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魔女と巡る旅
使い魔。
その種族は多種多様で、獣から鳥類。
悪魔が使い魔になった事例も、本当に少ないが確かにあるらしい。
「次!」
使い魔の召喚には、三年間の学園生活で知識を深めて技術を磨く。
そして、卒業試験を受ける合格する必要があった。
俺──メイナードは今日卒業する。
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正式に魔法使いへとなった俺は、生涯を共にするパートナーであり家族を召喚出来るのだ。
魔法使いが命を落とせば、使い魔も命を落としてしまう。
その逆もあり得る、まるで悪魔の契約だが俺は楽しみにしていた。
「これが俺の使い……魔?」
魔方陣に血を垂らして呪文を唱えた。
すると三年間切磋琢磨してきた友人たちと同じように、煙で魔方陣周辺の見通しが悪くなる。
少し時間が掛かる筈だったが、強力な風が煙を吹き飛ばした。
そこにいたのは王道の黒猫でも、鴉でもない何か。
いや、その言い方は失礼だったかもしれない。
手首足首に鎖を付けた、白い服の女性が膝を片方だけ立てながら座っていたのだ。
「おい、それは無いんじゃねぇか?」
瞬きをした一秒にも満たない時間。
その一瞬で、目の前の光景はガラリと変わっていた。
俺が立っていた場所から半径1mもない位置から先。
芝生は燃え尽き、とてつもない程の熱さに襲われる。
魔法、しかも先生の最高火力と気づいたのは少し経ってから。
そして俺を確実に殺しにきた魔法を、彼女が防いでくれたことに気がつく。
「別にただ生徒たちを送り出すだけが、俺の仕事じゃない」
「世界平和を脅かす存在。そんな奴を召喚した場合は契約を結んだ魔法使いを殺さなくちゃいけない規則だからな」
笑いながら言う女性の発言に、背筋が凍る感覚がした。
ずっと憧れていた先生に殺されかけたことも。
召喚した彼女が世界平和を脅かす存在というのも信じられない。
でも、先生の眼が本気だ。
「本当に済まない、メイナード」
ずっと考えていても仕方がない。
俺は大きな声で笑う。
そして、真っ直ぐ腕を伸ばして青空を指差した。
「どうやら俺の人生はここで終わりらしい。でもお前らと三年間過ごせただけで満足だ」
「メイナード……」
「仕方ない、俺がずっと空からお前らのことを見守ってやる。ちょっと待て、俺そもそも天国に行けるのかな?」
周りに問い掛けると泣きながら笑おうとしている。
きっと行ける、と次々に背中を押してくれた。
これで無視されたら死にきれないっつーの。
さて、あいつらとの別れは済んだ。
後は先生に1個だけ伝えたら人生に悔いはねぇ。
「来世では先生を超える魔法使いになる。だから楽しみにしておいてくれよな」
「……あぁ」
最後まで涙を見せない強い男に、俺もなりたかった。
ポタポタと地面を濡らしていく涙。
拭っても拭っても、止まることはない。
先生はやっぱり俺の憧れだ。
「何故そこまでする」
これから共に死ぬ彼女は言う。
「命は惜しくないのか。お前、これから死ぬんだぞ?」
「泣き叫ぶなんて、子供みたいなこと先生なら絶対しないからな」
「……この死にたがりめ」
また女性が邪魔してくる可能性がある。
その為、俺が使える中で最強の拘束魔法を発動させた。
放たれた炎に自ら飛び込む為、自身の箒を手元に呼び寄せる。
遠い国では物に魂が宿ると言われているらしい。
なら、燃え尽きるのは俺一人だけで構わないだろう。
巻き込んで悪いな、名前も知らない俺が召喚した使い魔。
炎に当たる瞬間、時が遅くなったように感じた。様々な思い出が頭の中を駆け巡る。
すると、考えないようにしていた感情が一瞬だけ表に出そうになった。
