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〖鏡逢わせのアリス〗
「...あぁ、ええと......田村ミチル君と、一条イト君だよね?」
白兎が脚から白い砂を垂らしながら桐山の脚にすり寄る姿を気にもせず、桐山がそう口を開いた。
ぼさついた黒髪を掻いて、二人の顔を見回し、また口を開いた。
「ここ、どこか分かる?」
二人が首を横に振った。その答えにまた頭を掻いて、足元ですり寄る白兎が砂を撒き散らしながら、奥へ誘うのを見た。
「...終わりが、あるだろうから......行こうか?」
二人が首を縦に振った。
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赤と白が入り交じり、破れたトランプが散らばる城内。
青い葉に成る赤薔薇は全て黒く塗られ、ペンキが滴っている。
ダイナがその落ちたペンキをつけ、葉っぱに肉球のスタンプを押していく様子が映る。
その様子に呆れたように結衣が口を開いた。
「何してるんですか」 (結衣)
「うん?......ああ...そろそろ行こうか。白兎はあるね?」
「白兎...?...破片ですか?」 (結衣)
「ああ、そう、鏡の破片だ」
「白兎だとか、鏡の破片だとか...なんなんですか、それは?」 (結衣)
「もう知ってるだろうに。まぁ、そうだね、説明は何百回してもいいから話そうか」
ダイナが尻尾を立たせながら破れたトランプにスタンプをつけた。
「まず、今から会うのは〖女王様〗さ。
あの口五月蝿い女王でね、最近はめっきり五月蝿くて、破片を探せと喧しい。
この女王様は鏡でね。割れている時に映す言葉は全て嘘で、まっさらで割れていない時は真実を映す。
今はその、割れている嘘つきってわけさ。くれぐれもであの鏡の言葉に耳を貸しちゃいけないよ。
次に〖白兎〗。本物は女王及び、鏡の破片で鏡逢わせしたり、破壊することで白兎から破片へ変化する。
一つ気をつけて欲しいのがこの白兎にも偽物がいること。
ソイツを〖偽夢〗...これは鏡まで案内してくれるけれど、女王へ嵌めても白い砂になってバラバラになる。その白い砂は集まって、その...前に見た黒い蛇みたいな黒く変色して実体をもって襲ってくる。
これも|本物《白兎》と鏡逢わせするか、破壊することで暴けるね」
つらつらと説明を垂れ、小さな足を動かしながら更に口を動かす。
「さて、その女王である鏡を割った人物が例の三月兎だ。兎にも悪い兎と良い兎がいるのさ、人間にもいるだろう?
その三月兎は割れてなかった女王様の裁判中にとにかく暴れ回って、もうずっと前の〖アリス〗の靴を女王に投げて割ってしまった。
そこから、もう女王様は三月兎を打ち首だとか、ムキチョーエキだとか言って最終的に三月兎を投獄して...不思議の国の因果から、鏡の破片を集める〖アリス〗を呼び込んだわけだ」
「〖アリス〗?...じゃ、要はその鏡である女王がこの世界の...力?的なものを使って?...その、割れて散った鏡の破片である白兎を...集めさせる為にジブンを呼び込んだと?」 (リリ)
「あ~...そうだね、理解が早くて助かるけど...正確には結衣と、もう一人だけだね。
その子と二つほど、共通点があれば〖アリス〗に指す。
ただこの〖アリス〗も不完全で...あ~...そうだね、これは...|チャシャ猫《ブラザー》に託すよ」
そう言って、目と鼻の先で笑う艶やかで美しい毛並みにふっくらとした身体つきの小綺麗な猫。
「やぁ、|ダイナ《ブラザー》。俺が話そうか?」
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「ああ、頼むよ...後ろの〖アリス〗もいいね?きっと話したんだろう?」
痩せこけた身体に毛並みの悪い薄汚れた猫がそう言って凪と光流を見る。
「...ええ」 (凪)
「ああ、いいよ」 (光流)
「そりゃ何より」
チャシャ猫が尻尾をピンと立たせて口を開いた。
「〖アリス〗は今の君...凪と...ああ、結衣だったな。その二人のことだ。
〖アリス〗は鏡の破片に唯一触れられ、鏡を元に戻すことができてね。その状態だと女王を元に戻せるんだが、〖アリス〗だとダメなんだ。
〖アリス〗は`【アリス】`でないとダメだ。〖アリス〗は確かに女王を元に戻せる。けれど、夢...この国から醒めることはない。
〖アリス〗は女王を戻して、女王...鏡へ入っても帰れない。永遠と始めからを繰り返す。ちなみに女王はあまりに〖アリス〗が帰れないと人を更に呼び込む。捜索人を増やすわけだ。
つまり、俺らはあんたらが何度も〖アリス〗として、さ迷ってるのを幾度となく見てきた。
これを知ってるのは女王と、案内人である|ダイナ《ブラザー》と俺だけだ。
そして`【アリス】`。〖アリス〗ともう一人の〖アリス〗が繋がることで2つが1つになる。
それが`【アリス】`だ。これは女王から元の世界へ醒めることができるから、帰る時はそうしてくれ。
それを忘れたり、片方が亡くなったりで...あんたらがまた繰り返すのを何度も見てきたよ。
ただ、国も慣れてしまったか、今回ばかりは違うようだね...まるで何か、異物が入りこんだような_」
「|チャシャ猫《ブラザー》」
不意にダイナが口を挟む。すぐにチャシャ猫が口をつぐんで、先に広がる暗くふわふわとした曖昧な雰囲気のある洋風の建物。
その奥に布のかかった厳かな雰囲気の鏡。
人が数人映れるほど、大きいが、その鏡が映る部分には何もなく、額縁が見えている。
微かに残る破片に人の一部のようなものが移り、どこか弱々しい声で誰かに語りかけた。
「......で、探して......〖アリス〗......胡椒.........人形......ビスケット...双子......虫...破片を...」
「...君さ...ずっとそのままでも良いんじゃない?言ってることは五月蝿いけど...声が小さいから、ちょうどいいよ」
「...よ、しろ...の?ダイナ......いわね。かえって...わ。......早く、〖アリス〗...」
何を話しているかはうまく聞き取ることはできないが、その場にいるチャシャ猫もダイナと同様に笑っているところを見るに彼等には聞こえているようだった。
やがて、話が着いたのかダイナがチャシャ猫に耳打ちをして互いにお互いの〖アリス〗へ戻る。
お互いがお互いと挨拶した後、〖アリス〗が自分と同じ黒髪と、黒い瞳を見て鏡のように見る。
無数に反射する自分自身を見て、お互いが離れた。
「`【アリス】`」
猫が導くように呼んだ。
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白兎を追う。
偽夢を追う。
〖アリス〗と`【アリス】`を追う。
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そこに、|胡椒《ペッパー》や|砂糖《シュガー》の粉を撒き散らす髪の人のようなものが蠢く肉と戦っていた。
巨大な肉が暴れようとして、〖アリス〗に助けを求めた。
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そこに、二人で一人の双子が人形となって何体も何体も椅子に座っていた。
黒いアンティークドールと白いビスクドールがお互いに嗤って、同じ服装で、〖アリス〗を嗤った。
全員が頭からかかとまで、赤く、細い糸に繋がれていた。