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永遠の
ここは屋敷の一室。ご主人様の部屋だ。
コンコンコン、と軽快な音を鳴らし、返事を待つ。
『どうぞ』と少々気怠げな声を聞き、ドアノブを捻る。
「ご主人様、失礼致します」
ドアを開けると、煌びやかな衣装と髪型をした、ふくよかな体型の婦人が目に入る。
執務用の机に座っており、何やら書類を片付けているようだ。
『あら、何の用かしら?』
こちらを見向きもせず、作業を続ける。
「□□様からのお手紙です」
『そう。あの人も懲りないわね。そこに置いておいて頂戴』
ぶっきらぼうにそう言うと、机の端を指差す。
指を差した所へ手紙を置き、「失礼します」とお辞儀をしてから退出する。
仕事をする為に廊下を歩いていると、話し声が聞こえてきた。
__「また来たわ、あの侍女…」__
__「本当ね、ああ、見てるだけで寒気がする…」__
__「なんであれで生きてるのかしら…悍ましい女…」__
__「シッ!聞こえるわよ」__
…誰に何と言われようが構わない。
人はどうせ、いつか死ぬのだから。
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コツコツコツ、と一定の音を立てて廊下を歩いていく。
一つの部屋の前で立ち止まり、ドアに向き直る。
コンコンコン、と音を立てて返事を待つ。
『はーい』と明るい声が聞こえ、ドアを開く。
「失礼します、ご主人様」
部屋に居るのは、まだ幼さが抜けきらない、派手なドレスを着た女性だ。
私の顔を見ると、彼女の顔はみるみるうちに心底嫌そうな顔に変化した。
『ああ…またアンタ?要件は何?さっさとしてよ』
「△△様からパーティの招待状が届いております」
『なんだ…__そんなの他の侍女でもいいのに…__わかったわ、見るから早くちょうだい』
招待状を渡そうとすると、半ば強引に奪い取られた。
『早く出てって』と言われ、「失礼します」と一礼して部屋を出た。
廊下で窓を拭いていると、話し声が聞こえてきた。
__「まだ居るわ、あのメイド」__
__「気味が悪い…早く辞めないのかしら」__
__「永遠の命を持ってるとかいう噂よ…化け物だわ」__
__「ご主人様も嫌ならさっさと追い出せばいいのに、ねぇ?」__
__「きっと脅されてるのよ…ああ怖い…」__
どんなに嫌われようと、やることは同じ。
…人はどうせ、死ぬから。
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暖かい湯気が顔にかかる。
歩くたび、スープがちゃぽんと音を立てて揺れる。
ドアの前に向くと、片手でお盆を支え、ドアを鳴らす。
『どうぞ』と穏やかな、高めの返事が聞こえる。
「失礼します、ご主人様」
ドアを開けると、目に飛び込んできたのはベッドで半身を起こし、こちらに微笑む人の姿だ。
頬は痩せ、腕も細く、肌の色は血の気が引いて青白い。
「朝食の時間です」
『ありがとう、運ぶの、大変だったでしょう?』
「ご主人様の為ならば、大変なことなどございません」
『うふふ、ありがとう』
ベッドに取り付けられた簡易テーブルを出し、その上にお盆ごと朝食を乗せる。
「冷めないうちにお召し上がりください」
ぺこり、とお辞儀をすると、ご主人様に引き留められる。
『少し、話がしたいの。座ってくれる?』
「分かりました」
そう言って近くにあった椅子を移動させ、ベッドの近くに座った。
『…私ね、もうすぐ死んでしまうの』
「存じております」
『だから、あなたに看取って貰いたくて』
「私に、ですか?」
『ええ。あなたが、一番支えてくれたから。いいかしら?』
「構いませんが……その、本当にいいのですか?」
「私の他にも看取って下さるような方は居ますでしょう?」
『あなただからよ。…もしかして、花の事を気にしているの?』
「…はい…」
『皆は嫌がるけど、私はとても綺麗だと思うわ』
『自信を持っていいのよ。あなたは、こんなに美しいのだから』
「…ありがとうございます…私からも、よろしいでしょうか」
『ええ。どうしたの?』
「私の目に生えている花、これが全て散ると私は死ぬのです」
「もう、長くはありませんから…あなたを見送った後、私もすぐ逝きます」
「…だから…その、それまで待っていて頂けますか…?」
『もちろん。あなたを待っているわ。天国で』
「…!ありがとうございます!」
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1ヶ月後、ある国の伯爵夫人が永遠の眠りについた。
その後を追うように、一人の侍女が息を引き取った。
その国はその話で持ちきりになったが、直ぐに別の話題に掻き消されていった。
--- これは、ある幸福になった侍女の話 ---