幼少期より自分の意見を主張することが少なかった。
あまり裕福な家庭ではないから、我儘を言って迷惑を掛けるわけにはいかない。
いつの間にか父親は消え、母親は疲労で倒れた。
一人になった俺に手を伸ばしてくれた先生は本当に格好良くて、憧れで超える目標だ。
どれだけ馬鹿にされようとも、偽善者だと罵られようとも。
俺は、目の前で困っている全員を救いたい。
最強の魔法使いになって、先生に恩返しをしたい。
アイツらと、まだまだいっぱい話したい。
「やりたいことが、ありすぎるな……」
俺は静かに目を閉じた。
──本当にお前は馬鹿だな
「私にまで謝るとか、頭のネジが数本どっかいってるんだろ」
そんな声が聞こえた瞬間、謎の浮遊感に教われて目を開く。
天高くで、俺の魔法よりも強力な拘束魔法で囚われていた。
「は?」
思わずそんな言葉が漏れる。
そして隣を見ると、召喚した女性が俺の箒に乗っていた。
話し掛けようとしたが、真っ先にそれが目に入って声が上手く出せなくなる。
「コイツが死にたいのは勝手だが、私は生きたいんでね」
「……その手錠があるということは完全に封印は解けていないはずだろう」
「あぁ、だから何倍も時間が掛かって機嫌が最高に悪い」
それじゃあ、と女性は箒の進行方向を変えた。
先生が魔法を準備をしようとする。
「今すぐ殺り合うのも構わないが、新人魔法使いなど赤子と対して変わらん」
その言葉が意味をするのは、真っ先に俺の仲間を殺すということ。
先生は彼女と戦うことを止め、俺たちは意外にあっさりと学園の敷地を抜けた。
「……なぁ」
「話し掛けてくるな」
集中してるんだ、と女性は必死に応急手当をしている。
俺が先程気づいたのは、彼女の怪我だった。
最後に見た時には無かった《酷い火傷》は、とても痛々しい。
応急処置をしたとしても、ちゃんとした治癒魔法を使わないと病気に掛かる恐れがある。
「1つだけ聞かせてくれ」
女性は何も答えない。
無視されていたとしても、これだけは聞いておきたかった。
「俺を助けたの、生きたいからだけじゃないよな」
返事は来ない。
わざわざ火傷してまで俺を助けたいのは生きたいから、なんて理由じゃないような気がした。
治癒魔法ではなく、彼女はずっと水魔法で冷却している。
封印、が関係しているのかは分からない。
暫く無言が続いていると、彼女は小さく呟いた。
「……教師に殺されるなんて、嫌だろ」
その一言を最後に、俺たちは会話をすることがなかった。
元々俺と話したくないと言っていたから、当然だろう。
だがさっきの女性は、どことなく悲しそうに見えた。
そもそも世界平和を脅かす存在って、どういうことなんたろう。
彼女の力は封印されているから、実際はもっと強いはず。
昔、何があったんだろうな。
「……着陸するぞ」
そんな声が聞こえて俺は起きた。
いつの間にか、眠っていたらしい。
日光があまり入ってこない森に着くと、女性は歩き始めた。
二人の足音だけが、静かな空間に響いている。
「ここは……」
「忘却の森。世界地図には載っていない、名前の通り『忘れられた森』だ」
人が長年踏み込んでいないのだろう。
絶滅したと思われていた動物、今は全て枯れたはずの花。
遠い過去にしか存在しないものが沢山そこにはあった。
「置いてくぞ」
少し駆け足で追いかけていると、小さな建物が見えてきた。
女性がその扉を開けた瞬間、中から炎が出てくる。
確実に食らっていたように見えたが、防御魔法が間に合ったらしい。
ため息を吐きながら彼女は言う。
「その癖はまだ治っていなかったのか、コハク」
「も、申し訳ありません……」
「別に謝ってほしい訳じゃないんだけど」
琥珀色の瞳をした少女が、そこにはいた。
しかし、あれほどの魔法を使えるとは思えない。
「えっと、そちらの方は?」
