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八
工場Uの廊下は長く、どこで果てるとも知れない。考えてみれば、この廊下を歩きつめて行き止まりにたどり着いたことがなかったと郁衣は思う。
今回行くように命を受けた305室も廊下の中途にある。微かに残念に思いながら郁衣は部屋に入った。
作業をしながら、郁衣はいつも考え事をしている。家族のこと、金のこと、自分のこと。
切り取った臓器の赤い断面を見て、今度妹に赤いワンピースを買ってやろうと決める。妹がこの前、新しいワンピースが欲しいとねだっていたのを思い出したのだ。
(お前の欲しいもんは、兄ちゃんが全部買ってやるからな。待ってろよ)
妹の顔を思い浮かべながら、郁衣は作業を進める。今回の依頼は中々指示が多かったが、ことのほかすぐに終わった。
それを見はからったように清掃員が入ってきた。
「お、梦来ちゃんじゃん」
「やぁやぁ」
今回の清掃員は柳井梦来だった。ざっくり切った白髪に瓶覗色の瞳をした少女で、耳元には十字架をかたどったピアスが揺れる。口元にほくろがあり、鎖骨が出る服を着ているせいか、ほのかな艶も漂う。
彼女は郁衣の知り合いで、それもそのはず、梦来は元作業員なのだ。
作業員から清掃員に転向する者は一定数いる。その理由は様々だが、梦来の場合は作業員の仕事に飽きたからだった。
「前から気になってたんだけどさ、梦来ちゃんってアルビノなの?目は青だけど、カラコン入れてるとか?」
「あ、何かすまん、アルビノじゃないのよ。染めてるだけで。目はカラコンじゃないよ。元から」
「まじ?いや綺麗な白髪だったからつい。最近の染髪技術って凄ぇのな」
「そうだねぇ」
梦来はこだわりのない笑顔で朗らかに笑った。郁衣も思わず笑顔になる。
彼女の人懐っこさと明るい性格が人を惹きつけ、心を開かせるのだ。
「じゃ、ここ掃除させてもらうよ。ふわぁ、ねム…」
欠伸をしながらも掃除を始めた梦来を横目に、「頼むぜ」と言って郁衣は外に出た。