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幸せな時はすぐ終わる。
みぃみぃ。さんの「ストーリー・題名同じの小説大会〜!!!」の参加作品です。
リンクです。
https://tanpen.net/event/267074c5-b5b5-4a16-943a-1416e12bc68d/
「聞いて聞いて!」
「どうしたの、瑠璃?」
喜色満面、勝手に話を聞いているこちらまでビシビシと伝わってくるハッピーオーラ。
盗み聞きしたことを私は後悔した。
「あのね、瑠璃さ!春輝くんと付き合ったのー!ずっと片想いしてたからめっちゃ嬉しくて!」
嘘でしょ。
何かの間違いって言ってよ。
確かに私は、大事な幼馴染である瑠璃を傷つけたくなくて春輝が好きなことを隠していた。
もしかしたら恋とは言えないくらいな淡い想いだったかもしれない。それでも想えていたことは幸せだった。
でもこんなのって、あんまりだ。
「うん!応援してくれてありがとう。勇気出して告って良かった!……あ、チャイム鳴っちゃった。」
これ以上この話を聞いたらダメだ、というところでチャイムが鳴ってくれた。いつもは楽しい昼休みを終わらせる、憎いチャイムなのに今日は救いのように思えた。
瑠璃ちゃんは確かに可愛い。
だから、フラれたのはしょうがないのかもしれない。
春輝と幼馴染だから、ということに甘えていたのかもしれない……
こうして、私の初恋は散った。
想っていた時間なんかとは比べ物にならないくらい、一瞬で。
「ねえねえ、今日転校生来るんだって。」
「マジで!?イケメンかな?」
クラスは転校生の話で持ちきりだ。やっぱり小6になっても気になるものは気になる。
それでも、私の心の中は昨日のことでいっぱいだった。
朝のドリルも手につかない。
適当に鉛筆をくるくる回していると、先生が入ってきた。
「ほら、席につけ。なんでドリルタイムなのに立ってるんだ。うちのクラスだけ6年生なのにうるさいぞ。1組を見ろよ。ほら、静かだろ?」
1組は瑠璃のクラスだ。みんな頭が良くて、可愛くて、春輝みたいな素敵な男の子もいる。これ以上瑠璃と私の差が分かるようなことを言わないで欲しい。
イライラしながら先生の話を聞き流していると、突然(私が聞いていなかっただけかもしれない)かっこいい男子が入ってきた。
さらさら流れる髪は日の光に照らされて輝いている。
「秋本大我です。隣の市から来ました。これからよろしくお願いします。」
ありきたりなのに、その凛々しい声のせいかドラマのワンシーンのようにオシャレに見えた。
「じゃあ秋本は……あそこの、窓側の席に座ってもらおうかな。」
「やったー!めっちゃイケメンじゃん。しかも席近いし!」
「えー、反対側じゃん。」
女子たちの間で歓喜する声や悲しむ声がそれぞれあがる。
私は真ん中で後ろあたりの席なので遠いとも近いとも言えない微妙な席だ。
……気になっているわけではない。決して。
ただ、少し雰囲気が春輝に似ていたからってだけだ。
恋なんて、フラれたらおしまいなんだから。
今の私がきっと1番よく知ってる。
翌日。国語のグループワークの時間だ。
座る姿勢を急いで正して、先生の方を見る。
「今回は出席番号順だぞ。秋本は……まあ、1番最後のグループに入ってくれ。」
私の名字は若村。つまり私と同じグループだ。転校してきて日が浅いとはいえ、秋本くんはクラスの女子から高い人気を得ているからちょっと睨まれるかもしれない。理不尽な。
「俺、大我。よろしくね。」
「……うん、よろしく。」
ちょっとそっけないかもしれない。少し悪いことをしてしまった。
でも、クラスの女子に睨まれるよりかはいいかもしれない。秋本くんには少し失礼だけど。
それから私たちは黙々と作業を進めた。
「秋本くん、ここ。漢字が……。」
つい我慢できなくて声をかけてしまった。どうやら親友の友梨は秋本くんのことが気になっているようで、ちょっと!?という気持ちが顔によく出ていた。ごめん。
「ありがとう。俺、漢字とか苦手だから……これから教えてほしいかな、なんて?」
「えっ。」
友梨もこちらをじっと見つめている。
どうしよう。
どう答えればいいんだろう。
胃が痛い。キリキリする。真っ白く色が飛んだような世界で、精一杯声を出して答えた。
「……あの、考えさせて欲しい。」
「分かった。ダメだったら全然いいからな!」
ふぅ、と一息ついて作業に戻った。
友梨は相変わらずこちらを信じられないように見ていた。
「ねぇ、大丈夫だよね?あたしが大我くんのこと気になってるの分かってるよね?もちろん断るよね?そうだよね?」
