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ガラスのような貴方 第2話
「こんにちはー」
「こんにちは。いいところに来ましたね」
昼休み、福田先生に会いたくなって理科準備室に行くと、やけにニコニコした福田先生がいた。と言っても、この先生の真顔をほとんど見たことが無いぐらいにこの人はいつもニコニコだ。
「いいところとは?」
「机の片付け、手伝ってくれますか?」
そう言って先生が指差した先を見ると、机の上に様々な問題集や印刷されたプリント、ペンなどが散らばっていた。
「さっきまでここでうちのクラスの子と面談してたんですけど、この机を見て爆笑されまして。私自身も使いづらいですし、手伝ってくれませんか?」
「わかりました。にしても、どうしたらこんな散らかるんですか?」
「先日、中間テストがあったでしょう?その問題を作るために色々な問題集漁ったり入試問題から厳選してたんですけど、丸つけに追われて片付けが後回しになってたんですよ」
「なるほど」
うちの学校の中間テストは主要5教科しかないため、俺の役目は期末テストだけだ。その期末テストも、大体の問題はそれほど難易度を高くしていないので問題作りもそう大変ではない。ただ、その分提出物も評価材料として大きく関わっているから生徒達には提出物の呼び掛けはよくしている。
「このペンはどうしますか?インク、もうあんまりなさそうですが」
「ではこちらのゴミ箱へ」
「この問題集は?」
「そちらにある青いボックスにお願いします」
机の上にある物を先生に見せては捨てたりしまったりしていると、昼休みの15分はあっという間に過ぎチャイムが鳴った。あと5分で授業が始まるから、俺もそろそろ行かないと。
「ありがとうございました。もし良ければ明日も手伝いに来てくれますか?」
俺が準備室を出ようとすると、後ろから福田先生にそう聞かれた。
「……はい!ぜひ、手伝わせてください」
これで毎日会う口実ができた。正直めちゃくちゃ嬉しい。
「助かります。午後からも頑張りましょうね」
「はい。では、失礼します」
俺は一礼して準備室を出て、木工室へと向かった。
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「先生、なんか機嫌いいですね」
「え、そう?」
放課後、剣道部の練習を見ていると生徒にそう言われた。
「先生いつも特にテンションの乱高下はないけど、今日はニコニコしてますよ」
「マジか」
完全に無意識だった。まさか、見抜かれてたとは。
「いいことでもあったんですか?」
「あったと言えば、あったかも?」
「だってさ。皆ー!問い詰めよー!」
「いややめて?」
ちょうど休憩に入ったところだった皆に囲まれ、質問攻めにあう。
「好きな人でもできたんですか?」
「教師は忙しいから恋愛してる暇ないね」
というのは嘘だが。普通に結婚してる先生もいるし。
「車のローンの返済が終わったとか」
「やけにリアルだけどまだ残ってる」
「プロポーズ成功?」
「恋愛してないって」
中学生はどうしてこうも恋バナが好きなんだ、と心の中で突っ込むが、男子校出身の俺には少し眩しく感じる。
「ガチャでSSR引けたんですか?」
「ノーマルかSRしか出てこなかった」
「弟が布団で勝手にヘビ飼ってた?」
「それ昔の話だし全く嬉しくなかったよ。あと俺一人暮らし」
3年生の女子が、俺が少し前の授業で話したことを覚えていたみたいだ。昔弟が俺の布団で勝手にヘビの卵孵して飼い始めて、殴り合いの喧嘩になったのだ。
「はい、休憩終わり。大会近いし、練習戻りな」
『え〜』
「早く早く!」
その日はそんなどうでもいい会話をして、部活が終わった。
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「お疲れ様です」
「お疲れ様です」
部活の指導が終わり、剣道場の戸締まりをして職員室に戻ると福田先生に声をかけられた。
「何か盛り上がってたんですか?笑い声、校舎の廊下でも少し聞こえましたよ」
「ああ、生徒たちに質問攻めされてたんですよ。今日、先生機嫌いいですよねって言われて」
「なるほど。で、なんかいいことあったんですか?」
福田先生は納得したような顔をしてから、すぐニコニコに切り替わった。
「特に何も」
「夕飯のメニューが決まったとか」
「決まってないですね。なんかいいアイデアあります?」
先生にこんなことを聞くのも変な話だが、決まっていないのは事実なのだ。一応インスタントのものはストックしているが、そういうのは金曜の夜とか土曜の夜とかに食べたい。
「肉と魚だったらどっちの気分ですか?」
「どちらかと言えば、肉?」
「回鍋肉とか」
「キャベツあったかな」
肉はあるから、キャベツがあれば素を買って帰れば作れる。
「あとは便利なのは鍋じゃないですか?野菜切ったりがめんどくさいですけど、今夜作れば明日の朝も食べれますよ。私はいっつもシメに麺入れて、夜はそれ食べて余ったスープを翌朝雑炊にしてます」
「あ、いいですねそれ。今日それにします」
「ぜひぜひ。明日感想聞かせてくださいね」
「はい!」
その日の俺は、ウキウキで野菜を買って家に帰った。