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病の名は恋という
「おーい。」
女の子の声____…。
僕はハッと目が覚めた。
コンクリートの物体の下…。
尻に敷かれた草がチクチク刺さっている。
目の前には幼い女の子。
「あんた、大丈夫?」
思い出した。
僕は昨日、家を出た。
それから、''イーハトーヴ''を目指して、電車に乗った。
だけど…着いた先もあてがなくて、ここで寝ることにしたんだ。
女の子は仁王立ちで、じっとこちらを睨んでいる。
「あ、大丈夫。平気。」
僕がそういうと、女の子は、
「こんなとこでねてるヤツが平気なわけねーだろ!」
ガシッと僕の腕を掴み、ぐいっとのばしてきた。
あわてて立ち上がると、女の子はまた僕の方に視線を合わせてきた。
「見慣れない顔だけど…あんた誰?」
なんとも失礼な言い方で、女の子は尋ねてくる。
だけど僕は、苦にせず答えることにした。
「僕はゲンシ。ゲシって呼んでよ。」
「ふ〜ん…。」
女の子はそういうと、また腕を引っ張って、河川敷の上へと上がる。
青い空が、黄色い光をサンサンと照らしていた。
思わずギュッと目を閉じた。
「わたしはヒナ。」
ヒナはそういうと、元気でやれよといきなり別れを切り出してきた。
山の方へ、タッタと走り去っていった。
にしても、ここがアキの住んでいるところか。
コンクリートの脇には草が生え散らかしていて、ところどころひび割れている。
ミーンミーンとなくセミの声。聞き慣れないけどなんだか居心地がいい。
すると、遠くから誰かが来た。
見慣れない二人と知ってる一人。
「あ、アキー!」
咄嗟に声が出て、僕は走り出した。
「ゲシ!」
アキは覚えていてくれていた。
アキと僕はぶつかって、互いに抱き合った。
「会いに来たよ。」
そういうとアキは、
「うれしいっ…!」
そう答えてくれた。
チュン…チュン…チチチチ…。
聞きなれた鳥の歌と共に、ぼくは目を覚ました。
見なれない天井。ふとおどろいたけど、ここはアキの家だったと思い出した。
「おっはよー!!」
アキのうるさい声が聞こえて、ナツもうるせぇとぼそっとつぶやいていた。
ごしごしめをこすりながら、布団の中からもそっとナツは出てきた。
「ふぁー…。」
ナツはあくびをして、立ち上がった。
「朝ごはん作ったから食べや。」
アキのお母さんはそう言って、ぼくらを招いてくれた。
ぺたぺたと歩く音を立てながら、しょくたくへと向かう。
いつもとちがうこんだて、そしてカラフルな皿。
「いただきます。」
そういっせいに行って、朝ごはんをかきこんだ。
かちゃかちゃ鳴る食器の音は、いつもよりにぎやかな感じがした。
ご飯を食べ終えると、アキは言った。
「川いこーぜ。」
昨日とは打って変わって、アキはいきようようと川に行こうとさそってきた。
…もう、できししかけたのを忘れたのか。
「おぼれたヤツが何言ってんだよ。」
ナツがじょうだんまじりに言って、アキのかたをたたいた。
それでもたんたんと準備をして、ぼくらは出かけることにした。
「ありがとうございました。」
出かける前、そういうと、アキのお母さんは答えた。
「いつでも来ていいからね。」
ぼくらはアキの家を後にした。
出たしゅんかん見なれなかった景色は、いつもの景色に変わっていた。
---
あの川に向かう道の半ば。
ミーンミーンとセミの音はうるさくなり、ますます夏を感じさせてくる。
たれるあせはうざい以外何もなく、ぼくにちょっかいをかけてくる。
いじらしいほどに暑い中、黒いコンクリートの上を歩き、溶けそうになる。
橋よりちょっと前の道…、そこにたたずむ見知らぬ人がいた。
「あっ!もしかして!」
アキはいきなり大きな声で言った。
「アキ、もしかして知り合いなのか?」
僕がそういうと、アキは答えた。
「まぁ、そんなとこ。あれだよ。町に行った時の…。」
夜、寝る前にぼくらは、アキの土産話を聞いたことを思い出した。
熱心に語るアキのすがたが思い浮かぶ。
その人は、アキの言っていた、『ゲシ』という男の子らしかった。
ずいずいと、その男の子の方へと向かう。
すると男の子はこちらに気がついたようで、大きい声で言った。
「あ、アキー!」
アキの名をいうと、男の子はどんどんこちらへかけよってくる。
それに触発されたのか、アキも、
「ゲシ!」
と声をあげて走っていった。
ぼくとナツは、ただ遠くからぼーっとながめることにした。
「なぁトウヤ、アイツら半日だけあっただけだよな…?」
ナツは不思議そうにたずねた。そりゃぼくも聞きたいよ。
「…そうだな。」
アキとゲシはたがいに抱き合っている。
ただでさえ暑いのに、また暑くなった感じがした。
---
「あーもー!なんなのー!」
おばあちゃんちにて…わたしは声をあらげてグチを言った。
おじいちゃんが、まあまあと言いながらなだめる。
「そういう時もあるさ。どこかしら人ってもんはいるもんよ。」
アサイチ。頑張ってわたしは起きて、まっすぐあそこの橋の下へと向かった。
なぜ、そこに向かったのか、それにはちゃんとした''理由''がある。
だけど、そんなわたしの計画をジャマして、一人へんな男がねていたのだ。
信じられなかった。まさか、先客がいるとは思わなかった。
そいつはゲシ。かみがボサボサで、はだが変に青白いヤツ…。
あーもう。せっかく『アキ』に会おうと思ってたのに…。
昨日は天気が悪かったから、今日が絶好のチャンスだったのに…。
えんがわでわたしは横たわる。
「そんな回りくどいことしなくて、直接会いに行けばええじゃろ。」
「ちがうー!そういうんじゃなくて…!」
赤毛でツンとした茶色い目、そしてりりしい顔つき…。
モウソウの中、アキはわたしの手をつなぐ…。
あーあ、いつか本物とデートしたい…。
…いーや、ダメだ、わたし…!
