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音蓮
晴瀬です。
ヤナギと組んだ晴れ柳として初の小説。
晴れ柳結成記念小説、みたいなやつです。
お互い最初の一文を考えて交換して小説書きました。
守り合う人達の話です。
幸せだったのもつかの間、私の人生はどん底に堕ちていった。
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「は?」 私は聞き返す。
「だから、」
何度言ったって理解できない私にうんざりしたように彼女は溜め息を吐いて繰り返す。
「私、引っ越すの」
「どこにだっけ」
彼女はまた大きく息を吐く。
「秋田」
「秋田?」
「…だから秋田」
「ここ、関東だよ?」
「そうだね」
遡ること2時間前。
5時限目が終わって次の授業の準備をしているとこの子――私のたった一人の親友の|絢音《あやね》――が私に近付いてきて言った。
「ごめん、今日さ話したいことあるから一緒に帰ろ」
いつも一緒に帰ってるのになんでだろうと思った。
わざわざそんなこと言ってくるなんて、変だなって。
絢音は優しくて可愛くて、皆に人気で友達もいっぱいいる。
対する私は、顔は中の下、運動神経も悪く頭も悪い、だけど積極性はないものの授業態度だけはいいから優等生ポジションを確立していた。
絢音は私のたった一人の親友だった。
それに、いや、それ以前に、絢音は私のたった一人のヒーローだった。
6時限目とホームルームを終えていざ2人で帰ろうとすると何故か絢音は黙りこくって、無言で歩き続けた。
少し戸惑ったものの私も絢音の話を待って黙って歩く。
2人を取り巻く空気が少しぴりついて、緊張感が漂っていた。
絢音が話があるなんて勿体振るからお互い緊張しているだけだ、と私は嫌な予感を振り切って。
いつもは話が途切れることなく続いて、帰り道じゃ話足りないのに今日は物凄く気まずい。
この時間が私には地獄にも思えた。
元気に走り去っていく小学生の横を、井戸端会議を繰り広げる近所のおばさんたちの横を、横断歩道で小学生を安全に渡らせるための黄色い旗を持ったおじさんの横を、私達は黙って通り過ぎた。
あ、そろそろ分かれ道になってしまう。
ここで私は右を、絢音は左へ行かないとお互い家に辿り着けない。
「絢音」
私は意を決して声を出した。
絢音は私の横で俯向いていた顔をぱっと前に向けた。
「話って…何」
相手が話したいと言って中々話し出さないとき急かすのは絶対にやってはいけないのだけれど、私はそれ以上に絢音の様子が気になっていた。
いつも笑ってばっかりの子が、黙って俯向いている。
何かあると考えるほうが普通じゃないか。
「あのさ…」
絢音は立ち止まる。
もう分かれ道だったからだ。
「私……」
絢音は私と向き合うように動く。
「引っ越すんだ」
「え?」
随分と間があった。
「何、なんて、言った?」
「引っ越すの」
「え」
「ごめん、早く言わなきゃってのは分かってたんだけど、緊張して。
半月後に、秋田に」
「…嫌だよ」
私が絢音の目を見る。
絢音が私の視線に気付いて、はっとしたように私の目を見返した。
「嫌だ、って、」
「嫌だよ、私」
私は絢音の言葉を遮る。
「覚えてる?絢音が私を助けてくれたときのこと」
絢音が目を伏せた。
1年前、私達が中学に入学した頃、私はいじめを受けていた。
思い出したくもない話だからわざわざここで思い出すことはしないけれど、本当にあの時は辛かった。
凄く、苦しかった。
死にたいくらい、苦しかった。
たくさん、自分を傷付けた。
たくさん、耐えた。
たくさん、強がった。
たくさん、笑顔を取り繕った。
もう死のうかなって本気で考え出したとき、固まるクラスメイトの中で絢音は一人で声を上げた。
立ち尽くす私を絢音は抱き締めた。私はその温もりに泣いた。
叫んだ。
私の中から今まで堪えていたものが全部出てきて、それが痛くて、でも少し心地良くて私はただ泣いた。
「この子は死にたいくらい耐えたんだ。
この子が死ぬくらいならお前らが死ね。
お前らのせいでこの子が殺されるのは許せない」
あの時放った絢音の言葉が私は忘れられない。
