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これが王道のファンタジー
俺が王道を書くわけない!
「フレア!俺のことはいいから進め!止まるなぁっっ…!!」
その言葉を最後に、魔術師のジェイドが炎に包まれた。これでパーティーは俺一人となってしまった。
国王から直々に命を受けて、勇者である俺を筆頭にトップクラスの実力者で編成されたこの四人のパーティーは、ただ一つの目的のために集められた。
そう、魔王を倒すためである。
俺の出身の国は魔物の被害が激しく、これまでもギリギリの均衡を保っていた。
だが、最近になって発生する魔物の数が急増しており、死傷者も増えてきた。
これに危機感を示した国王は、占い師に収束させる方法を乞うた。
“はるか北に住む魔王を止めよ。さすれば災厄は落ち着くだろう”
これを聞いた国王が、魔王を討伐しようとするのは自然なことだった。
そして組まれたパーティーで、山を越え谷を越え、人間が通るべきではないところも力を合わせて通った。
喧嘩もしたし、故郷の思い出に花を咲かせることもあった。そしてそれを繰り返すたび、俺たちの絆はより強固になった。
そして、今に至る。
「あいつらっ…!!!」
仲間はもういない。
剣士のクリスは、魔王城のトラップにはまった俺を助ける代わりに奈落の底に堕ちた。
聖女のロザリーは、襲ってきた大量のアンデッドを浄化する大魔法を使った代償に動けなくなった。
そして、ジェイド。優れた魔術師だったが、突如襲ってきた炎から俺を逃すために、自ら炎に飛び込んでいった。
全員、俺を助けるために死んだ。
なら、俺がみんなの分まで宿願を果たす。
仲間を|喪《うしな》って、泣いている場合ではないのだ。
決意を胸に、魔王の間へと繋がる扉を開けた。
その先にあったのはーーーー
「テメェェェェェェェ」
「あんだとゴラァァァァァァ」
ボロボロの魔王とボロボロの四天王最強の姿だった。
……は?
「はぁっ……いいや、お前が間違ってる!我が正しい!たーだーしーいーっ!!」
「うるせぇぞクソ魔王が!俺様が正しいことがどうしてわからないのだ!」
「わかるかボケェっ!!!」
えっと……喧嘩?
戸惑う俺を他所に、闘いは熾烈を極めてゆく。
魔王が叫ぶと同時に隕石のような大きさの炎球を出す。
四天王最強も対抗するように尖った氷を何本も浮かべる。
「しゃらくせぁっっ!!」
「おのれぇっ!!」
そして、投げた。
極大の炎と、大量の氷。
ぶつかり合うと、何が起こるだろうか。
…そう、水蒸気爆発である。
「ちょぉっとやめろぉぉぉぉ!!!」
自分の命の危機を感じ取ってようやく体が動いた。二人が放った極大魔法に手をかざす。
それだけで、《《魔法がかき消えた》》。
これこそ、俺が勇者たり得る理由。世界に認められた証である“|無効《ディスペル》”だ。魔法やそれの類は、俺の手にかかればどんなに危険な代物でも消すことができる。
いきなり目の前にあったはずの魔法が消えたことで、お互いの間抜け面を見つめること約3秒。
「……テメェ何しやがった!?」
「俺様のセリフだゴラァァァ」
「とりあえず止まれお前ら!俺を無視すんじゃねぇぇ!」
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「ごめん。ちょっと周りが見えていなかった」
「お主は常になんも見てないだろうが節穴」
「ア゛ァ゛?」
「お前ら喧嘩すんな?」
「「スミマセン」」
魔王も四天王最強も、意外とあっさり話を聞いてくれた。なぜか客間に案内してお茶も淹れてくれたし。
「…で、なんで喧嘩してたの?」
「いやぁ、圧倒的な方向性の違いで…」
「致し方なく…」
…まさか、人の国を攻めるか否かで揉めているとか?
あるいは、世界の主権を獲りあっているとか?
恐ろしい想像に背筋が凍る俺をものともせず、魔王は告げた。
「えっとね、“カレーはナンかご飯か”って話で…」
クソどうでもいい話だった。
つーか、なんでそれで殺し合う?俺が言うことじゃないけど、もっと他に話すべきことあるだろ?
「|魔王《コイツ》が夕食はカレーにしようと言った時、ナンを取り出してな…
カレーはご飯であろう?
と言ったらズタズタに否定されて。
それでどつきあってたらそのまま…成り行きであるな」
こいつらの成り行きこっわ。
「いや、あの日はナンにしたい気分だったんだよ」
「それでもあそこまで言うことはないだろう?」
「あんだと?」
「やるか?」
「お前ら一旦離れろ?」
こいつらの言い分もわかる。
好みは個人個人だが、馬鹿にされたらそりゃ怒るよな。
ただ、な。
俺も言いたいことができてしまった。
「お前ら、結局何が好きなの?」
「え…ナンだよ?」
「ご飯である」
「そうじゃなくて」
こいつらはただ視野が狭くなっているだけだ。
だから、本質が見えなくなっている。
「お前らが好きなのは、ナンでもご飯でもなく、“カレー”だ。そうだろ?」
「っ!?それはっ…」
「ぬ…」
俺の言葉に、二人とも目を見張る。
「カレーが好きなら、お前らは仲間じゃねーか。なら、食べ方なんかにとらわれず仲良くしろよ」
仲間内で派閥ができるのは仕方ない。考え方は十人十色だ。
だけど、それで争ってしまうのは本末転倒だ。
大事なのは、“仲間である”ということ。
それを教えてくれたのは、死んだ仲間達だった。
「ッ……」
溢れてくる涙を堪える。
まだだ、まだ泣いてはいけない。
まだ俺にはやることがある。
…そこまで考えて気づいた。
否、気づいてしまった。
俺、何してんだ?
