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Chapter 3:トレインジャック
話を聞くに、どうやら私には魔法少女の適性があるようだ。
魔力探知が…とか魔力の適性が…とかなんとか言っていたが、めんどくさいことと難しいことは嫌いだ。あまり覚えていない。
結論から言うと、花は私を魔法少女にスカウトしにきたそうだ。
急に魔法少女とか言われてもよくわからないし、めんどくさそうだしなる気はない。
とりあえずその日はお帰りいただこうとしたが、『また明日くるね☆』と言って引かなかったので外出することにした。
ちなみに学校は土曜日なので休みだ。サボろうと思えばサボれるし、第一叱られないので毎日学校に行っている私はなかなか偉いんじゃないか?
いつ事故るかもわからない電車に揺られながら、ぼぉっと昨日の出来事を思い出す。
『魔法少女になれば、通常の時からどこかの能力が5倍ほどになる。魔法だって使えるし、なんならこの世界を変えることだってできるんだよ!』
ふと、微笑みながら告げた花の声が脳裏に浮かぶ。
魔法を使える、とかこの世界を変えられる、とか魅力的な提案はたくさんあった。命をかけるかもと言われたが、今更命なんか惜しくない。
昨日お土産と言って腕に巻きつけられた腕時計には、うすい緑色の変わった宝石がはめ込まれている。
手を窓につけると、その宝石は外の光を反射してチカチカ輝いた。
いつだったか、ピクニックの時に見た木漏れ日によく似ている。
キキィ、と音がして電車が急停止する。
突然の出来事に車内からは悲鳴が上がり、私は吹っ飛ばされて地面に叩き込まれた。
芽衣「痛……っ!」
私が乗っている車両は最後尾の車両。
不運なことに、空いている窓からタコのような化物──サティロスの一種が這い上がってくる。
車内から上がる悲鳴と同時に、逃げ出す人と腰を抜かして逃げられない人に分かれる。
前の方の車両に逃げようと人の波が一気に移動し出す。
150cm無い私の身長だと周りが全く見えず、このまま逃げるのは現実的ではない。
『うわぁぁぁぁん!!!!!!!』
どこからか聞こえた泣き声に目をやると、5歳くらいの少年がサティロスの触手に捕まっていた。
このままじゃあの子は確定で食われる。
『|圭介《けいすけ》!!!!!どこ!?圭介!!!!!』
前の方から女性の声が聞こえる。きっとあの少年の母親だろう。
ママぁ、と泣き叫ぶ少年をみて、考える前に体が動いた。
ベルトで腰に巻いたナイフケースから護身用のナイフを取り出す。
そこまでの攻撃力はないが、あの少年を逃すことはできるだろう。
なぜあの少年を助けたくなったのかはわからない。考えている暇もない。
止まれ止まれと叫ぶ自分の脳を無視して体は動き続ける。
椅子を飛び越え、少年の元へ向かう。
ナイフを両手で構え、力のままに突っ込んだ。
『どりゃぁぁぁぁ!!!!!!!!死ねぇぇぇぇ!!!!!!』
グニっと柔らかい感触がした後、あまりの弾力に吹き飛ばされポールに頭を打ちつける。
じんじん痛む後頭部に眉間を寄せながら、私のナイフが刺さったままのサティロスに向かい合う。
少年は先ほどの衝撃で解放されたが、同じくポールに頭を打って意識が朦朧としているようだ。
近くに横たわっていた少年を抱えると、残っていた体力を足に溜めて前の車両に逃げ出す。
もうこの車両は空っぽになってしまったので移動に苦はない。
だが、あの程度でサティロスが致命傷を負うわけがないのだ。
意味不明な叫び声を上げ、鼓膜が破れそうになる。
完全に怒らせた。
サティロスとの体格差は歴然としており、身長も低く体重・筋力ともに劣っている私など話にならないだろう。
一瞬足がすくみ、心臓の音がおかしい。
とりあえず逃げようと震える全身から体力を搾り出すようにして走っていたが、壁に追い詰められてしまった。
前の車両へのドアを開ければ逃げられるが、そんなことをしたら突進したサティロスの影響で電車が脱線しかねない。
どっちにしろ死ぬなら私1人の犠牲の方がいいに決まってる。
だが、手元には意識を失った少年が。
なれないことやんなきゃよかった。
まぁいいや。そろそろ生きるのもめんどくさくなってきた頃だし。
『芽衣!!!!!!!!よくやったぞ私の妹分兼魔法少女候補!!!!』
聞き覚えのある元気な声と共に、サティロスの侵入経路から飛び蹴りして突っ込んできたのは、まさかの花だった。
その飛び蹴りがサティロスにクリティカルヒット。
狭い電車内で大きなサティロスが吹っ飛ぶのを恐れたのか、威力は控えめだ。
芽衣「花!?なんでここに!」
花「いいから!それより、その腕時計に手をかざして『イマジネーション』って唱えて!」
サティロスを生身で相手にする花の迫力に気押され、少年を抱えたまま腕時計に手をかざす。
芽衣『イマジネーション!!!!』
その瞬間、自分の体が弾けるような感覚がした。