公開中
最終決戦──決着
これで最後だ。百を軽く超え、数百は魔王を殺したモルズは、そう直感した。
最後の力を振り絞って刀を振るう。数え切れないほどの傷を負い、手にはまともに力が入らない。ほとんど気力だけで戦っている。
レイたちも似たような状態だ。
レイの触手は何度もちぎれ、小さくなっている。
イバネスの剣は、刃の一部が欠けていた。
グノンの拳はぐちゃぐちゃだ。
ユニアの矢はもうほとんどない。
魔王が軽く後ろに下がり、その眼前をイバネスの剣が切り裂いた。
魔王には後がない。もう一度死ねば、普通の魔獣と同じように消え去るはずだ。
だからなのか、今までほとんど使ってこなかった小手先の技術を使ってくるようになった。
雑魚を使った、相手の足止めを多用するようになった。
まともに戦えば五対一、確実に魔王が負ける。だから、真正面からのぶつかり合いを避けるようになった。
魔王が鱗をばらまいた。その一枚一枚がネズミの魔獣に変化する。それぞれは子供でも倒せる強さだが、魔王との戦いに割り込まれると|鬱《うっ》|陶《とう》しいことこの上ない。
視界がふさがる。踏み込む地面に多少の変化が生じる。体にまとわりついてくる。
感情が揺れ、狙いがズレる。
魔王の首を狙ったのに、手で受け止められた。
魔王の背後からグノンが襲いかかる。拳が振り抜かれ、魔王の体内に衝撃が走った。拳が鱗で切り裂かれようとお構いなしだ。肉が裂ける嫌な音。
モルズが魔王と鍔迫り合う。互いの全力を乗せた一撃。小手先の技術が介入する余地はない。
ややあって、両者は後ろに下がった。
モルズの刀が半ばから折れ、魔王の腕から血が流れる。
これまで、魔王は硬度の高い鱗をうまく使って戦っていた。だが、今回は角度や位置を誤り、柔らかい皮膚に刃が食い込んだようだ。
モルズは辺りに転がる魔獣の死体から魔石を生成し、新しい刃に変える。
レイの触手が魔王を襲った。物量に任せた攻撃は見切られているため、技術を活かした攻撃だ。
触手をいなす魔王の腕から、血しぶきが飛ぶ。
レイの攻撃は、魔王に直接傷を与えるようなものではない。魔王の傷は――治っていなかった。
魔王は再生しない。本当に、これを倒し切れば終わりなのだ。
モルズは、レイと交代するようにして前線に出た。
魔王の腕が頭を|掠《かす》める。血が舞い、モルズの顔を赤く汚した。そんなことは気にも留めず、魔王との戦いを続ける。
意図せずして眼前に来た魔王の腕をつかみ、投げ飛ばした。魔王が立ち上がる前に頭を切断しにかかる。数え切れないほど繰り返した作業のはずだが、今回はいつもより硬いと感じた。
魔王の首が宙を舞う――直前、魔王が拘束から脱した。モルズの刀は地面を叩く。
魔王を自由に行動させてはいけない。単体でも十分強い上、魔獣を生成する能力を持っているからだ。自由な魔王を殺すのは、拘束時よりはるかに難しい。
モルズは舌打ちして、魔王を追いかけた。
魔王はモルズを妨害するため、大量の魔獣を生み出した。弱い魔獣が中心で、強い魔獣は一体もいない。
それらがモルズとぶつかる前に、レイの触手に全てなぎ払われた。一番に吸収されるのを避けるため、レイは魔獣を全て取り込む。
開けた道に魔獣が再び満ちる前に、モルズが一気に距離を詰めた。
肉体の疲労は全力を出せないほど蓄積されているはずだが、それとは逆に体が軽い。無意識のうちに、最適な体の動かし方を実践しているようだ。
モルズの目の前に生まれた魔獣を、ユニアの矢が吹き飛ばす。
残り少ない矢では、ほとんどユニアの援護は期待できない。だが、矢があるうちは必ずユニアが助けてくれる。
仲間への信頼を以て、モルズは魔王に接触した。
走り抜けた勢いを刀に乗せる。
魔王が気づいた。だが、もう止められない。このままぶつかるしかない。
魔王が両腕を交差させ、衝撃に備える。
その交差のちょうど真ん中に、刀がぶつかった。
「ああぁぁああぁああ!!」
雄叫びを上げながら力を込める。
いける。このまま力を入れれば、魔王の両腕を切断できる。
ふっ、と抵抗が消失した。直前の勢いを殺し切れず、刀が地面にめり込む。
『っ……』
両腕が斬り落とされ、魔王が呆然と立ち尽くしていた。
追撃を加えようと、モルズが地面から刀を引き抜く。魔王は正気を取り戻し、後ろに飛び退いた。
そこへ、イバネスとグノンが遅れて辿り着く。
魔王は、モルズたちに向かって一歩踏み出した。
正真正銘の、最終決戦の始まりである。
