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非展示室
魅檻レイ
閉館後の展示室は、いつもより静かだった。いや、正確にはいつもあったはずの気配が今日は少し薄い。学芸員は、照明をひとつずつ落としていく。最後の一灯だけ、残すか迷っていた。
「それ、消すんですか」
振り返らなくても分かる声は、もう習慣みたいになっていた。怪盗は、いつもの場所に立っていなかった。展示室の中央、ガラスケースの前でもない。少しだけ離れた、何もない場所。
「今日は、何もないんですね」
「……盗むもの、もうない」
その問いに、学芸員はようやく振り返る。
「最初からないでしょ」
怪盗はいつもと同じようで、少し違う笑い方だった。
「じゃあ、俺は何してたんだろう」
学芸員は、すぐに答えない。展示室を見る。ガラスケース、空の台座、閉じられた空間。
「見てただけだろ」
短い言葉に、怪盗は一歩だけ近づく。
「見てただけ、ね」
「それってさ、仕事?」
「仕事だ」
怪盗は、納得した顔ではない。でも、拒否もしない。ここは、もう関係ないみたいに静かだった。
「ねえ、これ終わり?」
学芸員は、少しだけ目を細める。
「最初から始まってない」
その言葉で、空気が止まる。怪盗の、今度はちゃんと分かっている笑いだった。
「それ、ずるいね」
学芸員は、鍵を持ち上げる。
「終わってないものは、終わらせられない」
「じゃあさ、これからも来ていい?」
学芸員は、少しだけ黙る。そして、言う。
「来るなら、作品として見ろ」
「了解」
怪盗は目を細めて、それだけ。出口に向かう、足音はしない。途中で、少しだけ振り返る。
「ねえ」
学芸員は返事をしない、それでも怪盗は言う。
「また来る」
学芸員は、照明を消す。最後の一つが、落ちた。暗くなる直前、ほんの一瞬だけ。どちらが見る側だったのか、もう分からなかった。そして展示室は、いつもの夜に戻る。ただひとつだけ違うのは、そこにもう余白しか残っていないことだった。