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【ABC探偵様】その記憶は顔か体か
ABC探偵 様
★作品名
太陽に妬かれた“来訪者”
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「これは、世紀の大発見かもしれないな……」
「しかし教授……好戦的なんですよね? だったら、鎮静剤のようななにかを……」
エディ・クロードが研究室を出ると、真向かいの研究室から出てきたそちらの教授と助手が慌ただしく足早に歩きながら、ひそひそと何か話していた。その一歩後ろをもう一人、外部から来ている博士が歩いている。
「助手にしておくのはもったいないな。私も同感だ」
何気なく見送っていたエディは、金色の髪を揺らし、肩を回してからのびをした。
この大学院には様々な研究室がある。エディは量子力学の研究者なのだが、真向かいの先ほど開閉された研究室は天文学の研究室だ。研究室の位置はバラバラだ。
「ダメだ!」
天文学の教授と助手が走ってくるのが見えた。
何事かとエディが顔を向けると、方々で『きゃー』だの『眩しい!』だの――いいや『熱い』『痛い』『死ぬ』だの、不穏な叫びが聞こえ始めた。
「全員、窓から離れるように!」
そう声を上げた教授が、後に論文を発表した。
――太陽が急激に熱を放ったということ。
――熱波により人間の中に、来訪者と呼ばれる進化を遂げた者がいること。
これらを、エディは大学構内で間近に見ていた。論文を発表した天文学の教授は、機械的なラジオ放送で、注意喚起も担っている。エディは、太陽が熱を増してからまだ一度もその大学構内から出ていなかったのだが、流れから天文学研究室の教授と助手の手伝いをしていた。それもあって多忙で、家には帰れなかったので、兄には手紙を二度出した。
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その日は、雨だった。天文学研究室の助手はシャワー室で入浴をしていた。すると窓を見た時、雨が上がっているのに気づいた。雲と雲の合間から、日差しが見える。
「っ」
すると右腕にポツポツポツと湿疹のようなものが出来た。日光過敏症気味なので、またそれだと考えて、慌てて外へと上がった。だが、タオルで拭くと妙に痛い。そして、異変に気づいた。普段ならば赤くなるのに、どうにも青白い。これではまるで来訪者になる前徴のようじゃないか。自分がなるわけがない。そう思って苦笑しながら、服を着て、この日も助手は教授の注意喚起の放送に付き合うことにした。
ただ、念のため、一通の手紙を天文学の研究室の自分のそばのデスクの上に置いた。
外部から来る博士に、ここまでの教授の研究を見てきて、自分が思ったことをまとめた手紙を書いておいたのである。
さて。
機材の電源を入れ、教授が座るのを見る。
その頃には、腕が先ほどまでよりも痛み始めていた。しかも、広がっている気がした。
「――お近くの建物に避難し、決して外に出ないで、不要不急の外出」
と、そこまでマイクに向かって言った時、教授が助手を見た。助手はこの時、無表情でポリポリと首と右顎の付け根をかいていた。青白い水ぶくれがそこにはあった。
「なんだ? 肌がおかし……」
今、ここには、教授と助手とエディしかいない。
「お前、やめろ!!」
助手は、放送機材のある研究室のカーテンを開け放った。瞬間、眩しいほどの太陽光が注ぎ込んでくる。じゅわっと音がし、エディの両腕にブツブツと水疱が出来ていき、それは融解すると、皮膚ごとぐちゃりと剥けた。だがしばらくすると患部はかたまり、ブツブツと水疱が覆うように戻った。膿んでいるような発疹だが、潰してもよくなるわけではないというのは、教授が論文に記載していた。
それから、じわりじわりと助手の視野が暗く変わっていった。見える部分が少なくなっていき、黒に蝕まれていく。外側から見れば、それは空洞の目への変遷だった。だが、これが不思議だった。一度視覚を失った後、理屈は分からないが目が見えるようになったのである。太陽光を特別に知覚する機能が進化により備わったからなのかもしれない。
「やめろと言っているだろ!!」
教授がカーテンを強引に閉めた。その時には、すっかり助手は来訪者となっていた。
――来訪者は人間に敵対的。
――来訪者は人間に非常に好戦的。
助手が研究室に護身用にと置いてあったライフルに手を伸ばす。
それを持つと、掌の水ぶくれが潰れ、ぐちゅぐちゅと音がした。べとべとの手で、助手が教授を狙う。教授が目を見開く。「あ」エディの声。「ズドン」ライフルの音。声と音は同時だった。教授の桃灰色の脳漿が飛び散った。頭蓋骨は割れてはじけ飛び、眼球が飛んでいった。視神経が千切れて垂れている。嘘みたいに血が、大量に天井の方へ飛んでいく。
そこで助手は、初めてエディを見た。
「エディ、君の家には、確かお兄さんが一人だけいるんだったね?」
「……っ」
エディは答えなかったが、エディが手紙を書くとき助手が見ていたので、黙っていても結果は同じだった。
「エディ、君の金髪、いいなって思ってたんだ。僕のくすんだ縮れ毛よりも」
エディの顔が強ばる。
脳裏に兄の優しい顔が浮かぶ。瞬きをしたエディは、直後腹部が後ろに吹き飛んだ感覚がして転びそうになり――転んだ。文字通り、ライフルで腹部を狙撃され、頽れたからである。痛みは無かった。感じたのは熱だった。そして、衝撃で気絶したので、そのままエディは楽に逝った。
助手は、倒れて絶命したエディの顔が無事であることに安堵する。
