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監視対象
魅檻レイ
探偵は窓際に立ったまま、煙草を灰皿に押しつけた。火はすぐに消えたのに、煙だけが少し遅れて消えていく。
「やめるんですか」
背後の声に、探偵は振り返らない。
「うるせぇな」
いつからそこにいたのか、もう気にするのが面倒だった。男は当然のように、机の端に寄りかかっている。距離は、近い。でも、今さらそれを近いと呼ぶのも違う気がした。
「名前、呼んでくれましたよね」
「呼んでねぇよ」
即答に、男は少しだけ笑う。
「呼びました」
「お前の都合だろ」
男が一歩、近づく。探偵は避けない、それがもう癖みたいになっている。
「今、僕のこと見てますよね」
探偵は、鼻で笑う。
「見てねぇよ」
「見てます」
「……見てねぇって言ってんだろ」
そのやり取りは、もう意味がない。確認でも、否定でもない。男の指が、探偵の袖に触れる。掴むでも、引くでもない触り方。
「じゃあ、見てないならこうしてもいいですよね」
一瞬、空気が止まる。探偵はようやく男を見る。真正面、逃げる気のない距離。
「何する気だ」
男は答えない代わりに、もう一歩近づく。息の音が混ざる距離。探偵の手が男の肩を掴むと、少しだけ目を細めた。嬉しそうでも、怖がっているでもない。ただ、当然のようにそこにいる顔。時間が伸びて、雨の音だけが遠くなる。男の視線が、唇に落ちる。一瞬、ほんの一瞬だけ。探偵は、それに気づく。気づいたのに、動かない。
「……やめろ」
ようやく出た声は、それだけだった。男は止まる、でも離れない。
「やめてほしいですか」
ずるい聞き方に、探偵は舌打ちする。それが答えになっていないことは、どちらも分かっている。男の指が、少しだけ探偵のシャツを握る。
「じゃあ、まだいいんですね」
探偵は答えないまま、目を逸らさない。
沈黙、雨、呼吸。
その全部の間で、何かが壊れかけているのに、まだ壊れていない。結局、誰も動かない。ただ距離だけが、もう測れない場所にあった。
雨は、まだ止んでいなかった。探偵は煙草に火をつけることなく、ただそれを指に挟んでいる。男も何も言わず、机の向かいに座ったままだった。何かが終わったわけじゃない、何かが始まったわけでもない。ただ、もう戻る場所がないだけだった。雨の音だけが、ずっと続いていた。
探偵 × ストーカー 2