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欠陥人間
大学のゼミ室は、昼過ぎなのに蛍光灯がついていた。
窓はあるが、カーテンは閉められている。
誰かが「眩しい」と言ったかららしい。
「君の態度は、反社会的だよ」
教授は、穏やかな声でそう言った。
怒っているわけではなかった。
事実を確認するような口調だった。
何に対して反社会的なのか、具体的な説明はなかった。
発言が少ないこと。
議論に積極的に参加しないこと。
飲み会に来ないこと。
それらをまとめて、反社会的と呼ぶらしかった。
「自覚はある?」
僕は、少し考えてから首を横に振った。
あるとも、ないとも言えなかった。
ゼミの帰り、同期の一人に声をかけられた。
彼は、いわゆる陽キャだった。
声が大きく、動きが多く、誰とでも距離を詰めるのが上手い。
「気にすんなよ。あの先生、ノリ重視だからさ」
彼は笑いながら言った。
その笑顔に、悪意はなかった。
「お前さ、もっと前出たほうがいいって。黙ってると、何考えてるか分かんないじゃん」
それは、何度も聞いた言葉だった。
分かってもらう努力をしないのは、怠慢なのだろうか。
僕は、社会性という言葉の輪郭を、うまく掴めずにいた。
昼食は一人で学食を出た。
人の多い場所にいると、思考が散らばる。
トレーを返す音、笑い声、椅子の軋み。
外に出ると、少し風が強かった。
スマートフォンを取り出し、無意識にニュースを開く。
特集記事の見出しに、「織田信長」という名前があった。
歴史ドラマの再放送が始まるらしい。
信長は、反社会的だったのだろうか。
少なくとも、当時の常識からは逸脱していたはずだ。
仏を焼き、権威を壊し、古い秩序を笑った。
それでも彼は、カリスマと呼ばれる。
破壊は、成功すると革新になる。
もし、信長が失敗していたら。
ただの危険人物として記録されたかもしれない。
その境界は、結果でしか測れない。
夜、サークルの飲み会があった。
断る理由を考えるのが面倒で、参加した。
居酒屋の個室は、熱気で満ちていた。
陽キャの彼が、中心にいた。
話題を振り、場を回し、全員を笑わせている。
その姿は、少し信長に似ていると思った。
常識を気にせず、思ったことを言い、
周囲を巻き込み、空気を作る。
「お前、静かだな。つまんない?」
冗談めかして言われた。
周りが一瞬、こちらを見る。
「聞くほうが好きなんだ」
そう答えると、彼は「あー、なるほど」と言って、すぐ話題を変えた。
救われた気がした。
同時に、逃げた気もした。
帰り道、駅まで一緒に歩く。
酔いが回っているのか、彼はやけに饒舌だった。
「信長ってさ、絶対陽キャだよな」
急に、そんなことを言い出した。
僕は、少し笑った。
「陰キャだったら、途中で殺されてるよな」
彼はそう言って、また笑った。
その笑いに、悪意はなかった。
ただ、世界の見方が違うだけだった。
家に帰り、シャワーを浴びる。
湯気の中で、教授の言葉を思い出す。
反社会的。
それは、社会からはみ出すことだ。
けれど、社会そのものが、いつも正しいわけではない。
信長は、社会を壊した。
陽キャは、社会を回す。
そして僕は、そのどちらにもなれない。
それは欠陥なのか。
それとも、役割なのか。
答えは出なかった。
ただ、無理に前へ出る必要はないと、今は思っている。
社会は、一枚岩ではない。
声の大きい者だけで、成り立っているわけでもない。
布団に入り、目を閉じる。
明日も、きっと同じように静かに過ごすだろう。
それを反社会的と呼ぶ人がいてもいい。
信長の時代にも、
記録に残らなかった無数の人間がいたはずだ。
彼らは、革命を起こさなかった。
ただ、生き延びた。
それだけで、十分だったのかもしれない。