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トモダチ
|佐々木《ささき》 |萌奈《もえな》は虐待されているらしい。
彼女は夏でも長袖で、偶に見える手首はいつも包帯が巻かれている。そこからされた噂だ。
元々萌奈と仲が良かった私は、本人に聞いてみることにした。
学校の帰り道、萌奈と並んで歩く。話をどちらかがする訳でもなく、快晴の空を見て一息つく。
「……ねぇ、萌奈」
「ん?なぁに?」
萌奈は私を見て、ニコッと笑う。その笑顔の裏に傷が隠されていると考えると、いたたまれない気持ちになった。
「その……萌奈がぎゃ、虐待されている、って、……本当?」
萌奈は一瞬、目を伏せた。それが図星を表しているみたいで、私は戸惑った。
「……ねぇ、もえ──」
「明日って、空いてる?」
遮って振られた話題に面食らった。萌奈を見ても、正面を向いたまま、投げ掛けるように話を続けた。
「……気になるんだったら、明日、ウチに来ない?」
一瞬躊躇った。これは、萌奈からの間接的なSOSなんじゃないかって。
「……友達だもん。当たり前だよ」
翌日。
萌奈の家には、萌奈のお母さんだけがいた。
「あら~、いらっしゃい」
「こ……こんにちは」
暖かく迎え入れてくれても、この人が萌奈に……って考えると、つい身構えてしまう。
萌奈のお母さんは、キッチンへお菓子を用意しに行ってくれた。途端に、萌奈は私に囁いた。
「……どうなっても一緒にいてくれる?」
「もちろん、友達だもん!」
元気づけるためにそう言うと、萌奈は嬉しそうに笑った。
「……あら、お菓子の材料が無いわ。昨日はあったはずなのに……」
キッチンから、声が聞こえて来た。萌奈のお母さんがキッチンから顔を出す。
「ごめんね、お菓子の材料を買ってきても良いかしら?その分、とびっきりの物を作ってあげるから!」
そう言って、萌奈のお母さんは急いで支度をして外に出た。ガチャッと鍵を掛ける音が聞こえた。
萌奈は、お母さんが外に出ると、ホッと一息をついたように見えた。優しそうだったけれど、ずっと怯えていたのかもしれない。
「……ねぇ、ひとつ聞いていい?」
萌奈は、私を見ずに聞いてきた。
「……うん」
「さっきのは、『どうなっても一緒にいてあげる』ってことだよね?」
「……そ、そうだよ?」
それを聞いた萌奈は、無言で立ち上がってキッチンへ向かう。
「も、萌奈……?」
やがてキッチンから戻って来た萌奈は、ゴム手袋をはめた右腕に包丁を握っていた。
「ひっ……!」
慌てて逃げようとしても、萌奈の視線に身が竦む。
「……だから、死ぬときも一緒だよね?」
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包丁で刺した死体を見下ろして、萌奈は微笑んだ。
包丁をその場に、ゴム手袋をもてなしの材料を隠したゴミ箱に放った。
窓もカーテンも締まっている。コレが自分の仕業とされようが母の仕業とされようがどっちでもいい。
「こうやって、嫌な世界から、『トモダチ』と消えられるなんてさ──」
手首の包帯を解く。そして、傷痕だらけの腕があらわになる。
包帯を首に巻いて、きつく結んで、息を吐き出すように言った。
「──……とびっきりの幸せだと思わない?」