われた途端に開けているはずの瞳を開けるような感覚に襲われ、知らない都会の路地裏に近しいところが映る。自分の近くに何の外傷もない結衣がおり、他にも複数人がいることが分かる。
その光景に驚きを隠せないでいると、それがぐにゃりと歪んで再び、ベンチの側に戻った。
結衣の傷はもう綺麗さっぱりとなくなっていた。
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どこからが夢だったか。
どこからが現実だったか。
どこからが始まりだったか。
どこからが終わりだったか。
どこからが、何だったのだろうか。
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「お待たせいたしました!」
〖第三幕 ~喰って喰らって喰い続けて~〗
やがて、肉眼では分からないほど大量の植物プランクトンが水一杯の水槽に入っている料理が運ばれてきました。食いしん坊なセイウチはその料理に目を丸くして、優しい大工の方を見ます。
セイウチ:「ナンだ、コれ?おイ、ヤングオイスターはカラカッてるのカ?」
誰も答えません。優しい大工も、小さなベビーオイスターも、ヤングオイスターも口も殻も開こうとしません。
そし_
「食っちまえ!」
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「喰っちまえ!」
観客のセイウチが叫んだ。
「そうだ!そうだ!み~んな、喰っちまえ!」
続けて別のセイウチも叫んだ。
口々に腐った臭いのオイスターを口に含んで、唾を飛ばしながら訴えかけた。
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がやがやと騒がしい声が舞台裏に響く。
暗く照明も少ない舞台裏に猫の毛がぽつぽつと落ちている。
「...君さ、換毛期なの?」 (光流)
「はぁ?......だったらなんだって言うんだ、君が毛でも取ってくれるのか?」
「いや、取らないけど」 (光流)
光流がそう言ってチャシャ猫から目をそらす。かえって、チャシャ猫は鼻を鳴らして先に歩く凪だけを見つめていた。
やがて、今までのより騒がしい声に大きく響いた。だんだんとそれが近づき、目と鼻の先ぐらいの距離になった時、圧縮されたように詰められたヤングオイスターの檻の箱がいくつも目の前にあった。
「......あの」 (凪)
それに対して何かを言おうとした時、一斉に身体を震わせヤングオイスターが振り返り、目がくり貫かれたような穴の瞳でこちらを見た。
何も言わなかった。ただ、口を鯉のようにパクパクと開いては閉じ、とにかく身体を震わせて寒そうに、怖がるように見ていた。
チャシャ猫がその姿を嗤った。ヤングオイスターが泣いた。
そして、合わせたかのようにぴったりと揃って凪と光流を見た。
不快感が開け放たれた舞台裏の扉から出ていくことはなかった。