グノンが魔王の足を払った。体勢を崩した魔王へ、イバネスの剣が迫る。
魔王は一部が欠けた腕を伸ばし、剣を強引に逸らした。鱗が剥がれ、宙を舞う。
さらに、グノンが魔王の股下を蹴り上げる。
魔王はグノンの腕を抱き込み、腕で胸を貫いた。幸い、グノンの心臓は無事に動いている。悪運が強いとでも言うべきか。
モルズがグノンごと串刺しにする勢いで突っ込む。
「危ないなぁ!」
大量に出血しながら、グノンは笑った。
すぐに処置しなければならないレベルの怪我。だが、グノンはそんな様子を一切感じさせなかった。
刀が魔王に深々と突き立つ。刀を動かし、傷口をえぐった。
ひとしきり動かし終えた後、刀を引き抜こうとする。だが。
「ぬ、抜け……」
魔王が傷口付近の筋肉を締め、刀を固定していた。モルズが渾身の力を込めても抜けない。
「どけ」
悪戦苦闘するモルズに代わって、グノンが刀の柄を握った。
拳を握り締め、刀身に叩きつける。硬いものと切り結んだ反動か、一度殴っただけで刃が折れた。
グノンがモルズに折れた刀を渡す。そのあんまりなやり方に、モルズは言葉を発せなかった。
「……ありがと」
モルズは、しぶしぶ礼を言った。すぐに魔石を吸わせ、刃を修復する。
一連の流れの中で、魔王は一度も攻撃してこなかった。まるで、モルズの回復を待っていたかのように。
レイが自身を黒い霧に変える。霧は魔王のところだけに流れ込んだ。
レイが指を鳴らす。空から、小さな球体がいくつも降ってきた。
爆発。球体の外殻が飛び散り、破片が魔王の肌に突き刺さる。大したダメージにはならないが、細かい動きの妨害にはなる。
不発だった球体をモルズやイバネスが割り、爆発させた。
爆発の煙の中から、魔王が飛び出す。モルズやイバネスには構わず、魔王はユニアの方に向かった。
煙の中にいる三人は、気づいていない。
ようやく煙が晴れた時には、
「おい、魔王は!?」
「あっちです!」
「クソッ!」
もう手遅れ。
今から向かっても、魔王の方が先にユニアに辿り着く。
そんな状況の中で、レイが動いた。
触手を勢いよく伸ばし、ユニアを掴む。そのまま、全力で触手を引っ込めた。
「はぁ、はぁ」
レイが荒い息を整える。
モルズたちは、魔王を仕留めようと動き出した。
モルズが一足先に魔王の元に到着し、一閃。
軽く避けられたが、問題ない。
イバネスが剣を振りかぶり、グノンが拳を構える。どちらかを避ければ、必ずどちらかが当たる。そんな位置取り。
魔王はどちらも避けなかった。カウンターをイバネスに叩き込む。攻撃直後のイバネスでは、迎撃も回避もできない。
「か、っ……」
イバネスが血を吐き、剣を取り落とす。
魔王が追撃しようとするが、モルズが防いだ。
最悪だ。残っていた中でいちばん怪我が軽くてよく動けたのが、イバネスだったのに。
これで、イバネスは全力の動きができなくなってしまった。これは、戦力の大幅な低下を意味する。
イバネスの負傷、グノンの負傷。加えて、モルズたちの体力も限界に近い。
そろそろ決着を付けなければ。
モルズは、魔王に刀を向けた。それが意図するところを理解し、魔王も構えを取る。
二人は同時に動き出した。
モルズは脇腹を狙い、魔王は刀を持つ腕を狙う。どちらも、防御は考えていなかった。
魔王の鱗が舞い、血が弾ける。
モルズの腕を衝撃が襲う。
ここからの戦いは、互いの精神力を試す戦いだ。
魔王の腕が肩から落ちる。
モルズの肋骨が折れた。
魔王から血があふれる。
モルズの脚の肉が削がれた。
魔王の脚がちぎれかける。
モルズの刀が折れた。
武器がない。
魔王の攻撃は目の前だ。
魔石は手元にない。修復不可能。
何か、何かないか――?
魔王が残った腕を伸ばす。
モルズは胸元に手を伸ばした。
魔王の拳が頭を揺らす。
モルズは《《それ》》を取り出した。
揺れる視界の中、モルズは魔王の胸に短剣を突き立てる。
次の攻撃は、来なかった。
何かが倒れる音がする。
この場にいる全員の動きが止まった。
飛んでいきそうになる意識を必死に繋ぎ止めて、モルズは周りを見る。
魔王が、血溜まりの中に倒れ伏していた。
起き上がる気配はない。
「ぁ……」
勝った。倒した。
達成感で胸がいっぱいになり、そしてモルズは意識を失った。
それにしても、なぜ魔王はモルズの誘いに乗ったのだろうか。
遅れてすみません。
魔王を倒した後の世界を旅する一人の青年。
混乱する世の中を生き抜く傭兵の物語、堂々完結。
次回、
「ある傭兵の大戦記、あるいは勇者の英雄譚」