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奇病患者が送る一ヶ月 二十日目
[菱沼視点]
鍵を拾ったっす。いくつも、ジャラジャラと鍵がついてるの。
なんかコレ、すっげえ大切なヤツなんじゃないか。
どうしようかと少し迷い、ただどこの鍵なのかが気になってしまい、その鍵を白衣のポケットに入れる。
これは確認っす。ただの確認っす。
そんな時、急に医務室の扉が開く。
「お、今日も早いな。」
「あぁ…灰山サンっすか。まだ5時っすけど、どうしたんすか?」
時計の針は5時を少し過ぎていた。
灰山サンは最近、早くても6時半程に医務室に入ってくる。
それまでにはもう起きているだろうけど、最近はずっと来るのが遅い。
別に困る事はないんすけど…。
「いやー、まぁちょっとな。」
彼はいつも出かける時には着ない、ちゃんとしたよそいきの服を身に纏っていた。
ん…?もしかして…
「出張っすか?」
「……、おう。」
こんのド阿呆。
「仕事禁止令は?忘れたんすか?」
「いやぁ…、忘れてはないけどよぉ…。」
彼はどこか言いづらそうにはにかむ。
「あと3日って言ったのはどこの誰っすか。」
「だってお前らに出張任したら不安でしかねぇだろ!?」
「なっ!?失礼っすね!!」
「お前もシエルも迷子になるだろうし、とはいえ黶伊に任しても患者が不安になるじゃん!?」
めちゃくちゃ失礼な事をスラスラと並べている。
あとジブンは迷子にならないっす。
「禁止令はごめんだけどさ…、まぁもう行くよ。かなり遠い場所なんだ。」
「ハァァ…、じゃあジブンも行くっす。」
「おいおい…、綝と同じ事いうなよ…。」
灰山サンは呆れたように頭を掻いて、すぐに口を開いた。
「患者だってロボットじゃない。あんまり患者に刺激を与えちゃまずいんだ。それはお前もよく分かってんだろ?」
「まぁ…、分かってるっすけど……。」
「出張を求めるって事は、酷い奇病が多い。見た目も中身もな。それを見てお前らが離れてほしくねぇんだよ。……あいつらみたいに。」
懐かしむような寂しい目を見せる。
“あいつら”とは、昔ここで一緒に働いていた人達の事だろう。
確かに彼らが離れていったのは違いないが、ジブンは離れる事は何があってもないのに。
「あと、患者に薬渡して、はい、さようならって訳じゃねぇんだぜ?ちゃんと症状を見て、患者と家族の話をそれぞれ聞いて、ある程度のケアをして終わるんだ。これでも俺は正規の医者なんだよ。こういうのは俺に任せとけって。」
そう言って灰山サンはいくつか薬を持って、医務室を出て行った。
もちろん、その通りだとは思うけど…。
ジブンも彼の後を追って医務室を出る。
丁度後ろ姿が見えてきた頃、急に灰山サンがグリンと振り返った。
「そうだ、菱沼。鍵がたくさんついてるやつ探していてくんね?昨日から見つかんなくて困ってるんだよ。」
それを聞いた途端、白衣の右ポケットが急に重くなった気がした。
「へぁ!?ぁぁ〜〜…、わかかかったっす!!!」
思わず声も裏返ってしまう。
今鍵を渡せば良いものを、渡せない。
どこの鍵か気になるから。
裏返る声を気に留めることもなく、彼は歩いて行った。
「どうしようっす……。」
---
[灰山視点]
電車に揺られ、少しだけ睡魔に襲われる。
今回向かう所は、奇病病院からかなり離れ、都市部に近い場所。
都市部に行くのは、もう何年前だろうか。
今更、どうだっていいが。
結局、何も食べずに来てしまった。
朝食を抜くなんて、医者の癖に情けない。
嘲笑だけして、すぐ窓に視線を移す。
蜷局を巻いた蛇のように揺れ動く様は、なんとも久しぶりだった。
汽車はけたたましい音を立てながら、躊躇もせずに進んでいく。
そういえば最近、病院に誰かが訪れる事が一層少なくなった。
今月は一回やそこらしかなかったっけ。
困る事は無いが、同時に価値を見失いつつある。
「寂しいな…。」
ふと、つい声に出す。
声に出すと良いなんて聞くが、声に出したらもっと虚しくなるだけじゃないか。
時間は無いのだ。
皆の今後の事だって考えないと。
家族のいない患者は、孤児院かどこかに預ければ良いだろうか。
宛は探せばすぐに見つかる。
成人を超えていたら、リハビリがてらに別の病院に送るべきだな。
……あとは、
医者の皆はどうしたいだろうか…。
あぁー…、もう止めだ止め。
ただでさえ頭が痛ぇのにもっと痛くなる。
________………
……………
寝てたのか…、俺。
大きくあくびをし、体も大きく反らして伸びる。
なんだ、もう着くじゃねぇか…。
ナイスタイミング、俺!