水疱のある指先でぺたぺたとエディの肌を確認し、それからエディの顔の皮膚をはがしにかかる。皮膚の下には数多の脂肪線と筋肉がある。赤黒い血と鮮血の両方が、助手の青白い手を汚す。来訪者の手だと、皮はぺろりと剥がれ、奪った皮も腐敗もしないことが多い。これもまた進化ゆえに手に入れた力なのだろうか。助手は、エディの皮を己の顔に接着し、新たなるエディとなった。もうこの世に置いて、エディは、彼である。髪も頭皮をずるりと向いて交換した。念願の金髪になった。
「ええとエディにはお兄さんがいて……ん? エディは僕だ」
顔が変わったからなのか、曖昧になった記憶の中で、エディの兄は彼の兄だという認識に変わった。では、元々の人格は? 進化にそのような個は不要なのかもしれない。知覚もそうだが、来訪者になると脳機能の一部が進化するようだ。
その夜、エディは帰宅しようとした。
すると――隣家の窓から隣人が見えた。端整な顔立ちをしている隣人には、挨拶を一度したことがある。親しいわけではないが、険悪というわけでもない。そしてエディは知っていた。隣人は、一人で暮らしているはずだ。先に、排除――交戦して殺害すべき対象だと、にたりと笑って考える。星を見上げていた隣人が、その時エディに気づいて目を眇めた。
この夜の出来事は、非常に快い記憶だ。
そして翌日。
エディは昨日も使った銃を拾った。
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それが――“俺”の始まりだった。エディであった来訪者、つまり俺は、倒れている俺の顔と髪をはり付けた。ドリルの使い方が、頭の中に入ってくる。なにやら、はり付けた顔の記憶と技能が、より上手く使えるようになる様子だ。人間を倒すには、量子力学よりドリルの方が便利だ。ただ俺は若干華奢なのが玉に瑕だろう。それでも穴は掘れる。
長い金髪を揺らした俺は、その後、夜更けになってから外へと出た。目的地があった。『ネクローニ』という政府の特別調査隊を見たかった。
そこに保護されている人の中に、果たして――ああ。俺とエディの両親がいた。
どちらも青ざめた顔をしている。
ラジオを信じなかったけれど、二人は幸運にも保護された様子だ。
『進化なんかじゃないっ、バケモノになるってことじゃない!』
『このまま大人しくしている場合じゃない! バケモノを駆除するぞ!』
どちらが好戦的なのやら。
いろいろ聞いてから、俺は家へと戻った。
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土を掘って、俺は家にいた。もう誰も帰ってこない家だ。
そして外へと出ては、人間を倒していた。でも、成り代わろうとは思わなかった。何故なのだろう。今のところドリルより便利な技能を持つ顔に出会っていないからか? それとも最近来訪者しか見かけないからか? そんな風に不思議に思っていたある日の夜、ドアの外からノックの音が聞こえた。誰だ? 同類の来訪者か? 首を傾げて外を覗くと、黒いスーツの男が立っていた。何処かで見たことがある。だがそれは、俺がじゃない。そして僕……エディでもない。だとしたら? そうだ最初に来訪者になった、助手の――……分かったぞ。あの人は天文学研究室に来ていた共同研究者の博士だ。
「はい」
『クロードさんのお宅かな? 忘れ物を届けに来たんだよ』
「――今、開けます」
ナイフをポケットに忍ばせて、俺はドアを開けた。するとその瞬間、鳩尾を打たれた。突然のことに目を見開く。下を見れば、俺には注射針とアンプルが突き刺さっていた。
「完成したよ、ついに。来訪者と共存するための、来訪者を好戦的では無くするための、鎮静剤が。強力な精神安定剤と麻酔の成分から開発したんだよ」
スーツの男の声に、俺はパチパチと瞬きをした。すると頭に霞がかかったようになったあと、頭の中で声がした。
『エディ、襲ってごめんよ』
『いいんです。それより兄さん、殺してしまった……』
『いいんだ、エディ』
頭の中で俺も会話に参加する。そうしたら――すっと俺の意識が霞んだ。そして、エディに染まった人物は、大きく瞬きをし、とろんとした瞳に変化したあと、元々の体の持ち主である助手の意識に戻った。これまで曖昧だった、人間であった間の記憶が、少し鮮明になった。ただし、顔を取り替えた相手の記憶は掠れてきた。そして、現在の顔は、空洞の目、唇、鼻、頭部からまばらに落ちる髪となった。助手本来の来訪者のものに変化したのだ。
虚ろな空洞の目、その両方の眼窩からは、たらりと闇色の液が垂れている。
全身に広がる水疱からも、同じ色の液が破裂した膿みのように垂れている。
匂いはしない。ただ、痛みやかゆみはある。
助手は博士に、来訪者の精神を安定させることで、共存できないかという手紙を残していた。それを鎮静効果のある精神安定剤及び麻酔という形で、博士は実現したようだ。
「これで、来訪者が人を襲うことは無くなるだろう」
「そうですね、博士。あとは、来訪者を治療できるようになれば――」
「うん? 何を言っているんだね?」
「え?」
「大人しくなったところを、殺すに決まっているじゃないか。『ネクローニ』と共同で準備をしているところだ。しばらく人類は、地下施設で暮らす。その計画も進んでいる」
当然のことのように博士は言った。
そして、拳銃を持ち上げると、ピタリと助手の眉間にあてがう。
パスン、と、そんな空気が抜けるような音がして――ここに、一人の来訪者がまた死んだ。
<END>
【頂いた内容】
金髪の男性(弟)が来訪者になる経緯の話or兄を殺害した後の話
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弟の記憶があるのか、はたまた弟のふりをしてる来訪者の記憶が⋯⋯と言うような妄想で書きました。R18要素薄すぎるんですがグロテスク部分でご容赦を!
すごく考えさせられる小説を拝読して、面白さにテンション上がりました。日光と肌の部分が本当に好きです。オススメです!