せっかくきたチャンスをここでのがすわけにはいかない…!
「いってきまーす!」
ダッとかけよって、わたしはまたあそこへと向かった。
ぜったい…後悔する前にこのキモチを伝えてみせるんだから…!
---
「すげーっ、こんなでかい川初めて見た。」
ゲシはそういうと、川に手を突っ込んだ。
アキがおぼれた川、昨日とは変わって、とても穏やかになっている。
キラキラと白い光が目に刺さる。
「ゲシって、ほんと都会っ子なんだな。」
「まぁね。こういうとこ来たことないし。」
ゲシはそういうと、アキは、
「なんか、かわいそうだな。」
ちょっぴり無神経なアキの言葉に、ゲシはちっとも心は折れていないようだった。
そもそも旅行ってなんなんだろうな。
川の中で魚影がチラチラ写っている。
それを見てゲシは、虫とりあみを手に取って構えた。
「よーし!捕まえてみせるっ!」
そういうとゲシは川に虫とりあみを突っ込み、魚影目掛けてあみをくぐらせた。
出てきたあみには魚はおらず、魚影も消えていた。
「あーっ!」
ゲシは悔しそうに言う。
「逃したな。」
くそーっ!とゲシは虫とりあみを持ち、玉じゃりの上で川を見渡す。
森の木々はゆらゆら、青みがかった色をしていた。
「まったくダメね。」
いきなり女の子の声がした。ヒナだった。
「「えっ、ヒナ!?」」
トウヤとアキはおどろいた声を出した。
ゲシは、さっきのヤツと、またおどろいた声を出した。
「ひさしぶり。」
トウヤとアキにヒナは言った。
それに対して、ゲシも言った。
「僕はさっきぶりだけどね。」
---
「おどろいたな、転校してまたこっちに戻ってくるとは…。」
静かでやかましい川の中、ぼくらは魚を取っていた。
するといきなり、ヒナという去年転校したはずの女子がいきなりやってきたのだ。
「アキ、夏休みの宿題は終わった?」
「いーや、まだ…。」
「だと思った!わたしはいつでも見せてやれるよ。」
「うー…、みんなが早すぎるんだよ…。」
アキの弱みをしっかりとヒナはにぎって、アキにどんどん話していた。
ゲシは、僕の時と違くない?と言う感じで、不服そうな顔をしていた。
ナツは、もっと男らしかったのにとつぶやいていた。
すると、そんな小さな声に気づいたのか、地獄耳のヒナが言ってきた。
「何ようるさいわね、そんなはずないと思うけど。」
ヒナはそういうと、またアキの方へとかけよった。
「なあ、アキってこんなモテモテなのか?」
ゲシはぼくに問いかけた。
「いや…アキは学校ではそんなモテてなかった気が…。」
ぼくがそう答えると、ナツが、
「裏でモテてるとかじゃねーか?」
「…そうかもしれない。」
アキとぼくらは何が違うのか。
緑色の背景の中で、赤毛の少年は、おさげの少女と近くで話していた。
やはり、この世に平等なんてものは存在しないのだ。ぼくは気づいた。
だけど、仮にアキがモテてなくても、
ヒナはアキを好いていることだけはわかる。
…ヒナとアキをジャマしようとは思わない。
そう思いぼくが反対側を向くと、ナツもゲシも同じ方に向いた。
ぼくらは心が通い合ったのだ。
だけど、魚は1匹も取れなかった。
「アキ、ヒナといっしょに帰ったらどうだ?」
僕がそう提案すると、アキは、
「うーん、オレはみんなで帰りたい!」
アキはそう元気に答えた。
隣にいるヒナは少し強張った表情をしている。
「だってみんなのほうが楽しいに決まってるでしょ!」
単純かつ純粋でキラキラした理由に、僕らは目をやられた。
それにつられたのか、ヒナも表情筋がひゅるっと緩んでいた。
ヒナは遠慮なくアキと話す。
いつの間にか僕たちの間に壁ができた気がした。
「帰って来たのはうれしいけど…、こんなだったらなぁ。」
トウヤは少し不服そうに言った。ナツも、
「なんか…、なんだろうな。」
と、やっぱ不満を抱えたような声を出していた。
ヒナはマシンガントークを繰り広げている。
すると突然、アキが言ったのだ。
「ごめん、話してるとこ悪いんだけどさ…。」
申し訳なさそうにアキは言う。
「オレ、たくさん言われるのは苦手でさ、もう少し、ゆっくりにしてほしいというか…。」
マイペースなアキに、ヒナはずっこけた様子だった。
「アキはこう言うとこあるからなぁ…。」
トウヤがそう言うと、ナツと目を合わせた。
ヒナは必死に話している。
…早く帰りたい。