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褒める
ださくだー
2026/03/09 褒めてー
朝。スキップするように学校の廊下を歩いていると、隣のクラスの子が前から歩いてきた。名前は白鳥さんだっけ。私は明るい声を張り上げた。「おはよー白鳥さん!」白鳥さんは長い黒髪を揺らし顔を上げて、すこし戸惑うように会釈をした。
「白鳥さんってほんとっ、美人さんだよね〜。鼻高いし、髪の毛綺麗だし。」
白鳥さんの方に駆け寄って、その肩を軽く叩く。彼女は驚いたように髪を跳ねさせた。「あ、ありがとう。」視線をさまよわせながらじわじわと口角を上げる白鳥さんの反応に、私は満足する。そして再び自分の教室へと歩き出した。
ほんとは白鳥さんは、大して美人じゃない。教室のドアに手をかけ、横にスライドさせながら私は思う。目は小さいし、鼻は長いし、口は大きいし。髪の毛は確かに綺麗だけど、長すぎて見てるだけで邪魔そうだと感じる。自分の席の机に重い通学カバンを置いて、中から筆記用具を取り出す。1時間目は理科A。2時間目は歴史。ロッカーに、理科と歴史の教科書を取りに行く。
私の趣味は人を褒めることだ。私は優しいから、どんなに褒める要素が見当たらないような子でも、なんとか絞り出して褒めてあげるのだ。毎日たくさん褒めてあげる。そうしたらみんな、驚きながらありがとうと言って、喜んでくれる。
授業の準備を終えお手洗いに行くと、洗面台の前で女子数人がたむろしていた。化粧をしているらしい。クラスメイトの速水さんと江田さんと…あと…あ、思い出した、水谷さんだ! 私は学年全員の名字と顔を覚えてるけど、時々なかなか出てこないこともある。「おはよう! 速水さん、江田さん、水谷さん!」顔に笑みを貼り付けて彼女たちに挨拶をする。こちらを振り返る3人に訝しげな表情をされたが、すかさず褒め言葉を吐き出す。「今日もお化粧上手だね! 目の大きさとか全然違うじゃん! 今度私にも教えてよー!」
一瞬の沈黙が落ちる。そのあと、速水さんが口を開いた。その眉間には深いシワができていて中年のおじさんみたいだとおかしくなる。
「は? なにそれ。バカにしてるの? …てか、あんた誰。」低い声だ。この子って、こんなに声低いんだ! 新しい発見に心がわくわくする。
3人の視線が、私の名札に視線が集まるのがわかった。じっと見つめられると、なんだか照れ臭くなる。
「桜木?」
「うん、そうだよ。2年C組11番、桜木あやか!」
「ふーん…。ね、もう教室戻ろー。」速水さんは私から目を逸らし江田さんと水谷さんに呼びかけた。彼女たちは化粧品をがしゃがしゃとポーチにしまい、私をどいてとおしのけ、トイレを出て行った。化粧、まだ終わってないんじゃないの? 目の大きさが左右非対称だよ! そう教えてあげる間もなかった。
翌日、私の下駄箱に上靴はなかった。代わりに教室のゴミ箱のゴミが詰め込まれていて、下駄箱のとびらを開けたらとたんにそれが飛び出てきた。ありゃりゃ。近くにいた子達がうえっと声を上げ、そのゴミを避けながら、あるいは蹴りながら自身の靴に履き替えていた。申し訳ないな。ゴミを慌てて回収し、胸に抱えて直接ゴミ捨て場に向かう。
ゴミを捨てた後に教室に行くと、私の席の周りだけ、やけにぽっかりとしていた。ぽっかりと、と言う表現が適切なのかはわからないけど、それ以外の言葉が浮かばなかった。どうしたのだろうと首を傾げながら自分の机に近づき、あ、と声がおちる。机の上に文字が書かれていた。何かのメッセージかな? 読もうと目を凝らすも、殴り書きのようなそれを解読するのは至難の業で、私は肩をすくめていつものようにメッセージの上に通学カバンをどんと置いた。
今日も、たくさんの人を褒めてあげよう。私は小さく鼻歌をうたいながら、1時間目の数学Aの準備を始めた。鼻歌が時々、ひっくというしゃっくりで途切れかけたけど、それでも歌った。登校してきた速水さんに「うるさっ。」と言われた。私は口角を上げていつも通り褒めてあげようとした。
だけど、褒め言葉はひとつも浮かばなかった。初めての事態に、私は誤魔化すように声をたてて笑った。
速水さんは、顔を歪めた。その口が動いていたけど、私には私の笑い声しか聞こえていないから、なんて言ってたのかは知らない。
わー