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黒々で赤々とした聖夜の中で
しんしんと降る雪の中で凍えて赤くなった手に白い息を吹き掛けて擦り合わせる。
熱が無情にも逃げていき、特に暖かさは感じない。
目の前にある石像は誰が作ったのか、ダイナやチャシャ猫を彷彿とさせる刻印や瞳が描かれている。
「...猫......」
猫好きな人はここには何人もいる。その中で誰が作ったなど推理するのは無謀だろうか。
巡る思考を止めて、再び白い息が顔の前へ狼煙を挙げた。
続く足跡は自分の後ろにだけできている。しかし、その足跡も消えかかり、道は無に帰りざるを得ない。
もし、この消えた足跡の先に倒れた誰かがいるとしたら......それは、一体どんな人だろうか。
無に帰り際のその命と引き換えに形は残る。
どんな男性や女性でも、それは変わらない。止んだ吹雪の中で倒れたような人型の雪像。
この目の前の猫の雪像もそうであるなら...ダイナとチャシャ猫、どちらが犠牲になったのだろうか。
...これ以上、考えるのは籔だろう。そもそも本来、嬉しがるべき聖夜にこのような邪な考えは非常に士気を下げる。
職業病のような考えは今のうちに切り替えるべきだ。
未だに冷たい掌をジャケットのポケットに入れ、広がる銀世界に足跡を続けた。
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未だに帰ってこない買い出し担当の探偵に悪態は吐きつつある秋人と、珍しいのか飾られたモミの木の前でぐるぐると回る二匹の猫と、一匹の白兎。
「あー...もう、面倒だ......どけ!」
「たかが動物の三匹が回っているだけだろう?君は小鳥が三羽いるだけでも『どいてくれ』と言うのかい?」
「やかましい!猫が二匹回ってるだけでも、気が散って散ってしょうがないんだよ!飾り付けなんて手伝えないんだから、食事のつまみ食いでもしてこい!」
「それ、かえってダメじゃないか?」
猫に対して怒りを露にする秋人をキッチンから見つつ、《《たまたま》》買ったデスソースでも入れようとピザ生地の前でソースの蓋に手をかけたところ、白く細い手にごつごつとした手を包まれた。
その手の主へ顔を向けて、微笑みを見せる彼女に僕は口を開いた。
「どうしたの、遥ちゃん。僕...まだ何も入れてないよ?」
そう言った瞬間にゆっくりとソースの瓶が取り上げられ、代わりに砂糖が入った瓶を渡される。
「未遂で良かったと思いますよ、湊さん。貴方が料理担当って聞いた桐山さんの顔がやけに強ばっていたので何かと思ったら......ダメです、デスソースは。ダメですよ」
「へぇ~...じゃ、ベジマイトジャムは?」
「ピザにジャム?......いえ、その前にそれもアウトです。ダメって言われないと止まらない人なんですから、やめて下さい。そんなピザ、誰が食べるんですか?」
「大丈夫、君のお兄様なら食べてくれるよ、多分」
「食べてくれるんじゃなくて、食わせるんですよね?」
「気のせいじゃないかな?」
適当に御託を並べ立てながら、取られたデスソースをひょいと掴み取る。
あの時は何を警戒していたのか分からないが、遥も丸くなったものだ。現に今、こうして簡単に奪うことができる。......奪われることが、分かっていたからだろうか。
「あっ、ちょっと......沢山かけたらダメですよ。あと、砂糖は入れて下さい」
「大丈夫、大丈夫。できた後の一つにかけて回すだけだから。修が食べるといいね」
「...本当に食べそうなのが、どうにも...」
「危機感ないからね、修って。今はどうなのか知らないけど」
「あると思いますよ。■■■には」
「そうか、そうだねぇ」
他愛もない会話を続けながら、ふと神宮寺姉弟と八代兄弟のことが頭に浮かんだ。
神宮寺は二人きりのはずだし、八代は確か一護君と和戸さんのところへ行くと言っていたはずだ。
虹富に関しては全くベッドから起きやしないので置いてきたが、充電の切れている携帯には驚くほど通知が入っていることだろう。
桐山や鴻ノ池、榊、酒木はあまりよく分からない。正直どうでも良くて、今の今まで忘れていた。
お互いに何かしらやっているんだろう。そういう人達だ。
しかし、まぁ、他の人もそれぞれ顔見知りといるのだろう。アメリカだのフランスだの...日本以外のクリスマスの過ごし方なんて知らない。
もし、そこで秋人を弄ぶ奇妙な猫達のような者に聞けば、クリスマスの過ごし方について答えてくれるだろうか。
答えたところで、それは参考になるのか?もし、それがモミの木に火を焚いてファイヤーするなど、そんなワイルドなキャンプファイヤー擬きだったら?