一瞬面倒くさそうな顔をしたかと思えば、とりあえず建物の中に入れてもらえた。
趣ある外観からは想像できないほど中は綺麗だ。
きちんと毎日掃除しているのは見ただけで分かる。
「コイツが封印を解いた」
「……へ?」
どうも、と俺はお辞儀をする。
すると少女が一瞬で頭を下げた。
「ありがとうございます!」
机にぶつけ、涙を流しながら叫んでいる。
声の大きさに頭がキーンとなった。
とりあえず感謝されてるはず、だよな。
「ついでにコイツの使い魔になったから」
少女は勢いよく顔をあげ、そのまま後ろへと倒れた。
「レイラ様ほどの力を持っている魔女が使い魔にされてしまうとは……」
「魔女、だって?」
背筋の凍る感覚に襲われる。
魔女レイラといえば、この世界を滅ぼそうとした女性。
誰でも関係なしに笑顔で命を奪う。
数え切れないほどの悪魔と使い魔契約を結び、国を壊滅寸前まで追い詰めた。
どんな魔法使いでも殺すことはできず、封印されていると習ったけど──。
(まさか、彼女だったとは)
よく考えれば幾らでも当てはまる箇所はあった。
先生に殺されかけたのにも納得がいく。
「今すぐ逃げたしても構わないぞ、死にたがり。その場合は牢に入れさせて貰うが」
資料によれば、魔女レイラは不老不死。
悪魔が倒されたとしても、心臓を貫かれようとも死ぬことはなかった。
なら、今のはおかしい。
彼女を召喚してから今までの行動を思い出す。
「……お前、本当に魔女レイラなのか?」
「どういう意味だ」
酷く冷たい視線に逃げ出したくなる。
でも聞かないと気が済まない。
学園で習った内容と違うところは、幾らでも上げられた。
まず、召喚された瞬間に俺たちを皆殺しにするはず。
悪魔が倒されても生きているのは、使い魔契約を結んでいないから。
不老不死なら、俺が死んでも問題ない。
なのに、逃げたときは牢に捕らえられる。
俺は勇気を振り絞って口を開いた。
「歴史に残っている魔女レイラと、俺が見てきたお前は明らかに別人なんだよ」
「……。」
「同一人物だとしても、何でそんなに違うのか説明してくれ」
魔女レイラは感情のない殺人鬼。
そんな資料をいつか読んだ。
なら、彼女が見せたあの表情はどう説明する。
悲しそうな顔は、昔を思い出しているようにも見えた。
「おい、何でもいいから答え──!」
そう言った瞬間。
俺は彼女の些細な変化に気がついた。
小刻みに揺れる肩。
怒っているようにも見えるが、笑いを堪えているようにも見える。
どちらか判断できずに戸惑っていると、少女がいつの間にか隣にいた。
そして耳を塞ぐように進めてくる。
理由は、すぐに理解した。
---
私──レイラは大声で笑う。
「よく分かったな、この死にたがりめ!」
久しぶりにこんなに笑えた気がした。
封印されていた間、暇すぎて覗きぐらいにしか使えない最弱の魔法。
それで私のことをどう書き残されていくのか見ていたけど、本当に酷すぎる。
「いたた……」
笑いすぎてお腹が痛くなってきたところで、私は話し始める。
「私は魔女レイラ。歴史の通り、たくさんの命を奪ってきた殺人鬼だ」
アイツらと世界一の魔法使いを目指していた。
もし《《気づかなければ》》違う未来があっただろう。
私が弱いからだ。
馬鹿だったせいで世界を敵にまわすことになった。
「死にたがり──いいや、メイナード」
「……俺の名前」
「聞かせてくれ、お前は生きたいか?」
死を望むのなら私も共に、というだけだ。
メイナードという新人魔法使いの彼は、本当の私に気づいた。
そして、私のせいで殺される未来は変えられないだろう。
コイツの憧れたアイツにも、共に学園生活を送った友人からも。
世界中の誰からも死を望まれるなんて、私だけで十分だ。
「お前、死にたいのか?」
そんなメイナードの質問に黙ることしか出来ない。
