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心霊トラック
「バイト、雇われてみない?」
それは唐突な申し出だった。到底笑える気分ではなかったが、嬉しい話だ。険しい顔を無表情に戻す。
「どんなバイトですか。」
つむぎ先輩はいい人だ。というか、この人なんの仕事してたんだっけ。
「ええと、トラックの助手席に乗るだけの簡単なお仕事。」
あ、そういえばドライバーだった。
「荷物の積み出しですか?」
「あ、それはやらなくていいよ。手伝ってくれたらありがたいけどさ。お願い、お試しで1週間、いや一日だけでも…。」
「はいはい。やりますよ。」
断れない性格なのだ。
「ありがと。持つべきものは頼りになる後輩ね。」
嫌な予感がする。別に、条件が悪いわけじゃない。先輩が信用できないわけじゃない。
ただ、先輩の後ろに|ぞろぞろ《ふわふわ》と…
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次の日、指定された場所に行くと、つむぎ先輩はもう来ていた。
「ほんとに乗ってるだけでいいのよ、ただ、ちょっと…ね?」
「|常識の範囲内でお願いします《後ろのアレ、大丈夫なんですか》。」
彼女と僕には一つだけ共通点がある。
「あ。|いつから気づいてたの《やっぱり分かる》?」
「|なんとなく《めちゃくちゃ》」
とそこまで言ったところで、誰かがやってきた。
「川上さん、彼がアシスタントだね?」
偉い人、な気がする。
「はい。」
「どうも、水島流也です。」
「君がその、見える人、なのか。」
やっぱりそっち関連か。
「|そうですね《なんの用ですか》。」
「⋯⋯俺は川上さんと違ってニュアンスが分からないんだ。」
バレたか。確かに、ニュアンスで会話が成り立つのは紬先輩だけだ。
「なんで僕は呼ばれたんでしょうか。」
「あ、それは私が話すよ。武田さんはもういいから。」
「任せた。」
武田氏は退散し、なぜか僕は十分な説明をもらえないまま助手席に乗せられていた。
「|見《視》てればいいから」
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走り出したトラックは、普通に道を通り抜けていった。1軒目にたどり着くと、紬先輩は全部自分でやってしまった。
「このバイト、めっちゃ楽ですね。」
「はは。話し相手になってくれるだけで十分アシスタントだよ。」
前方300mほど先には、路上駐車中らしきトラックがあった。
「うわっ。最悪なんだけど。」
「|迷惑な車ですね《こういうの嫌いだったんですね》。」
「どうだろうね。」
うん?と聞き返したところで、前に白い車が曲がってきた。
追い越せるか心配になる。
「よく見て。」
「何を…えっ、はえ?」
白い車と停まっていたトラックが重なる。
「|霊体、だよ《見えてるよね》。」
「|ホントだ…《見えてますよ》。」
しかし、どうするんだろう。
「突っ込むよ。」
「うわ、え?」
衝突する。と一瞬思って目を閉じた。
目を開けると、窓ガラスにはトラックの車内が映っていた。
運転席のおじいさんをすり抜けたとき、おじいさんが動く。
「引き剥がして。」
何を?と思って先輩を見る。
ハンドルを握っているその腕に、もう一本腕がくっついていた。
「あっても運転はできるけどね。」
黄土色の、肘から上がない物体を見ながら返事した。
「えっと、思いっきり引っ張ってよさそうですか?」
「もちろん。」
引っ張る。指先から伝わってくる冷たさに、指よりも背筋が凍りそうになる。
浮き出た骨が指に当たって、痛い。
しっかし、握力の強い腕だ。離す気配がない。
「痛くないですか。」
「全然。」
左手で手の甲をくすぐってみる。にしても、なんて色だ。血の気がないどころか、ミイラ化してないか?
腕がたじろぎ始めた。まさか、くすぐったいのか。霊体のくせに神経が通っているらしい。きっと太いんだろうなあ。
「こちょこちょ、効くんだぁ。」
笑いながら先輩が言った。
「みたいですね。」
引っ張ったら、今度は取れた。
「どうしたらいいですか、これ。」
腕が、紬先輩をつかもうと躍起になっている。感触が気持ち悪い。
「ん。まだいるの?見えなくなったけど。」
あれ、おかしいな。
「まあ、そのうち消えるから、持ってて。」
蛇を捕まえると、こんななのかなあ。
「これが、一日に4,5回。」
ぱっと腕が消えた。
「た、大変ですね。」
「|あら、他人事なの?《続けるのよねえ》。」
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数カ月後、除霊にすっかり慣れた僕は、今日も腕を虐めていた。
「お塩かけるのはもうやったから、お金なんてどうですか。」
「なんでお金なのよ。あ、数珠なんてどう?」
いつか、独立して除霊ビジネスをやるのが僕の夢だ。
ルビで遊びたかったんです。