寝過ごしでもしたらどれだけ大変か…。
懐中時計の針が丁度7時になろうとしていたぐらいに、俺は汽車を降りた。
今回の出張は、少しばかり特殊だった。
通常、奇病発病者の身内または本人から電話がかかってくるのだが、
今回は珍しく近辺に住む人からだった。
とは言え、まぁ最悪な依頼とも言えるな。
何やらその奇病の人はもう何十年そこに住んでいるか分からないらしいが、何年経っても変わらない姿が気味悪いからどうにかしてほしいとのこと。
迷惑はかけてねぇし困らないだろって言ったが…、聞く耳もなし。全く、ヤになるねぇ…。
さてと…この家か。
駅から数十分、青紫の屋根の家はここぐらいだ。
見た目はどこも変じゃねぇな…。
庭の手入れもされてるし…、立派な|芍薬《しゃくやく》もお出迎えしてくれてる。
芍薬…ねぇ…。それもまぁ…、丁寧に紫色とは…。
今じゃ珍しい、インターホンで呼び出すタイプか…。
とは言え、正直本で見たことはあるが、使い方までは分からない。
変に間違える訳にはいかないため、扉をノックする。
しばらくすると扉の向こうから、足音が聞こえてくる。
「…何か?」
扉を少しだけ開けて、心配になる程白い肌をした12歳程度の子供が顔を覗かせる。
「あぁ…、えと、実はこの辺りの人から頼まれて…、奇病を扱ってる病院から来た者です。」
久しぶりの出張だということもあり、喉がカラカラだ。
「…出て行って、って言ってもあなたは聞かないんでしょう?とりあえず入って。」
少女はそう言うと、扉を少し開けたまま、背中の蝶の羽を見せ、奥の部屋まで歩いていった。
綺麗な羽だ。
見た目としては、確かに不気味かもしれないが、黶伊の羽に見慣れてしまっているからどういうこともない。
言われるがまま部屋に入ると、微かに花の匂いがキツく感じた。
この匂いも芍薬だろうか…。
それに、さっきの彼女の言葉に少し違和感を感じた。
まるで分かっていたかのような口ぶりに聞こえたのは、ただの俺の考えすぎだろうか。
「座って。」
淡々とした口調を見せたまま、ふわりと肩までの髪が揺れる。
俺は静かに座って、口を開いた。
「えっととりあえず名前を聞いてもいい、ですか?」
「…|蝶水《ちよみ》|仁佳《ひとか》よ。奇病を取るなら、さっさとした方が良いわ。」
「え、…あぁ…、じゃあ遠慮なく失礼します。」
言われた通り、俺は彼女の腕を右手の甲で触れる。
「………。」
淡々とした彼女の口調に加え、どこか慣れているような雰囲気。
何故だろうか、始めて会う感じがしなかった。
彼女は黙って俺の手を見ているだけで、何か言ってくる事はなかった。
「あ、熱かったら言って下さいね。」
「…じゃあ、もう熱い。」
そう言われて、慌てて手を離す。
30秒も触らなかったが、奇病は取れただろうか。
そう心配するのもつかの間で、彼女の蝶の羽がパキパキと形を崩していく。
その様子にしばらくは感心しているものの、ふと我に返り慌てて紙を取り出す。
「えっと…蝶水さん。失礼です、けど…年齢は?」
「…さぁ、数えるのも面倒になってしまったわ。」
…これ以上は踏み込まない方が良いか…。
「分かる範囲で良いんで、ご自身の奇病の説明をしてもらっていいですか?」
もう奇病は取ってしまったから、意味がないが…。
知らない事ほどの恐怖はない。
「見ての通り、皮膚を突き破って羽が生えてくるのよ。羽の鱗粉は有毒。鱗粉に触れた時間と私からあなたに対する好感度…まぁそれが大きければ大きい程、有毒になっていくのよ。…ハァ…、何度口にしても不気味なもの…。」
なるほど、だから急かすように言ったのか…。
逆を返せば、鱗粉にさえ触らなければ良いということか。
「あの羽って触ってたらどうなったんですか?」
些細な疑問を投げかけると、少しだけ面倒くさそうにため息を漏らした。
「先から蝶が分裂して、鱗粉を振りまく。」
「蝶が分裂?」
「えぇ…。その分裂した蝶で人を傷つけてしまったら、傷つけた分私の寿命に換算される。」
「………。」
「そんな羨ましそうな顔で見ないでちょうだい。全くもってキラキラとしたものじゃないわ…。」