この世界で生きる理由は見つけられないだろう。
でも|私の使い魔《コハク》と、|忘却の森《この地》で生きる全員が私に『生きろ』と言っている。
「……分からない」
「じゃあ生きようぜ」
私は驚く。
「世界各地を巡って人助け。ついでにお前の生きる意味も見つける」
彼が本気なのかは、聞くまでもない。
この森に隠れていれば安全。
忘れられたこの場所を見つけることは誰にも出来ない。
それでもメイナードが提案するのは、外に行くこと。
「私なんかに人助けが出来るわけ……」
「まず、その考えを捨てろよ」
どうしても彼の提案を受け入れられない。
過去が消えることはなく、私は弱いままだから。
「生きたいのか、それとも死にたいのか。分からないんだから挑戦するんだろ」
アイツの姿が、重なる。
ポロポロと溢れた涙は止まらない。
私は魔女レイラ。
多くの命を奪ってきた歴史に残るほどの殺人鬼。
そして誰にも話せない秘密を抱え、唯一世界に牙を向いたであろう馬鹿な人間。
弱い私は、変われるのだろうか。
罪滅ぼしを兼ねた世界を巡る旅の中で、生きる意味は見つけられるだろうか。
その時、地面が揺れた。
建物が軋み、一気に辺りの温度が上がる。
ここからでも分かるほど強大な魔力。
メイナードと話してる暇はない。
壁に立て掛けてあった私の箒と杖を持って魔法を発動させる。
「レイラ様、そのお姿は……!」
白い服から真っ黒な服に着替えて帽子を被る。
一瞬鏡で見てみたが、数十年前と変わらない姿。
魔法使いの年齢が止まってしまうのは、強大すぎる魔力が身体に影響を及ぼすから。
私は学園を卒業した翌年に不老になった。
「世界各地を巡る旅で、私は本当に『生きる意味』を見つけられると思うか?」
ドアノブに手を掛けた私は問い掛ける。
決して振り返らず、返事を待つ。
「もちろん。でも行動に移さないことには、何も始まらない」
「……そうか」
じゃあ旅に出るためにさっさと片付けることにしよう。
扉を開けて私は二人と目を合わせた。
どうやら、彼らも襲撃者は分かっているらしい。
ため息を吐いた私に対して、コハクが立ち上がる。
「私も行きます」
「封印が完全に解けていない状況ではアイツを倒すことは不可能だ。そう言いたいのか、お前」
自分でも驚くほど低い声が出た。
メイナードにとって憧れの存在である魔法使い──レオ。
昔は親友と呼べる存在だった。
でも今の私は、アイツに対して何の感情も抱けない。
「……悪かった。お前はそんな奴じゃないもんな」
「なぁ、この森は世界地図に載っていないんじゃなかったのか?」
「この森は空気中の魔力で作られた外と切り離された場所。結界の中、と考えてもらった方が分かるか」
普段は、出入口のない完璧な隔離状態。
この場所はどんな魔力探知でも見つからないはずだった。
私は自身を見て舌打ちをする。
捕らえられた時、レオは言っていた。
私の手足にある鎖は特別製で、魔力を極限にまで封じ込めるのと同時に発信器でもある。
例えどんな場所に潜伏していても必ず見つけられる、とは言っていたがここまでの性能とは。
「アイツは今、私たちが結界を通り抜けた場所に魔法を放っている。まぁ、外と森を区切る壁が見えているわけではないだろうが」
でも、それも時間の問題かもしれない。
壁が壊されたら、この森で暮らす多くの生き物が傷つく。
それだけは絶対に避けなくてはいけないことだ。
ずっと寄り添ってくれた皆を守ることが、せめてもの恩返し。
「コハク、荷物をまとめたらメイナードと逃げろ」
「それは命令ですか、レイラ様」
「……いいや、お願いだな」
ここで命令と言えないのが、私の弱いところだ。
帽子を深く被って箒に跨がる。
そして、最高速度で壁を抜けるとソイツは魔法を止めた。
学園で見たときにも思ったけど、やっぱり老けたな。
30代前半で止まったのだろう。
