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名前を知らない香り After Stor
〜気づき始めた香りの名前〜
星と会う約束をしたのは、それから一週間後のことだった。
休日の昼下がり、駅前で待ち合わせるだけなのに、どうしてこんなに落ち着かないのだろう―
そして、ふと気がつく。
中学の頃も、高校の頃も、こんなふうに「二人きりで会う」ことは、
一度もなかったからだ、と。
「お待たせ」
声がして振り向くと、そこに星がいた。
シンプルな服装なのに、目を引く。
理由はわかってる。近づくにつれて、あの香りがしてくるからだ。
「全然、今来たところ」
それは嘘だ。
十分は早く着いていたけれど、今はそんなことどうでもいい。
「じゃ、行こうか」
何を話すでもなく、歩きだす。
川沿いの道を並んで歩く。会話はゆっくりで、間が多かったけれど、その沈黙が嫌じゃなかった。
「そういえばさ」
少し躊躇したように、星が口を開いた。
「この前、一緒にいた人……もう別れた」
その言葉に、足が止まりそうになったけれど、必死に抑え込んだ。
「……そっか」
それ以上、何も言えなかった。
聞きたいことは山ほどあったけれど、どれも踏み込んでいい気がしなかった。
星は川の流れを見つめながら、続けた。
「最初から、ちゃんと好きだったと思う。優しかったし、大事にしたかった」
言葉を一度切って、少し息を吸う。
「でもさ……」
指先が無意識にズボンの縫い目をなぞる。
「ひかると再会して、気づいたんだ」
胸が、静かに痛んだ。
「俺、ずっと勘違いしてたんだなって」
風が吹いて、星の香りが強くなる。
懐かしくて――苦しくて。
「ひかるとは、付き合えないと思ってた」
その言葉は、思った以上に真っ直ぐだった。
「中学のときから、好きだったけど。どう考えても無理だろって。
だから……諦めるために、女の子と付き合った」
心臓が大きく鳴る。
――同じだ。
俺も、同じ理由で何も言えなかった。
「再会してさ」
星が、こちらを見つめた。
「香りで気づいたって言われた時、嬉しかった。…怖いくらいに」
苦笑しながら、星は続ける。
「俺だけじゃなかったんだって、そう思えたから」
言葉が、喉で詰まる。だけど、どうしても伝えなきゃいけない気がした。
「俺も」
声は小さいけれど、逃げなかった。
「――星のこと、ずっと好きだったっ」
星が、目を見開く。
次の瞬間、ゆっくりと息を吐いた。
「……だよな」
そう言って、少しだけ笑う。
「だったら、余計遠回りしたな…」
二人で並んでベンチに腰掛ける。 肩は触れないけど、距離は近い。
「今すぐどうこう、って話じゃなくていい」
星が言う。
「ただ……こうして会えるのが、嬉しい」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「…俺も」
短く答えると、星は小さく頷いた。
夕方になって、帰り道で別れるとき。改札の前で、星が立ち止まる。
「ひかる」
「なに?」
「……また、会ってくれる?」
その問いに、迷う理由なんてなかった。
「もちろん」
星は安心したように笑って、軽く手を振った。
すれ違いざま、またあの香りがした。
―まだ名前はつけない。
けれど、この香りには、もう意味がある。
これは、諦めるための再会じゃない。
――やっと、始まっただけだ。
――END――
華恋_karen