「え、いや…、別に羨ましいとか…って訳じゃ…。」
「大切な人達を傷つけた挙げ句、今も私は生きてる。あなたなら分かるでしょう?遺される側の気持ち。」
確かに、よく分かってるつもりだ。
ただ、この人の場合は俺とは違う“罪悪感”があったのだろうと思うと、どうも返事を返す事が出来なかった。
「分裂した蝶を食べて、定期的に来る羽の生え変わりの痛みに悶えて、私だけ老いない姿に孤独感を覚える。そんな暮らしも50年ぐらい繰り返せば………ハァ…。」
彼女はため息を吐くと、静かに飲みかけのハーブティを口にする。
「………?」
「あなたが来て、10日も経てばまた羽が生えてくる。もう…何度繰り返したんだか…。」
「……ずっと頑張ってるんですね…。」
どう言えば良いのかも分からずそんな言葉を口にすると、彼女は微かに笑った。
「こんな事、中々話せないから、つい話しちゃう。」
「聞いた話だと、中々の人間不信って聞いてたんですけど…。」
「人間不信…?まぁ、間違ってはいないけれど…。私はただ、奇病のせいでその人が死ぬ姿を見たくないだけ。」
上手く言葉が出ず、目を反らしてしまう。
ほのかに甘い匂いが香る。
「あなたと話すのは良い。あなたは死ぬけど、それでも形は違えど必ず同じ姿で私の前に現れる。フフ、おかしいのはどっちなのかしらね。」
含みのある怪しげな笑いを見せてくると、すぐに立ち上がって窓の前に立った。
彼女の言葉が頭の中をグルグルと回る。
しかし、脳内で乱反射するばかりで、それを理解しようとはしなかった。
彼女の戯言か、法螺話か、あるいは幻覚か、はたまた真実か。
「私、この街から引っ越そうと思う。それで、あなたの住む街に行こうかな…。」
「俺の…?」
「えぇ、それであなたの生い立ちを見てあげる。」
顔は見えないが、確かに彼女が笑っているのが分かった。
俺も立ち上がり、少しだけ彼女に近づいた。
「…俺はそんなに有名じゃないんで、歴史展に乗ってないですよ。」
「そういう事じゃないんだけど…、まぁいいわ。もう帰ったらどう?この後雨が降るけど。」
不意に彼女が振り返り、宝石のような瞳と目が合う。
「あー…じゃあそうさせてもらいます。」
このまま長居する訳にもいかないため、慌てて荷物をまとめる。
「…引っ越すよりも、あなたの病院について行った方が良さそうね…。」
「俺の病院なんて、もう何も残らないですよ。よく分からないけど…あなた奇病が再発するんですっけ?その様子も見たいのは山々ですけど、残念ながらその時にはもう俺はいないと思いますよ。」
「知ってるわ、ちょっとした冗談よ。あなたはもう、受け入れているのね。」
どこか寂しげに微笑む姿を見ていられず、顔を伏せて言う。
「受け入れてなんかないですよ。ただ止めたんです、足掻く事を。」
「…そう。それも大事な一つの選択肢よ。」
彼女は一体どんな顔をしてそう言ったのか、俺には分からなかった。
荷物をまとめ上げ、立ち上がる。
「それじゃあ失礼しました。あと、これ。」
そう言って、彼女の手に、液体の入った注射器と何錠か入ってある小瓶を渡した。
彼女は不思議そうに目を見開き、交互に俺の顔を見た。
「錠剤の方が奇病の症状を抑えるものです。で、もう片方が一応奇病を取る液体です。…ワンチャン治ると思いますよ。」
「………へぇ…、今回はそんなのが出来たのね……。ありがとう。」
「…いえ。じゃあ、お大事に。」
それだけを言い残して、彼女の家を出た。
---
長い電車旅も終え、重たい足を精一杯前に出す。
何故かは分からないが、どっと疲れた。
仕方がないか…、しばらくは出張もしていなかったもの。
次第に森の木が開け、病院が見えてきた。
夕暮れ時の赤い空が、奇病病院を包む。
少しだけ寄り道をしたせいで、帰るのが遅くなったな…。
こればっかりは反省しないと……。
すると、病院の前に綝がいる事に気がつく。
彼女も俺がいる事に気づいたのか、全速力で走ってきた。
その勢いのまま、俺に抱きついてくる。
なんか、前もこんな事あったな…。