封印前より身長があり、大人っぽい気がする。
「一人で来たのか?」
「本気を出して巻き込みたくないからな」
「その判断、後悔するなよ」
言い終わると同時にとてつもない熱さに襲われた。
目の前にあった炎魔法。
私は元々詠唱して設置してあった防御魔法で防ぐ。
レオは、魔法の腕は普通だった。
どんな属性でも人並みで、得意魔法や強い魔法が使えない。
しかし、この男にはたった一つ才能がある。
「……相変わらず詠唱をしないんだな」
この世界では魔法を発動するには詠唱が必要だ。
もちろん私だって唱えないと使えない。
レオの才能は、戦闘に置いて有利だった。
詠唱をしなくても、頭に浮かべている魔法を発動できる。
いつ、どんな魔法が来るか分からない。
それは相手を追い詰めていき、隙が生まれやすくなるのだ。
私は常に防御魔法を発動しているから問題ない。
でも、数十年で魔法のレベルも格段に上がっている。
まだ封印が完全に解けていない今の状況だと、流石に心に余裕は持てない。
「いつもの使い魔たちはどうした?」
「大人数で虐める趣味はない」
どうにか詠唱して攻撃しようとするが、圧倒的な魔力不足。
属性の中でも最底辺の魔法しか発動できない。
本当に厄介だな、この枷は。
これがあると世界各地の行く先々で現れるだろう。
外せるのは作ったコイツしかいない。
「戦いにくそうだね、レイラ」
「外してくれ、なんて頭を下げるのは死んでも嫌だね」
「もちろん俺も外すつもりなんてないから」
防御に徹するか、リスクを背負って強力な魔法を発動させるか。
答えは考えなくても決まっている。
私は防御魔法を全て解除して魔法の杖を咥えた。
そして決して離さぬよう、箒にしがみつく。
「防御を捨てるのか!?」
頭の中に浮かんでいる一つの魔法。
それは、私が長年研究を重ねたことで扱うことが出来るようになった蒼い炎。
多分この時代でも蒼炎を使える魔法はいない。
あの魔法なら、倒すことが出来るはず。
詠唱は必要ない私のオリジナル。
現在保有できる最大の魔力を全て使えばギリギリ発動できるだろう。
箒を繊細にコントロールすることで、レオの魔法は避けられた。
あと少しで魔力が貯まる。
次の瞬間。
魔法をすぐに発動できるよう集中したレイラは、地に伏していた。
「……は?」
思わずそんな声が出る。
さっきまで箒で空を飛んでいた。
その筈なのに、私は今、地面に倒れている。
完全に思考停止していた私に掛けられた声は疲れているようだった。
「お前が封印されている間に考えた、拘束魔法だ」
身動きを取れない拘束魔法は知っている。
しかし、《《魔法の発動まで》》不可能で《《地面へと縛りつけられる》》ものは見たことがない。
レオの言うとおり、封印されているときに創られた魔法なのだろう。
「色々考えたんだ、お前を確実に殺す方法を。そしたら一つだけ試していないのがあった」
私が不死と呼ばれていたのは、あらゆる魔法に耐性があったからだ。
正確には、自分に使える魔法なら効果がないというもの。
国中の魔導書を学生時代に呼んでいた私は、魔女になってから全ての魔法を使えるようになった。
その為、既存の魔法で私が死ぬことはない。
しかしレオが収納魔法で出したものを見て、息を飲んだ。
太陽の光で銀色の刃が光る。
「……首を斬り落とせば、流石のお前でも死ぬだろう」
「やってみるか?」
煽るように言ってみたはいいが、これは無理だ。
拘束されて動けない確実に私は首が飛ぶ。
そうすれば使い魔であるコハクも、主人になったメイナードも一緒に死んでしまう。
二人への謝罪しか頭に浮かばない。
「地獄で元気にしろよ、魔女レイラ」
「アンタが堕ちてくるのを楽しみにしてる、|レオ《親友殺し》」
振り上げられた剣を見てから、私は目を閉じた。
---
