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灯-第二章-〜遺されたメッセージ〜
第二章:遺されたメッセージ
その日、陽菜は動画を一本ずつ、ゆっくりと再生していった。
彰人の言葉、しぐさ、何気ない日常のひとコマが、映像の中に詰まっていた。
どの動画も短い。1分足らずのものも多い。
けれど、不思議なほど「生きている彼」が、そこにはいた。
「2023.03.11_ごめん、今日の俺最低」
「……陽菜に言い返した。疲れてたし、言葉が荒れた。でも、帰ってきたら部屋に料理が用意されててさ。
あいつ、本当に優しい。俺は、ああいう時にもっとちゃんと謝れる男にならなきゃダメなんだよな。」
「2023.06.02_記憶の整理」
「最近、昔のアルバムを見返してる。大学のときの陽菜、笑いすぎて変な顔してるけど、俺はあの顔が一番好きなんだよな。」
「2023.11.05_これが最後になるかも」
この動画だけは、再生するのに勇気がいった。
表示されたサムネイルには、ベッドに座る彰人が、少しやつれた顔で映っていた。
陽菜は深く息を吸い、再生ボタンを押した。
「……どうやら、来週、出張先でのスケジュールがかなりキツい。雪も降るらしいし、あんまり乗り気じゃないんだ。」
「これが最後になるかもしれないって、大げさかもしれないけど……
今、俺の中に、どうしても伝えておきたいことがある。」
カメラに顔を向けた彰人の表情は、どこか決意に満ちていた。
「陽菜。
お前は、俺が見たこの世界で、一番の“ひかり”だった。」
「俺はずっと不器用で、お前に甘えてばかりだった。
それでもお前が笑って、怒って、泣いて、そばにいてくれたから、俺は毎日を歩けた。」
「これを見てるお前が、どうしてるかはわからない。
でも、もし今、お前がもう歩けなくなってるなら……
俺の声が、少しでもお前を前に進ませる力になったら、って思ってる。」
彼は、少し間を置いて、カメラ越しに目を細めた。
「どうか、生きてくれ。
この世界には、まだお前が知らない“あたたかさ”がある。」
動画は、そこで終わった。
陽菜の頬を涙が伝った。
涙は止まらなかった。けれど、その涙はこれまでのものと違った。
冷たく乾いていく涙ではなく、
胸の奥に残る、わずかな温もりが混ざった涙だった。
彰人は、未来の自分のためにこのメッセージを残してくれていた。
彼の「死」は終わりじゃなかった。
そこには確かに、「生きることを願う声」があった。
その夜、陽菜は眠れなかった。けれど、それでも思った。
——明日、あのカーテンを開けよう。
——少しだけ、外を歩いてみよう。
もう一度、世界に触れてみようと。