「灰山先生ーーーー!!!!!!もう探しましたよーーーー!!!!」
「ハハハ、ごめんごめん。ちょっと出張行ってたんだよ。」
「もー、私も行きたかったんですけどー…。」
「だーかーらー、綝にはまだ早いの。」
「私、もう立派なレディですよ!?子供扱いしないで下さい!!」
彼女は怒ったかのように頰を膨らませていた。
俺はその姿に子供らしい可愛らしさを感じるも、これ言えば怒る気がして彼女の頭を撫でてやる。
「はいはい、そうだな。…それじゃ、俺はもう休むよ。」
「え、…今からですか?もうすぐ夕食の時間ですよ?」
心配するような彼女の顔には少し驚いたが、すぐに笑って続ける。
「大丈夫だよ。歩き疲れただけ。部屋で仮眠をとるだけだから心配すんな。」
「うぅ…、分かりました…。じゃあ、明日は一緒に遊んで下さいね!」
「おう、ごめんな。それじゃあおやすみ。」
---
[菱沼視点]
数時間前______…
昼食を済ました後、ジブンはすぐにある場所に向かった。
ジブンが最も気になっていた、灰山サンの隣の部屋。
何故かここだけが厳重に鍵をかけられており、灰山サンだけが知るこの部屋の奥。
微かに甘ったるい香水の匂いがする。
拾った鍵を手に持ち、慎重に南京錠の鍵を開ける。
一つ目の鍵は…、開いた。
やっぱりこのキーホルダーは、ここの部屋の鍵だったんだ。
そのまま着々と南京錠を開けていく。
あとは部屋の鍵を開けるだけ、だったのに何故か最後の鍵と鍵穴が合わない。
鍵の形からして、きっとどこかの部屋の鍵なのは確かなはず。
もしかして…、そう思って灰山サンの部屋の鍵穴に刺してみる。
ゆっくりと鍵を回すと、次第にガチャリと音がした。
周囲を見渡し、誰もいないことを確認する。
一つ深呼吸をして、部屋に入ってみた。
本棚ばかり並んだ、薄暗い部屋。
部屋に入ってすぐ、机が見える。
扉を閉めて、その机に向かう。
その机の上は、意外とすっきりとしており、医務室の彼の机とは大違いだ。
本棚よりも先に、まずこっちを調べてみよう。
引き出しを開けて、その中に入っている本やカルテをパラパラと見る作業を繰り返す。
意外と楽しいもので、懐かしいものを見つけると、つい読み込んでしまう。
ある程度してから、少し気になるものを見つけた。
灰山サンの直筆で書かれた、日記のようなものだった。
「これは……?」
「あぁ…、それは奇病の経過観察を書いたやつだよ。」
誰もいないはずなのに後ろから声がして、ジブンでも心配するほどの速さで後ろに振り返る。
そこには出張に行ったはずの灰山サンがいた。
「えっ!?え、え!?なんでいるんすか!?」
「出張から帰って来たから。」
驚いて尻餅をつくジブンに若干苦笑いをして彼はそう言うと、着ていたよそ行きのコートをコートハンガーにかけた。
「…………。」
「それ、見たかったら見てもいいよ。何も面白い事は書いてないけどな。」
「え、あぁ…、じゃあ見るっす。」
怒られると思っていたけど…、意外な対応にも少し驚いてしまう。
黙々と読み進める。
そこには何の奇病かが言及されていないものの説明が|連連《つらつら》と並べられていた。
「なーんか、新鮮だなー…。俺の部屋に誰かいるとか。」
ふと灰山サンが本棚を眺めながら呟く。
「そういえば、今日の出張はどうだったんすか?」
なんとなく気になって、ジブンがそう尋ねると、灰山サンはうーん…と唸る。
そんな難しい質問はしてないんすけど。
それほど変わった人だったのだろうか。
「まぁ、不思議な人だったよ。少なくともお前らに行かせなくて正解だった。」
「なんすか、それ…。」
「別に嫌味でもなんでもねぇよ。ただ本当に俺が行かないといけなかったんだと思う。」
彼は難しい顔をして、出張で持って行った荷物を淡々と片付けていく。
何を言ってるのか、理解出来なかった。
絶対に灰山サンじゃないといけない、なんてことはないはずだ。
よく分からないが、今回は手応えでもあったのだろうか。
読んでいた日記も読み終わり、元あった引き出しに直すと、灰山サンがこっちを見てはにかんだ。