「──ディストラクション」
そう呟くと同時にレイラを抱えて距離を取る。
想像以上の魔力消費から、先生の魔法の強さを改めて実感した。
「何をしているんだ、メイナード」
先生の冷たい眼で身体が震える。
でも、レイラを助けたことを後悔していない。
これが正しい選択だと、俺は思うから。
「ソイツの正体は魔女レイラ、今ここで……」
「レオ」
いつの間にか、隣にコハクがいた。
レイラに言われた通り、荷物をまとめて背負っている。
「もし、その先を言おうものなら怪我程度では済まないぞ」
その姿からは想像できないほど低く冷たい声。
俺に向けられていない筈なのに、怖くて仕方がない。
先生は手に持っていた剣を空間魔法で片付けながら杖を構えた。
コハクが詠唱を始めると同時に魔法が飛んで来る。
しかし、俺たちに当たることはなかった。
「……また会おう、レオ」
腕の中から聞こえた声は、少しだけ震えていた。
コハクの詠唱が終わった俺たちは、あの場所から遠く離れた廃村へと転移した。
辺りからは全く気配が感じられない。
「暫くは追手が来ないと思いますけど……」
そう言ったコハクは、少し怯えているように見えた。
お願いと言っていたけど、使い魔にとって主人の命令は絶対。
特に罰が与えられるわけではない。
でも、出会って間もない俺でも分かるほどレイラへ忠誠を誓っている。
「コハク」
「は、はい!」
「……助かった」
顔を下に向けたまま、レイラは言った。
その声からは感情が分かりにくい。
「メイナード」
名前を呼ばれ、俺は少しだけ背筋が伸びる。
しかし、レイラが聞きたいことは分かっていた。
助けるときに使った魔法──ディストラクションについて。
本来なら、その名の通り物質を破壊する無属性の魔法。
主に瓦礫や木などを破壊する救助に使われている。
どんな魔法使いでも、それが限界だ。
「お前、あの時に一体何を破壊した?」
レイラを助けるために使った魔法。
あれは紛れもなくディストラクションだ。
困っている全員を救いたい。
その一心で努力してきたからか、俺は物質以外も破壊できるようになった。
もちろん、そこには魔法も含まれる。
「……レイラを縛っていた拘束魔法だ」
そうか、と返事が返ってきた。
どうやら納得したらしい。
「レオの詠唱なしと同じく才能、だろうな」
「才能……」
「私の|枷《これ》には魔法が一切通用しない」
でも、とレイラが続けようとする。
俺はその先に気づいていた。
多分先生が魔法で破壊不可にしているだろう。
魔法も破壊できる俺のディストラクションなら外せて、邪魔されずに旅が出来るかもしれない。
成功する可能性は正直低い。
数十年前から続く、しかも先生の魔法を俺のような新人魔法使いが解けるのだろうか。
「行動に移さないことには、何も始まらない」
自分の頬を思いっきり叩いて構える。
俺みたいな、俺なんか、
そんな考えは捨てた筈なのにな。
「失敗しても文句言うなよ」
「うん」
まずは魔法を破壊して、それから手錠の筈だった。
思わず詠唱を止めてしまう。
ディストラクションの対象が増えたときから、俺は魔法回路が見える。
それを見れば魔法の効果が分かるという、あまり役に立たないものだと今まで思っていた。
しかし、今回ばかりは見えて良かったと心の底から思う。
数えきれないほど重ねられた魔法。
しかも破壊する順番を間違えれば俺が死ぬ。
先生は当時、俺のような魔法使いが現れる可能性を考えていたんだ。
一気に破壊すれば確実にアウト。
「どうかしたんですか?」
コハクが尋常じゃない汗の量に心配してくれた。
答えそうになるのを必死に我慢して、俺は首を振る。
そして詠唱を再開した。
1つずつ丁寧に、でも少し急ぎながら破壊していく。
先生がこの場所に来たら、という焦りから汗が止まらない。
「レイラ様」