帰りのホームルームが終わった。すぐに友梨から質問攻めになった。昨日女子たちにいろいろ訊かれた秋本くんもこんな感じだったんだろうか。
「……うん。私、断るから」
「だよね!!良かったぁ。あたし、李亜が大我くんのこと気になってるのかと思った!もし、李亜が大我くんの好きだったら……あたし、やばかったかもしれなーい!」
にこにこ笑いながら友梨は言った。
それがどういう意味なのか、私にはまだ分からなかった。
結局断れなかった。こういう時、私自身のお人好しが憎くなってくる。でもこういう頼み事は私がやらないと、という気がしてきてどうしてもすっきりしないのだ。
「ここは……。」
「こういう覚え方があるんだ!」
その屈託のない笑顔が、どろどろした不安な心を溶かしてくれた。
恋じゃなかったのはいつまでだろう。
きっと恋じゃないと信じていたのはいつからだろう。
クラスの子の視線を気にせずに大我くんと話すようになったのはいつからだろう。
分からないけど、分からなくても良い。
この関係が続いていけば。
……「ただの勉強仲間」で満足できなくなったのはいつからだろう。
「大我くん、帰ろ!」
「李亜、ごめん。今日はサッカーがある日だから……また明日な!」
「分かった!頑張ってね!」
いつも明るくて、爽やかで、私の太陽。
春輝のことを忘れさせてくれた、私の彼氏。
本当に本当に、大好きだった。
中学生になっても、ずっと一緒にいる。
はずだった。
「ねぇ李亜。今日屋上に来て。」
「……?いいけど。」
大我くんと付き合ったことで、なかなか話さなくなった友梨に突然声をかけられた。
これでも親友(だと私は思っている)のだ。少しの罪悪感を胸に、私は屋上に向かった。
なぜ向かってしまったのだろうか。
そこには、地獄が待っていた。
「……。」
いつも通り。そう、いつも通りだ。もうこれがいつも通り。
だから……泣かない。
泣かないでよ。お願いだから。
いくら馬鹿でも、奴隷でも、性根がねじ曲がったゴミみたいな女だとしても。
泣かないでよ。だから、泣かないでってば。
「教科書の落書き、消さないとね!」
ネームペンだからどうせ消えないんだけどね。
そこは氷の牢獄。親友だと思っていたあの子は小さな冷え切った金魚鉢の女王様。
大我くんは心配してくれた。友梨に言ってくれた。
私の太陽ですら溶かせないほどの、分厚い氷だったから意味はなかった。
つい、大我くんの前で泣いた。
「李亜は悪くない。全部、全部、アイツらが悪いんだ。だから……。」
そう言って肩を叩く大我くんの顔は、引き攣っていた。
「大我くん。ごめんなさい。私と付き合わせちゃって、ごめんなさい。もういいの。」
「いや、俺のほうこそごめん。だからさ、その……一旦別れよう。別れたフリをしよう。こっそり、アイツらにバレない範囲で、恋人でいよう。な?」
私の顔はきっとすごく醜い。
顔は殴られてないからどこも傷ついてないけど。
きっと、すごく。
私は怖かった。
大我くんを巻き込んでしまったことじゃなくて、私がこれ以上いじめられることが、怖かった。
「たいがく」
「……!友梨!」
「大我くーん!今日の宿題わかんないよ。どうしよう!大我くん教えて!」
私たちはまだ恋人なはずだと思っていたのは私だけだった。
とっくにもう、賞味期限は切れていた。
あの子の勝ち誇ったような、可愛い可愛い笑みよりも私なんかを見ていない彼氏の顔が、ずっとずっと憎かった。
「友梨?」
「……何、若村さん。」
遠くなった距離はもう戻らない。
終わってしまったものはやり直せない。
大好きだった友梨はそこにいなかった。
「なんでもないです。ごめんなさい。」
中学は必死に勉強して、偏差値も少し高めで雰囲気が良い学校に進学した。
もちろん小学校時代の友達……だった子たちはもういない。
言葉の暴力も、無視の暴力もない。
しかし、私はまた恋をしてしまった。
「好きです。付き合ってください。」
飾らない言葉が彼らしかった。
「……私でよければ、よろしくお願いします。」
幸せだった。
大我くんとしたことなかったデートも、彼とした。
幻想的な水族館で、優しく抱きしめてくれた。
その温もりが、とにかく幸せだった。
同じようなことを他の子にもしてたのに、ね。
幸せな時はすぐ終わる。
いつかは消えてしまう。
そんなものに惑わされる私は馬鹿なのかもしれない。
いや、馬鹿だ。
だって私は、あなたたちがくれた思い出を忘れられないから。
どこで間違えたのかも分からない。私が間違ってたのかも分からない。やり直せたのかは分からない。
もう、いいかもな。
幸せな時はすぐ終わるからこそ、幸せだったころの思い出は馬鹿な女には美しく思えるのだ。