結局のところ、自分が知っているやり方でしか知らない。できないのだ。
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キリストの誕生を祝うクリスマスには、もみの木を飾る。
その理由は、もみの木が常緑針葉樹であることの側面が強く、 厳しい冬が訪れる土地でも葉が枯れて落ちることなく、色鮮やかな緑を楽しめるもみの木は、昔から強い生命力の象徴とされていたからだ。
そのため、 力強く葉を茂らせる姿から、もみの木を神聖なものとし、もみの木を飾るようになった。
...小さな頃の、ほんの少しの知識だった。その知識の大半はやはり、書物からでそれ以外の出所を知らない。
そういった古典的な情報は新たな情報のように改変されたりすることがない。
結末が揺れ動くような昔話とは違い、これが絶対的な決定打であるからこその無変化は、この世界で唯一揺れ動かない真実の結末と言える。
何しろ、ここはどこか本来あるべき人達と違うのだ。別人のようで、別人ではない友人や知人、家族が大量にいる。
ここへ初めて来た時の安心感に対比した違和感。何も危険がない安心がかえって違和感のように感じられていた。
現にクリスマスだと言うのにその違和感は消えることがない。
どうせなら、今すぐにでも何か事件でも起きてくれた方が安心できる。
変わってしまった違和感が常々頭にこびりついて離れない。
何か、何か起きてくれないか。そう願わずにはいられなかった。
買い物袋を手に下げながらもう見慣れた家の扉をノックする。
本来の私には帰る家などないはずなのに。
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「トリックオアトリート、買い出しで買ったものを全部出せ〜!」
「メリークリスマスな…ハロウィンができなかった腹いせか?しょうがないだろ、歳なんだから」
「歳って言うけど、まだ25歳だよ」
「もう25歳なんだよ、恥をかかせないでくれ」
買い出しの袋を扉を開けて目の前にいた湊に押しつけ、肩や頭についた雪を軽く払うと猫に弄ばれている秋人が目についた。
「あれ、ずっとああなんだよ。気にいられてるんだよ」
「猫にか?へぇ、羨ましいこともあるもんだ」
テーブルへ忙しそうに料理を運ぶ遥を見つつ、袋の中のシャンパンを広げる。
一本、一本と置く内に代わりに食器を広げる湊が口を開いた。
「修はさ…ここ、変だと思わない?」
「……具体的に…どんな風に?」
「何か…今、こうして動いているのも全て決められているような不安と思い通り、記憶通りに動かない違和感…そして、死んだはずの人間が自分と同じように物を食べて、喋って、笑ってる。
だって、確かに死んだはずだったのに……その記憶があるのに、どうして生きてるの?ここ、やっぱりおかしいよ。夢とか楽園じゃない、もっと根本的に異質な何かがあるよ。
初めてここで目を覚ました時、そんなまさかって思った。黄泉の国か何かかと思ったら修もいるし違うんだって説明ついた。
けど、けど…まるでその事実がなかったみたいに忘れ去られたみたいに…蝕んでる……今、僕が一緒にいるのって本物なんだよね?本物の、修なんだよね…?」
「…本物じゃないって言ったら、どうする?」
「分からない。分からないよ。修は修だよ、違うなら、もっと分からない。何が分からないのかも分からない…」
「……大丈夫、本物だ。ただ、ほんの少し奇妙な記憶を持ったままいつも通りの日々を過ごしてるだけだ。
皆、死んでない。何か夢の記憶だ、そうだろ?」
自分の今まで感じていた違和感を封じ込むような言い訳だった。
違和感なんて存在しない。あるのは、安心感だけ。それでいい。
偽物じゃない、本物だ。本来の世界と違ってもここは確かに本物だ。
クリスマスという良い日なのだから、それを考えなくたっていいじゃないか。
誰が何のためにこんな紛らわしいことをしたのかなんて、もうどうでもいい。
今が誰も死なない幸せな空間であるのだから、それを崩さないように慎重に踊ればいい。
だって、それを押しつけたのは紛れもなく、誰かが憧れた唯一の夢じゃないか。
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違和感を常に感じている。
ダムに沈むはずだった家々が存在し、今こうして日村修の家でクリスマスパーティーなんてものを年甲斐もなく行っている。
おまけに知らない猫が二匹上がり込んで堂々とマグロを喰らっている。
事実とは打って変わって改変された何かが、そこにある。
目の前のややクリーム色の髪をした男性は紺に近い青髪の男性と栓抜きを持ってシャンパンを開けようとしている。
逆にややクリーム色の髪をした女性は手作りのピザをナイフで均等に切り分けてはピザを乗せた皿を各一人に手渡す。
やがて、ポンっとした音が響いて炭酸が泡立つ音が鳴った。
切り分けたピザをそれぞれが口に運ぶ。
感じている違和感を今だけは忘れたっていいだろう。きっと、目の前の探偵がいつか解決してくれる。それでいい。それで、いい。
チーズの独特な匂いが鼻を抜ける感覚に包まれながら目の前の探偵の顔がだんだんと赤くなるのが見えた。
何事かと思って水を差し出し、コップに入った水を呷る修の隣で少々、笑いを堪える湊を目視した。
「湊…!お前な…!」
「いやっ…!っふ、ふふ…これは、その、まさか本当に食べるとは…!」
「何入れたんだよ、遥が見てたはずだろ?!」
「あ、あ〜…見てたよ、うん。できた後に一部だけデスソースをかけたんだけど…綺麗にその部分だけを引き当てるなんて、思いもしなかったよ」
そう笑う湊の横で、コップに水を注ぎながら遥が、
「私は止めましたからね。言っても聞かなかったのは湊さんです」
呆れたような顔をして兄へ水をもう一杯差し出した。
それを受け取った引きが良いのか悪いのか、分からない兄が少し赤く腫れた唇から言葉を漏らした。
「湊……!!」
「ごめんって、せっかく買ったから使ってみたくってさ」
「……二度とするなよ」
それだけで許したように箸をローストビーフに伸ばすのがこの探偵だ。
それに続いて、遥も湊も箸やフォークを進め、二匹の猫も更にマグロへがっつく。
違和感はあるが、確かに幸せはある。
これでいい。クリスマスなのだから、幸せだって良いじゃないか。
**あとがき**
メリークリスマス、メリーバッドエンド。
個人的には湊さんはイベントはやりたいけど、イベントそのものに興味はないタイプだと思います。あれだよ、やりたいって言ったくせにあんまり楽しまないタイプ。
他は年齢的にやらないと思いますね、仕事とかも理由につけそうな感じはします。
では、メリークリスマス。