「……一人で行けるか?」
そんな会話が耳に入ってきたが、俺は気にしている暇がなかった。
魔法を全て破壊した俺は、その場に座り込む。
連続で15回も同じ魔法を発動したのはこれが最初で最後だろう。
「──!」
最後の詠唱を始めようとしたが、それは叶わなかった。
レイラの魔法で真横へと飛んで行く。
そして俺がいた場所で、レイラはコハクを受け止めていた。
「すみません、レイラ様……」
「いや、よくここまで耐えたな」
あとは任せろ、と立ち上がった彼女の視線の先には先生がいた。
「追跡が途切れたかと思えば、お前がやったのか」
後ろから聞き慣れた声が聞こえた。
レイラを殺すよりも、俺を殺す方が何倍も簡単。
振り返るときには時すでに遅し。
俺の腹に深く突き刺さるのは、銀色に輝く刃。
「──ディストラクション」
ただの枷ならそこまで詠唱に集中する必要はない。
片目を閉じながら、俺は手を伸ばした。
その瞬間にレイラの枷は壊れ、とてつもない魔力が解放される。
先生は舌打ちをしながら剣を抜いた。
傷口から血が流れ続ける。
しかし、すぐに傷は塞がった。
レイラが回復魔法を掛けてくれている。
「私を追う術はもうないぞ、レオ」
「そうだな。でも、今ここで殺せば問題ない!」
俺に向けられた攻撃魔法は発動しなかった。
一瞬にして展開された回路が、もう一つの回路によって掻き消されている。
驚く先生をよそに、レイラは新しい魔法を発動させた。
「お前の拘束魔法には劣るものだが、別に問題ないだろう」
「王の前でエヴァンを殺したよう、メイナードの前で俺を殺すか?」
「その名前をお前が口にするな!」
レイラは怒っていた。
でも、少し悲しそうにも見える。
エヴァンと言えば、魔女レイラが殺した最初の被害者。
当時、次期国王と期待されていたレイラと先生の同級生。
俺が助けたときにレイラが言っていた親友殺しって、まさか──。
「どうしてエヴァンを傷つけた」
「……君を陥れるためだよ、レイラ。君はどんな魔法でも使えて、彼は王族だから恵まれている」
「アイツは、最後まで信じ続けていた。なのにお前はそんな気持ちを……」
レイラが何をするつもりなのか、分かってしまった。
炎魔法である赤色の回路。
完治した俺は急いで詠唱を始めて破壊する。
「殺すな!」
大声で俺は続ける。
「確かに先生はエヴァン王子を殺したのかもしれない。でも、今ここで殺したら昔と同じだろ!」
何故か、涙が溢れた。
理由は分からないけど、小説に感動したような。
他の人の感情が流れ込んできたような、変な感覚。
涙を拭った俺は、レイラに近づく。
そして胸ぐらを掴んで一言だけ。
「自分で変わる可能性を捨てるんじゃねぇ!」
---
私は、やっぱり弱い。
感情に身を任せて、また罪を重ねるところだった。
メイナードとエヴァンは似ている。
言動はもちろん、綺麗に輝く金色の瞳が特に。
拘束を解くことはせず、私はメイナードの手を握った。
一度目を閉じて、ゆっくり開く。
「……悪い、助かった」
手を離してもらった私はしゃがみこみ、レオと視線を合わせる。
そして無理に笑いながら言った。
「お前ならすぐに解けるだろうから放置する。まぁ、メイナードに感謝するんだな」
立ち上がり振り返ったが、何もしないのは違う気がする。
やっぱり拘束は解くことにした。
そして、顔面に蹴りを入れる。
魔法での身体能力を強化していたからなのか、数メートル飛んだ。
「うわっ、痛そうだな……」
「具合はどう、コハク」
「レイラ様の魔法のお陰で完治しました!」
そっか、と言って私はコハクの頭を撫でる。
嬉しそうに笑っていたので、私もつられて笑った。
「行こう、メイナード」
「……あぁ。さようなら、先生」
---
──これは、新人魔法使い『メイナード』が魔女『レイラ』と世界を巡る旅