公開中
海に沈んだ街
足が蹴るコンクリートが熱い。タオルで汗を拭いながら僕は彼女に話しかけた。
「暑いのに遅れてごめん。待った?」
「ううん,大丈夫。まだ3分しか過ぎてないし,私もちょっと前に来たばっかりだしさ」彼女はカニュラをつけた顔で微笑む。そのあと,「私も遅刻したの」と言って舌をぺろりと出した。
「で,…話って何?」
「ああ,そうだった。急に呼び出してごめんね。でも伝えたいことがあって。明日はまた検査だし」
彼女の声のトーンが下がる。
「私さ,余命1ヶ月」
突然の彼女の言葉に,僕は驚きを隠せなかった。
「え,…本当に?」
嘘をついても意味はないのだから,嘘ではないことを頭では分かっていた。それでもやはり,嘘の可能性に未練を捨てられなくて口が動く。
「本当だよ。嘘ついてどうするの?意味ないじゃん。…そう,私に残された時間はもう1ヶ月しかない」
「…それ言って,何をして欲しいの?」
「何その言い方。でもまぁ,やって欲しいことはあるけどさ」
何?と僕が聞くと,彼女はさらりと言い放った。
「この街を海に沈めてよ」
人生最後の余興に。
そう彼女は付け加えて,僕を見つめた。
「あー,そりゃあ辛いのはわかるよ?君の家族も住んでるもんね。私たちは恋人でもなんでもなくて,ただのクラスメイトだし。でも私はやってほしい。人生最初で最後のワガママだよ」
「…そっか」
僕と彼女の視線が交差した。
*
彼女の最期まであと4日(らしい)。今日が願いを叶える日。
スマホで台風情報を確認する。台風が上陸するまであと,15分。今でも小雨は降り続けているが,台風が上陸したら豪雨がこの街を侵していくだろう。
もともと窪地だったこの街は海に面している。堤防が築かれ,雨が降るたびに街中のシャッターが閉まる程,ここは水害から影響を受けてきたのだ。
「ありがとう。あともう少しだね」
彼女は微笑みながら,僕の近くに駆け寄った。足取りはふらふらしていていかにも病人ですといった感じ。ざくり,ざくりと堤防を壊す僕を彼女は眺めている。堤防が壊れたらひとたまりもなく,この街は崩壊する。
「この堤防,もっと頑丈につくればよかったのにね。砂で固めておいただけなんて,残念。貧乏な街だもんね」
何故僕はこんなことをしているのだろう。
「さ,橋に行かなきゃ。私たちまで海に呑まれちゃう」
そう言って,彼女は僕の手を取った。分速40m以下だが,手を握る力は強く僕は引き返せなかった。はぁはぁと息を切らしながら隣町との橋まで来た。ここは高くなっており,水が来てもひとまず安心だ。
「あ,…来た!」
彼女は声を振り絞って,しかし小さな声で叫んだ。指さす方向を見ると,波が押し寄せあっという間に壊れた堤防を超えていく。僕が昨日眠った住宅街を呑み込む。
「…っ!」
僕は呻いた。両親は,兄弟は,友達は皆,海のもくずとして消え去ったのだ。
「綺麗,だね」
彼女はぽつりとそう呟いた。どこが綺麗なんだよ!と,とうとう叫びそうになった時,彼女はもう一言を口から放った。
「君の心が」
彼女の目は,いつの間にか街ではなく僕を見据えていた。
「私の要望にも応えてくれるくらい純真で,でも周りの人を失うことは辛いと感じられて。君の透明なその気持ちが,すごく綺麗」
「…そっか」
そうとしか言えなかった。
「でね,私。自分の人生は自分で終わらせたいの」
「それはどういう…?」
「君に街を海に沈めてもらった理由の“余興”は嘘だよ。本当は,こうして死んでしまった人たちへの罪償いと私の人生を終わらせること,それに君の気持ちを確かめることが目的。病気なんかで命を奪われたことにしたくないの」
その言葉の意味が分かった瞬間,僕は彼女に掴みかかろうとしていた。自分でも意外だ。
「嫌だっ!出来るだけ長く隣にいたかった!死んだらもう会えない!今まで愛してた!ずっとずっと!」
僕はやたら!をつけながら必死に叫んだ。
「…来ちゃ駄目だよ。もう私のせいで誰も死んでほしくないの」
「貴方と連れそう片道切符が貰えない程,僕は駄目な奴なのか⁉︎一緒に行くくらい,許してくれよ!」
彼女の目が驚くように見開かれ,一瞬動きが止まった。しかしの目に光るものが見え,哀しげな微笑みを浮かべると,彼女は海に飛び込んだ。華麗な放物線を描きながら。
真っ暗な部屋の中で,僕は目を覚ました。汗がパジャマにべっとりとついて気持ちが悪い。目から枕にかけて,水が伝ったように濡れている。蝉の鳴く声が聞こえず,その代わり雨戸を打つ豪雨の音が外を支配している。
「翔…?どうしたの?悪夢でも見た?」
ドア越しに聞こえてきたのは,心配そうな母さんの声だ。少しの間まだ母さんは生きているのか?と思いその後すぐにあれは夢だったと気がつく。
「うん,大丈夫。うなされてた」
そう答えて僕は布団にもぐった。夢は思っていることを写し出す,とどこかで聞いたことがある。あれは紛れもない僕の気持ちだった。あの“透明な気持ち”も,あの叫びも,全部僕のものだ。
入院中のクラスメイト・真白の顔が瞼の裏に浮かぶ。夢で微笑んでいたあの人は真白の面影が確かにあった。
今の夢は隠されていた僕の真実だったのだ。顔がほてると同時に,どこか嬉しいような,後悔のない真っ直ぐな気持ちが胸の中でむくりと起き上がる。
夢じゃなく,現実でまた会いたい。僕は真白を待とう。彼女が教室に足を踏み入れるその日まで。
昨日,すごく長い距離を歩いたら今日起きた瞬間太腿が痛くて痛くて泣きそうになりました。この間ワクチン打ったところを蚊に刺され,揉むのはダメと言われましたが痒くて本当に辛かったです。悲しい体験しか言ってないですね。
ではまた〜。←話を逸らす
追伸:ファンレターを下さる時にはお名前をなるべく書いてください!私もなるべく返信しますので!さっき来たファンレターにお名前が書いていなかったんです…。