絢音は私を抱き締めながら|彼奴等《あいつら》と傍観していたクラスメイト達を睨んで小さくごめんと言った。
「今まで何もできなくて」
私は|頭《かぶり》を振る。
「本当にごめん」
堪えても堪えても溢れる涙を必死に拭いながら目を見開くと絢音の足が微かに震えているのが見えた。
私の視線に気付いた絢音は私の顔を見て小さく微笑んだ。
絢音も怖かったんだ。
1年生と2年生の間のクラス替えで、彼奴等と私達は違うクラスになった。
やっと、教師達が動き出したんだ。そう思った。
今更、と。
絢音はそれからよく一緒にいてくれるようになった。
きっと私を気遣ってくれてるんだ。
私が弱かったせいで。
申し訳なくなった。
それを休日2人で遊びに行ったときに伝えると絢音は珍しく真剣な顔で言った。
「私は私の意思で|蓮月《はずき》と一緒にいるんだよ。もう蓮月はあの人達に縛られなくていいんだよ」
そう言い終えて絢音は笑った。
私も絢音の顔にふっと笑って、その笑顔を見た絢音が私の頬を両手で包んで「可愛い〜!」とさらに笑った。
幸せだと思った。
この幸せを掴めたのは絢音のお陰だし、絢音がいなければ私は今でも地獄の底で苦しくない死に方を模索する他なかった。
絢音は私にとってヒーローで救世主で英雄だ。
つまり、私には絢音がいないと駄目なんだ。
もう絢音は私の支えだし、絢音がいないなら私は幸せになれない。
これじゃ、また人生の、地獄のどん底になるの?
絢音がいなくなったことを知って彼奴等がまた、それに漬け込んで、また、なったら、。
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「絢音、私無理だよ」
「…蓮月」
綾音はあの時より随分と長くなった髪を指の先で触りながら私を見る。
「絢音、私絢音がいないと…きっと駄目になっちゃう。私は、絢音みたいに強くない」
「蓮月」
蝉がより強く鳴いた。
風が吹く。
「蓮月は強いよ」
強く風が吹いて、木々が揺れた。
葉と葉が擦れる音が響く。
「私は…強くなんか、」
「蓮月。蓮月は強いよ。あの時もめちゃくちゃ耐えてたし、堪えてた。それだけ蓮月は強かったし、彼奴等にも負けなかった。凄く、格好良かった。蓮月は変わってない。何も変わってない。
蓮月は今も強いよ」
私は黙る。
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「えー、それでね、半月後だから8月?の頭に引っ越すそうです」
担任の言葉に周りがざわめく。
もう、絢音が引っ越すまで2週間しかない。
「あとちょっとしかないけどまだまだ遊びたいんでいっぱい仲良くしてくださーい!」
担任に言われて前に出た絢音が強がり|戯《おど》けて言う。
私に言うだけで、あんなに躊躇っていた絢音がクラス全体に言うのにどれだけの勇気が要ったことか。
絢音が私に目配せしてきたのに気付いて私は小さく笑ってみせた。
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「絢音」
「じゃあね蓮月」
「絢音」
「蓮月、そんな、泣かないで〜ああ〜!ハンカチ!大丈夫!また会いに行くから、ね!?蓮月ぃ!」
引っ越しトラックの前で絢音はまた苦笑した。
絢音は今日、引越し先へ発つ。
「絢音ぇ、大好きだよぉ」
泣いてぐずぐずになった鼻を押さえながら私は言う。
「蓮月、私も大好きだよ!」
絢音は笑った。
私も笑顔を作る。
「じゃあね、蓮月!」
「またね、絢音」
「絢音が辛くなったら、私が助けに行くから!」
私は叫ぶ。
絢音が人生のどん底に堕ちてしまったら、私が助ける。
あの時の、絢音のように。
いやいや〜、記念すべき1作目がこれ。
何で自分が書くと登場人物がヤンデレっぽくなるのか。
ちょっと蓮月依存症っぽくなってきてちょっと焦った。
最初"は"人殺さんようにしようと思っていたのでね。
最初、は。
めっちゃいいお題だったんだけど、ちょっと軽めに書いてみた。
ぱって『幸せだったのもつかの間、私の人生はどん底に堕ちていった。』っての見て最初はどろどろぐちゃぐちゃ(?)の話になりそうだったんですよね〜。((