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8.畑
「そう。これ、麦。」
「これが……麦?」
信じられなかった。これまでの常識が覆された気がした。
(私が考えていた、農村の平和な絵は一体なんだったんだろう?本来はこんなものだったのかな?)
カルチャーショックだ。
「正解。」
「どうやってこれから麦を取るの?」
「お前、無知。そして、こうする。」
そう言って見せてくれた。
この人は……かなり無口な人なようだ。
「お前、無口。だけどありがとう。」
同じように一言目を返した。そして響は気づく。この喋り方が確かに楽であることに。
その間にも、その人は、どうやって麦を取るのかを教えてくれた。
「こう。」
ひまわりの種があるところに…大量の麦の原型があった。それを取るのだ。そしてこれを削ったら、きっと小麦粉に、そしてそれを調理したら、パンになるのだろう。
「名前、何?」
話し方を真似……いや、楽にしてその人に尋ねた。
「セルア。」
「セルア、ね。私は、ヒビキ・カグラ。よろしく。」
「うん、よろしく。」
さすがに全てを真似するのは気が引けたのか、「私」の後に「は」を入れることになったが、響はこの喋り方を気に入った。もちろんこの人と喋るときにしかするつもりはないが。
「喋り方、真似る、いい?」
「うん」
どうやら許可をもらえたようだ。
「感謝。」
セルアならこういうだろうな、と思って省略した言葉で思いを伝えた。
「手伝い、いい?」
「了」
(なるほど、そういう略しかたもあるのか。なるほどなぁ。)
響の好奇心は旺盛だった。
「この畑、収穫、よろしく。」
「了」
そう言って、響は自分で笑ってしまった。
セルアも少し笑ってくれた。それが、響にはうれしかった。
それからは、二人とも無言だった。そして、作業は順調に進んでいった。
「半分、了。」
「疲弊」
そう、疲れた。昼食はとっくに食べて、また作業を再開させていた。
「目標、全部。」
「うん。」
今までで半分終わらせられたから、それは簡単だろうと思って、頷いた。進んでいる実感が得られているからか、それからのスピードは上がっていった。
「完。」
「完!」
響もセルアも満足げだった。
「いつも、何日?」
「いつも、三日。今日、早い。ありがとう。」
いつもは三日だそう。二人やるようになっただけで3分の1になっちゃったようだ。驚きである。
「喜。ありがとう。」
響もお礼を告げる。
セルアとの会話は、余計なことを言わなくてよくて、そして最小限の単語で話を伝えられる。また、喋りたいと思える相手、そして喋り方、そして時間だった。
「戻りました。」
セルアはいないので、いつもの話し方に戻すことにする。
「おう、終わったか?」
「はい。楽しかったです。」
「楽しかったのか、それはよかった。」
「セルアさんって面白いですね。」
「そうだろう?彼女は陰で人気なのだよ。若い男子に。」
響は、別にそんなことは知りたくなかった。
「明日の仕事、何?」
まだ完全には口調が戻らない響であった。
「明日の仕事はなぁ、村同士の連絡をやってもらおうかと思っているんじゃ。せっかく馬に乗れるようになったんじゃから。」
「分かりました。どこの村へ?」
「多分、村から見て右のほうの道じゃな。」
「だったらまだ行ったことが無いほうだ。」
「そうか?それならあちらでも一日滞在して何か学んでくるとよい。」
「そうですね。ありがとうございます。」
(流石に山の向こうに行くことはできないよね。)
そのことが響には悲しかった。
「あ、明日は息子にもついて行ってもらうからな。」
「え?」