「どうだった?結構自信作なんだけど。」
「経過観察に自信作とかあるんすか…。何の奇病だろうって思っただけっすよ。」
「…なんか微妙な感想だなー…。」
「そんな事言われても困るっすよ…。」
一つ会話も終え、また別の引き出しを開ける。
特にめぼしいものは無い。
コピー紙だったり、昔の患者のカルテだったり、そんなものしかない。
「そういや、お前は何探してるんだ?」
わざわざジブンの近くまで来て、彼は尋ねてくる。
「そりゃあ、ただの好奇心で入ったんすから、何も探してないっすよ。」
ドヤ顔混じりにそう答えると、彼は「なんで誇り高そうに言ってんだよ。」と困った顔でため息を吐いた。
「ところで、鍵返してくんね?」
「ギクッ。」
忘れてくれてると思ってたのに……!!
それに肝心の隣の部屋が見れていない。
「なんだ?それとも隣の部屋がそんなに見たいのか?」
「なんで分かるんすか!?」
まるでジブンの心を盗み見たように言われ、冷や汗が止まらない。
「分かるも何も、この部屋に入る前に隣の部屋見たら南京錠が全部外されてるんだから、そう思うだろ…。」
しまったぁぁ………!!!!
その事忘れてたっす………!!!!
…ハァー、仕方ないっす。
「チェ…、じゃあ返してあげるっす。」
「なんでそんな渋々なんだよ…。」
そりゃあ渋々になるっすよ。
見たいもの見れないんすから。
「めぼしいもの無いっすねー…。隣の部屋開けてくれないっすか?」
「んー、嫌っす嫌っすー。」
「ジブンのこと馬鹿にしたような喋り方やめてほしいっす。」
そんなやり取りをしているうちに、下からいい匂いが香ってきた。
「ほら、部屋は開けておくから行けよ。」
「いいんすか?」
「俺はその間に仮眠取りたいから。早く行け。」
なんかジブンにだけ当たりが強いんすよね、この人。
部屋も開けてくれるとのことなので、黙って、彼の部屋を出た。
---
夕食から戻って来ると、本当に灰山サン寝てたっす。
器用に硬そうな木の椅子で寝てるっす…。
そういえばベッドが無いと言っていた事を思い出し、周囲を見渡す。
本当に無いんすね……。
にしても、こんなに本棚があったら仕掛けがあるんじゃないかって思ってしまう。
あの…、本を取ろうとしたら本棚が横に動くやつ。
ちょっとした好奇心で、分厚い本をグイっと引っ張ってみる。
……………。
何も起こらない。
気を取り直して、また引き出しの中を漁る作業に耽る。
でもどれだけ漁っても、大したものは入っていない。
大学の参考書だったり、医療系の分厚い本だったり、英語で何書いてるのかも分からない本だったりと、種類は様々。
本当に灰山サン、こんな本読んでたんすか?
雰囲気とかで買ったんじゃないんすか?
雰囲気で買うにしては値段の高い本ばっかっすけど。
しかも、本の紙が読まれすぎたのか、かなり擦られた跡があるのが若干腹が立つ。
何真面目に読んでるんすか。
すると、見覚えのないカルテを目にする。
________
████
████ (██) █
◇奇病
・|突発性《トッパツセイ》|身体《シンタイ》|静止《セイシ》|白雪姫《シラユキヒメ》|脱力《ダツリョク》症候群
白雪姫のように眠ってしまった状態になってしまうもの。
心臓の動きも静止してしまうため、生きてるのかが分からない。
傍から見れば急死の状況に近いため、これが奇病なのかすらも判断ができていない。
前例はいくつもあるが、謎が多いばかりで治療薬は発見されていないため、この奇病になったもので治った者はいない。
名前の通り、急にこの奇病になってしまうため防ぐといったことができない。
◇████
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██████████████████。
████████████████████。
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ほぼ文字が黒く塗りつぶされている。
突発性身体静止白雪姫脱力症候群…?
