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三、邂逅
壱の口調が変わってます。
壱→訛りなし
小野→訛りあり
小野は、商人の娘だと語った。でも、と彼女は続ける。
「えっと、昨日店に、諜報組織を名乗る二人組が来て、それでお父さんとお母さんが連れてかれてまって」
「諜報組織って」
「彼岸花、ていう」
壱は首を傾げた。純粋に聞いたことのない名前だ。
「ど、どうすればいいんやろ」
「わ、わかんない」
ここは、小野ら家族の営む反物屋だ。布に囲まれた長屋で、二人は途方に暮れていた。
ここでの所持品といえば、壱の小遣いと太刀、小野の反物くらいだ。
「とりあえず、店は続けんと‥‥‥」
「手伝うよ、なんかできることあれば」
壱は、にこりと笑っていった。
「家出して、身よりもないからさ」
「あ、ありがと‥‥‥たすかる」
小野は、弱気に口角を上げ、感謝を述べた。
反物屋の経営は順調である。なかなか名のある店だそうで、店頭に並んだ反物は日に日に減っていく。いつもなら取り寄せをしていたらしいのだが、それは彼女の父がやっていたそうだった。
「これが売り切れたら、どうする?」
壱は、小野にふと訊く。
「それなんよ。壱は実家に戻る?」
「戻らないよ。二人で働いて、考えてこ」
「そか。壱には手伝ってもらっとってさ、ほんと申し訳ないよ」
「いいの、私が好きで働いてるだけだから」
残り少ない反物の在庫を見ながら、二人は会話を交わした。
季節は夏。扇子を仰ぎながら、壱と小野は店頭でせわしく語り合う。実家のこと、反物のこと、面白いかったこと、好きな物、街の様子。
辛い話はしないという暗黙の了解がそこにはある。小野の親がどうなったか、彼女はいつも頭の片隅にはそれがある。それは当たり前で、だからこそ壱は楽しい会話をと心がける。それが小野にとってよいことなのか、それとも苦しいだけなのか、壱にはわからない。
「小野は、将来どうするの?」
「えっ、しょうらいのゆめってやつ」
「そうそう」
壱は木箱の上に乗りながら話をふる。店の軒先に、風鈴を飾りつける作業だった。常連だという、身なりのいい男性からの頂き物だった。これですこしでも暑さを和らげるといい、という台詞に従って、店頭に飾りつけることにした。
「なんやろう、名前を天下に轟かすとかどうや」
小野は尾張訛りの言葉でそういった。彼女は尾張国の出らしいと、これまでの話で知った。いたのは十くらいまでというが、幼い頃の訛りというのはどうやら抜けないらしい。訛りが恥ずかしいと言った小野だが、壱はそれを彼女の特徴だといいふうに認識している。
この反物屋も、もとは親戚の店だったと彼女は語った。親戚から彼女の両親が、この店を受け継いだという。
「おお、どうやって」
「やっぱ時代は武士やろっ」
そういって、小野は太刀を振る真似をした。
戦乱の多い世の中だ。幕府が二分したという応仁の乱から三十年はとうに経っているが、戦火というのは城下の街のどこかしこに漂っていた。
「あと、私は、お母さんとお父さんを見つけたい」
あ。と壱は後悔した。
会話の内容を間違ったと思った。両親の話は、彼女の心の底に触れてしまう話だと考えていたから。
どう返せばいいのだろう、どういうのが一番ましな答え?
「君たち」
男性の声に、壱と小野ははっと振り返った。
いつもの常連の男性だった。風鈴の礼をしなければ、と思い出す。
「すみません」
いやいい、と男性は首をふる。そうして、微笑みを浮かべてみせた。
「君たち二人の境遇は、よく知っているよ」
壱と小野は、顔を見合わせる。
男性は続けた。
「小野が両親を連れ去られたことも、壱が母親が遠くに働きに出たことを機に家出してきたことも」
「あなた、なんでそれ」
「この反物を売り切ったあとには、計画なんて何もないことも」
「それは」
男性はそこで、「君たちに一つ、提案をしよう」といってみせた。
「『彼岸花』に入らないか」
2025/4/29 作成
今年作成。どうにかして一本でもケリをつけたくなったので。
ちなみに「彼岸花」は本編のほうでメインになる忍者組織の名前です。この外伝でも多分大きく関わる。
邂逅っていう言葉が大好きだぜ