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たった10秒の物語
読了時間10秒なわけないじゃないですか。
男ーーーグリード=シュライドは、田舎の男爵家の次男として産声を上げた。
いや、産声を上げたというのは正しくないのかもしれない。グリードは、生を受けたその瞬間から泣くことを知らなかったのだ。
そもそも彼には感情が欠落していた。彼は泣くことはもちろん、笑うことも、怒ることも、悲しむこともなかった。
両親は不気味がりながらも懸命に育てた。
グリードは、6歳の時に自分が異常であると気づいた。
同年代の男の子たちが「|剣《けん》を買ってもらった」と喜んだり、女の子たちが「小鳥が死んでしまった」と悲しんでいるのがどうしても理解できない。
…買ってもらったものだろうが剣は剣。学校の剣と同じなんの変哲もないものにどうしてそこまで楽しそうにできる?
…生きているものはいつか死ぬ。その「当たり前」に従っただけなのに、どうして泣く必要はあるんだ?
グリードは考えた。
そして、理解した。
彼らには、自分にはない指針がある。これは喜ぶべきものか悲しむべきものか、はたまた怒るべきものかをその場で迅速に決められる大きな指針が存在するのだ、と。
その日から、グリードは普通になった。
人が笑うべき時に笑い、怒るべき時に怒り、悲しむべき時に悲しむ息子を見て、両親は歓喜した。
「ああ、やっとまともになった」と。
だが、三つ上の兄はわかっていた。
|弟《グリード》は、ただ演じているだけなのだと。
周りの感情の動きを見てどんな時にどんな行動を《《するべきか》》を学習し、それを精巧になぞっているだけなのだと。
グリードは、兄が自分の演技に気づいていることを知っていた。
兄が何を知っていようが、何もできないことも知っていた。
彼は成長し、やがて現れた魔王を倒す勇者と世界に認められた。
普通の人は躊躇うような魔物の討伐も淡々とこなし、困っている人を救う|英雄《ヒーロー》として、グリードの名は瞬く間に広まっていった。
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色が混ざり合った空間でふよふよと浮いている。
僕は、自分が誰か、ここが何処かも分からないまま、グリードという男の人生を見ていた。
………こいつは、なんなんだ?
気持ち悪い。
怖い。
恐ろしい。
グリードという男に恐怖を覚えた。
だが、僕が何を思おうが、グリードの人生は止まらない。
いつの間にか、グリードは魔王城にたどり着いた。
当たり前のように剣を構え、突進してくるグリードに、魔王はただ一言呟いた。
「可哀想に」
魔王の囁き声を拾った瞬間、見ていた僕の意識は浮上する。
まぶたの裏が真っ白になり、記憶の波が押し寄せる。
そうだ。
そうだった。
僕の名前はグリード=シュライド。
魔王になにか魔法でも施されたかは知らないが、どうやら一瞬の間に自分の人生を第三者の視点で見ていたらしい。
そんな分析を無意識にして現実逃避してしまうほど、僕は動揺していた。
……信じられない。今まで出会ったどんな魔物にも、こんなにドロついたものが胸の内にこびりつくことはなかった。
こんなの、初めてだ。
これが恐怖だと気づくことすらできないほど、怖い経験がなかったために、グリードは恐ろしいものにどう対処したらいいのかわからなかった。
自分が気持ち悪い。
自分が怖い。
自分が恐ろしい。
自分が憎い。自分が嫌いだ。自分が、自分が、自分が、自分が、自分が自分が自分が自分が自分が自分が自分が自分が自分が自分が……
気づいたら、自分の喉に剣を突き立てていた。
いつの間に刺したん っけ。ああそ だ、手に てい んだか たり前だ い なんで 死 こわ
そうして、グリードは死と共に旅立った。
魔王は繰り返した。
可哀想に。
かわいそうに。
カワイソウニ。
これは、とある哀れな男の人生のうち、たった10秒間を切り取った物語である。
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あるおにーさんは、おそれることをしりませんでした。
それだけではありません。おにーさんは、たのしいものも、かなしいことも、おこるときも、なにもありませんでした。
おにーさんはきづきます。
ほんとーにこわいものは、じぶんなのだと。
けがをしても、めのまえでひとをころされても、すべてをうばいつくされても。
なにもおもわないし、なにもかんじない。
おにーさんは、はじめてこわいとかんじました。
こわいものは、なくしちゃえばこわくないです。
よかったね、おにーさん。
もうこわいものはないよ。
多分10秒ぐらいになると思う。全ては魔王がセリフの前にどんぐらい間を開けるかにかかっている。
なんでこんなんだしたんだろう。よく分からん。