これでもジブンは創立当初から働いているため、ここにいた患者の奇病なら少しは覚えているはず。
それに関わらず、この奇病名は聞いた事がない。
奇病名の考案は、今では医者が交代で考えているが、当初は灰山サンが考えてくれていた。
この名前の付け方は灰山サンに違いないはず。
一体誰の奇病なんだろう…。
ジブンはそれを写真に撮る。
もしかしたら、2人なら知っているかもしれない。
カルテだったり色々なものを元の場所に直し、次は本棚を漁ろうとした時、
むくりと灰山サンが起きた。
「おはようっす。」
「おう。…引き出しはもう終わったのか?」
「はいっす。」
彼は伸びをしながら、近づいてくる。
ジブンはそれを横目に見ながら、適当に本を手にする。
「本棚の本には何も書いてないと思うぞ。ここにあるのは全部医学のもんとか、昔使ってた参考書、懐かしい高校の教科書とかだし。」
ここにも参考書があるのか…。
灰山サンの意外な真面目さに感心してしまう。
さっき手にした本をパラパラと読むと、確かに難しそうな話が書いてある。
「な?変な本だったろ?」
彼はそうはにかみながら、ジブンが持っていた本を適当に本棚に直した。
「それじゃあ、質問していいっすか?」
「とうとう俺に聞くのか…。まぁ、良いけど。」
若干複雑そうな顔をしている灰山サンを気にも留めず、話を続ける。
「彼女とは何か血縁関係があるんすか?」
「…彼女って?」
「久我サンよりも前に急に治った子っす。あの…、火傷の女の子。」
「あー…、いや、血縁関係は無いと思うけど?」
「そーっすか…。」
「……さては、シエルから聞いたのか。」
「ギクッ…。」
なんでこの人、無駄に鋭いんすか。
掠れた口笛を吹きながらそっぽを向いていると、彼から大きなため息が聞こえた。
恐る恐る目を合わせると、明らかに嫌そうで面倒くさそうに睨みつけている灰山サンが視野に入る。
「やっぱ何か探してるじゃん。」
「いや、待ってほしいっす。誤解っす。頼むっす。」
「…もう良いよ。……おやすみ。」
彼はそれだけを言い残して部屋を出た。
明らかに不機嫌そうだったっす。
……え?え?え!?
これ、なんか、謝ったほうが良いっすか!?
慌ただしく後を追うように部屋を出る。
幸か不幸か、廊下は薄暗さを見せるだけで誰一人としていなかった。
……………いや、もう本当どうしようっす。
---
[灰山視点]
また、いつもの部屋に入る。
しっかりと扉の鍵を閉め、頭を扉に当てたまま少しだけしゃがみ込む。
今日は本当に疲れた。
扉の向こうから菱沼の声がする。
ドンドンと扉を叩く音には触れず、ベッドの隣の椅子に向かう。
「今日は、満月みたいだよ。」
返事もしない彼女に声を掛ける。
ふと昨日の人影を思い出した。
あぁ…、もしかして俺の事見に来てくれたの?
…そんな訳ないか。
それだけの理由じゃないんだろう。
きっと何かを伝えに来たのだ。
…きっと、夢から覚めろ、そう言いに来たんだろう。
もう、あと10日。
寂しさを覚え、静かに目を閉じた。
長過ぎるッッッ!!!
さて、なんとなくお気づきの方も多いと思うけど、もう終わりが近い!!
あと十話ちょいぐらいかな。
いやぁー…、一部すっ飛ばしたし、何人か出番少ないけど…苦笑
あの…、出番ないのは本当ごめん。
タイミングが中々出来んって言う言い訳をせめて聞いてください…!!
あと、今回でてきた蝶の方は、お優しいリア友にお借りしました!!
本当は話し方、もっとキツい感じだったんだけど…まぁもろ事情で勝手に柔らかくさせた。
理由はもう言ってる!!読め!((