「そうだよ!元はと言えば、我らは同志!」
「真実はいつも足元にあるものだな!」
ひしっと抱き合う二人をよそに、俺は首をかしげる。
記憶を遡って、遡って、遡って…
「そうじゃん!俺、魔王討伐しなきゃじゃん!」
「え、我?」
「そう、お前!お前を倒さなきゃ魔物がっ…!」
俺が自分に言い聞かせるように言葉にした瞬間、魔王の顔色が変わった。
「…え、まじ?魔物被害でかい?」
「とてつもなく」
「…どんぐらい前から?」
「えーと、だいたい2年前ぐらい」
「…なぁ、俺らどんぐらい喧嘩してた?」
「知るかボケ」
俺の悪態に、魔王と四天王筆頭が顔を見合わせる。
そして、同時に叫んだ。
「「仕事、溜まってるッッッッ!?」」
そこからの二人の動きは早かった。
配下を呼び集めて何事か命じると、そろって魔王城の外へすっ飛んでいく。
目についた魔物を片っ端から倒しながら、勝手についてきた俺に説明してくれた。
曰く、魔物は魔王が生み出しているわけではなく、普通に魔王も攻撃される。
曰く、魔物には巣があり、そこを壊すと魔物が生まれなくなる。
だが曰く、魔物の巣は無数にある上に一定時間で再び蘇るため、定期的に壊す必要があるらしいこと。
まああれだ、ゴキブリみたいなもんだ、と話す魔王。彼と四天王最強を主軸に魔物の巣の掃討を行なっていたそうだ。
なんだ。
魔王も悪いやつじゃないじゃないか。
「いやぁ、まさか喧嘩始めてから二年半も経ってると思わなかった。時の流れは早いな〜」
…ちょっとアホだけど悪いやつじゃないじゃないか。
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その後、魔王軍と一緒に魔物の巣を壊しまくった。
「魔王様と兄貴が戦う中に下手に割り込んだら消し飛ぶから、誰も入れないよう必死だったんだよな。
痛くしちまってごめんな?」
戦いながら他の四天王に謝られた。魔王軍も対魔物に特化した精鋭軍団らしい。マジでゴキブリ退治のエキスパートっぽいな。
「実を言うと、魔王城って入るのは楽だけど出られない感じなんだぜ?
あの炎の砂漠とか、すげぇ凝ってデザインしたんだよ。俺の最高傑作だよなぁ、あれが。」
ボゴゴォ、と土の壁で魔物をハエ叩きに叩かれるハエよろしくぶっ潰しながら魔族の修道士がどうだった?と嬉しそうに言う。
「ギギーギギー!(人間の食い物は美味いよな〜!)」
下級兵でさえ、俺に好意的に接してくる。
……なんだ、普通にいい奴らじゃん。
やがて、見える範囲の魔物の巣は消え去った。
達成感に包まれる俺に、魔王が大事なことを伝えてくれた。
「あ、そういえば君の仲間たちどうしたの?トラップ入ったなら探さなきゃ〜」
…ん?
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「お前らっ…!!」
「「「フレア…!生きてたか…!」」」
牢の中から俺ーーーフレアの名を呼ぶ仲間たち。五体満足のようで安心した。
「すまんべ…おいら、魔王様のご友人だとは気づかなかったんだべ…」
「気にしない気にしない!ありがとなぁ、2年も留守を守ってもらって」
「大丈夫だべ!」
すまなそうな看守を横目に、俺は離れてからのことを話す。半信半疑だった仲間達も、最後にはちゃんと納得してくれた。
なんだー、全然平和じゃん、と笑顔で言い合う俺たちに、魔王がそっと耳打ってきた。
「…パラスディーン」
「ん?」
「だから、パラスディーン」
「え?」
「いや、名乗ってなかったでしょ?」
そういえば、魔王の名前も聞いてなかったし、俺も名乗っていなかった。ようやく当たり前のことに気がついた俺に、魔王がうやうやしく礼をする。
「改めて。今代の魔王、アルデバラン=パラスディーン・フォン・グスタフだよ!パラスディーンが名前ね」
「なげぇな…。人間の勇者、グランテリア・エレナ・スーベント・ギルフィンフレア。一応、ギルフィンフレアが名前。」
「お前こそ、めちゃくちゃ言いづらいじゃん…」
「ふはっ、俺もそう思うよ」
「「…よろしく」」
その言葉は、人間と魔族の交流の合図として、二人のクソ長い名前と共に歴史に残ることになった。
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あまりにもながくふかい、しゅぞくのみぞがありました。
それをうめたのは、ちがうしゅぞくのふたり。
ひとりは、こどもっぽいけどこころやさしいまおうさま。
もうひとりは、まおうをたおしにきた、なかまおもいなゆうしゃさま。
れきしがかわるのは、ほんのいっしゅん。
だれにもわからない、ささいなきっかけ。
それを、にんげんも、まぞくも、こうよびます。
ーーーうんめい、と。
カレー、美味しいよね。
実は、ご飯vsナンvsサフランライスっていう案もあったんですけど、僕がサフランライスのことそんなに知らないのでやめました。