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【読切】バベルの塔
「神様って、怒ると怖いタイプなんだね」
帰りの準備をしていると、彼女が唐突にそう言ってきた。
「なんで?」
僕は、視線だけ一瞬彼女の方に寄越してから、すぐにまた外した。
トントンと、教科書を整えてからカバンに入れる。
「だってさ、私が喋ったこと、誰も理解してないじゃん。君なら全く理解してないってほどじゃないかもしれないけれど、でも、全部完璧に理解してるわけじゃないでしょ」
つけ足されたフォローするようなセリフに、僕は小さく笑って
「ま、そうだな」
「無論、喋ったことには限らないけれどさ。したこと、見たこと、聞いたこと、〈理解されない要因〉、〈理解できた事象〉っていうのはたくさんあるよね」
荷物をしまい終えたのか、ジッとカバンのファスナーを閉めて、くる、と顔ごと僕のほうを見た。
「最初はさ。理解しようとしてないから、理解できないんだって、非難していたよ、私も。けれどね、よく考えてみたんだけれど、それって違うんじゃないかなあと思ってさ」
「……ふうん」
イマイチわかっているのかわかっていないのか、よくわからない相槌を、僕は打つ。
「それってさ、使ってる言語が違うからなんじゃないかと思うんだよね」
と、彼女はようやく本題らしきことを口にした。
少し興味深いことを言われて、僕は「ほお」と感嘆に似た声を漏らす。
……少し興味深いって、なんだか変な日本語だな。興味浅いとでも言えばいいのだろうか。そういうことだ。
「中国語ってさ、ひとまとめに『中国語』って言われちゃうけれどさ、ほんとは何種類かあって、もうほとんど別言語みたいなことになっているらしいね」
「ソースは?」
「Google大先生」
彼女は、机に浅く座って、
「それ以外にもさ、身近な例として、方言ってあるじゃん。大阪弁、広島弁、三河弁、エトセトラ。あれも、場所ごとに通じなかったりするでしょ。そういう感じで、みんな、ひとりひとり、使ってる言語が違うんだと、私は思うわけよ。酷似しているせいで、まるで使用言語は同じであるかのように感じるけれど。私が『好き』って言ったときと、一軍女子が『好き』って言ったときと、キャバ嬢が『好き』って言ったときって、君、全部おんなじ反応する? しないじゃない? 私が言ったら『は?』って思うし、一軍女子が言ったら何か裏があるんじゃないかと勘繰る、キャバ嬢が言っても営業だなーって思うよね。別に、これは私の適当な予想だけれど」
「一応正解発表をしておくと、僕はそのどのパターンでも聞き流すぞ」
「最低」
短く一蹴してから、彼女は何事もなかったように話を続ける。
「使ってる言語が違うんだよ、つまり受け取り方も違う。三者三様他者多様。急にアラビア語で怒られても効かないのと一緒」
ここでひとつ区切った。教室内には、いつの間にか僕たちしかいなくなっていた。
「でもさ、それは完全な諦念ってわけじゃなくて。完全に理解できないってことじゃなくて。理解する余地はじゅうぶんにあると思うんだよね。だってさ、エセ関西弁って言葉があるくらいなんだからさ、他人の使用言語を自分も会得することは可能なはずなんだよ。だからそれをしろよ、せめて、努力をしろ、って、私は思っちゃうんだよね」
「……でも、努力が報われるとは限らないだろ」
反論めいたことを言うと、すぐに
「努力をしたというだけでなんだか上位に立っている気分になれるものだよ。人々はその感覚のことを自己肯定感と呼ぶんじゃないの?」
と切り返された。
ははあ、なるほど?
わかったような、わからないような。
「……ま、とりあえず、そういうことなら、そういうことで。僕は、努力なんてするつもりは毛頭ないけれど、理解する気くらいならあるから。今日はもう帰ろうぜ」
僕がそう返すと、彼女はちょっと意外そうに目を丸くして、そして、小さく微笑んだ。
「はいはい」