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「報告」
む
「報告」
〜這い寄る噂、混沌〜
寒空の広がる時期。
窓を覗くと雪がちらほらと降っているようだ。
ストーヴで暖をとっていると
狭い室内に響き渡る扉の開く音。
自身の構える小さな事務所で
私は来客の対応をする。
…
かなり手広く薬物を売っていた人物がいたらしい。
そいつの足跡が知りたい、と細々としがない探偵の私に調査依頼が舞い込んだ。
そして依頼者からの情報は
とにかく不気味な男…というのみだった。
…やれやれ。見つかるだろうか。
なんとかやってみるが期待はしないでくれ、と前金を受け取りながら依頼者に伝える。
件の元売人の情報を得るため、ダイナーやスピークイージー、路地裏の闇医者まで…転々ときな臭い場所を歩き回り情報を辿る。
「薬物だなんて…ごめんなさい。僕には心当たりがないですね…」
周った一軒のうち、大柄で屈強な見た目に反して気の優しそうな…ドレッドヘアーの店主は目を丸くしながらそう答えた。
夕暮れ時の店には帽子を深く被ったつなぎ姿の男が一人、ニコニコと飲み物を飲んでいる。
そうしてなんとか足で稼いだ情報によると
「デイビット」という売人の名をよく耳にする。無表情で眼鏡をかけた、大柄な男だったらしい。
細身だが体躯はしっかりしており
動き方的にアレは軍にいたのではないか…とも。
そして口を揃えてみな、
とにかく"不気味な男"だと言う。
…依頼者から聞いた特徴ともピッタリだが…
しかし売人前後の足取りが掴めず難航する。
薬物を買っていたという連中は話もロクにできやしない上、ターゲットは人付き合いも最低限に止めていたらしく当時の住処すら不明。
まいったな…と八方塞がりを感じていた矢先
別の、とある噂を耳にする。
かつて存在した"掃除人"という始末屋コンビの片割れが「デイビット」という名らしい。
同じ名前…よくある名だ、偶然かもしれない。
しかし探偵の勘とでもいったらいいのか。
探ってみる価値はありそうだと、同時に調査を行う。
その始末屋はどうやら界隈で有名だったようだ。コンビらしいが「デイビット」が主な仲介役らしく、片方の名前がわからない。そしてどうやらその名無しの方が実行役のようだ。
ただ2人並ぶ姿を見た者はおらず、デイビットと実行役の背格好も似ていることから同一人物、または兄弟か…とされている。
コンビといわれるぐらいだから実際2人いそうな気もするが…妙な話だ。
彼らは誰もやりたがらないような仕事さえも請け負い、実に優秀な仕事っぷりだったらしい。
殺人から後片付け・隠匿までなんでもする
まさに"掃除人"だったそうだ。
組織に属さずそこまで名を馳せるとは、
なかなかの腕前だったのだろう。
しかしある時から"掃除人"たちは忽然と姿を消す。今やまことしやかに囁かれる、噂程度のものとなっていた。
「(なんとも…不気味な奴らだ…)」
…そして私の勘は当たったかもしれない。
長い、それはもう長い道のりの末に巡り会えた…当時、掃除人へ依頼をかけた人物の情報によると
「デイビット」の容姿は大柄で眼鏡をかけていたそうだ。
ただ、表情や仕草が売人である「デイビット」の特徴と一致しない… 少し頭を抱えた。
始末屋「デイビット」はどこか人間臭く、表情豊かな人物。
売人「デイビット」は無表情で、不気味な人物。
…始末屋から売人へ転向したときに、なにかあったのか…、
もしくは始末屋が本当にコンビだった場合…片方が…死んで…、
…
寒空の中、日差しが柔らかく差し込む公園のベンチで頭を抱えていると…ポンッ、と。
いきなり肩を叩かれる。
「探し物は、見つかりそうですか?」
ふと。
勢いよく声の方へ向くと。
ニコニコと、笑顔の青年が私を見下ろしていた。
…誰だ?
「…失礼。どこかでお会いしましたか…?」
「いえ…唸っていらっしゃったので。何か失せ物を探されているのかと」
青年は笑顔のまま、一切表情を崩さず淡々と話す。
青年の容姿は大きなピアスが目立ち、
そして、眼鏡をかけた、大柄、の…
…、
「…」
「おや…黙られて…どうしたのですか?」
「…い、いえ…ああ、大事な物だったので…、なくした時の状況を、思い出していました」
「へぇ…」
…脂汗が出そうになり…ごくりと静かに。
唾を飲み込む。
今はただ。青年の笑顔に威圧感と不気味さを、感じる。
目が。目の奥が、笑っていない…というべきか。いや、何もない。笑顔のはずが何も感じられないのだ。
彼はいったい何なんだ、と言いたくなるほど形容し難い不気味さを放つ青年。
眼鏡で大柄。
…先程から頭の中で警鐘が鳴り響く。
「…アナタ、キルン・カントリーというお店へ訪れていましたよね。覚えておいでですか?」
「…え、ええ…」
「あちらのお店、僕のお気に入りなんです。素敵な内装ですよね。」
…正直、内装までは覚えていない。
い、今すぐ…この場から逃げるべき…か…?
走ったら、逃げられるか?
いやでも、人違い…かもしれない。
…そうだ、そんな偶然…
…偶然…じゃない、かも。しれない。
「そちらのお店でお忘れ物をされていないかと、ふと…、
……大丈夫ですか?
ひどく焦っていらっしゃるようですが。」
「ははは、いやほんとうに。大事なものだったので…、」
「そうですか…それは大変ですね。
よろしければ一緒にお探ししますよ」
「え、」
「…ああ、名乗るのを忘れていましたね」
「僕はジェフリー・"デイビット"ソンと申します。」
「…デ、…」
「…もしかして…」
「…?」
「もう、ご存知でしたか」
私はたまらず。
情けなくも、その瞬間に。
その場から立ち上がり、走って逃げた。
…そのあとはどうやって帰ったのか、
気づいたら自宅のベッド上でくるまっていた。
窓やドアが風でガタリと鳴るたび、身体が震える。
…恐らく探りすぎたのだ。
あれは、あの目は。危険すぎる。
…デイビット…
始末屋は「デイビット」と…
…「ジェフリー」…
…ということ…なのか…?
では、…売人は…「ジェフリー」の、方…?
…
それなら仕草の不一致にも納得がいく。
…先ほど見たのは実行役の「ジェフリー」…
デイビットは、どうなったのか…
…同一人物…兄弟…双子…
なんとも…やっかいなことに、
首を突っ込んでしまったか…
私の脳裏には…逃げる寸前に見た
ヤツの笑顔がこびりついた。
…
後日調査した情報によると、
「ジェフリー・デイビットソン」なる者は
とあるギャングを出入りしているようだ。
そしてヤツが口にした「キルン・カントリー」にも関係するギャングである。
彼は私が探りを入れたことに気づき接触、といったところか。実際ヤツが始末屋や売人と同一人物か定かではないが…しかしアレは…忠告…なのだろう。
…もはやそうとしか考えられない。
…依頼人には、大変申し訳ないが…
前金もすべて返金しよう…
私は石橋を叩いて歩くタイプである。
命があればなんとやらだ。
これについてはもう…そっと胸にしまっておこう。
そう、誓った。
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後日
〜キルン・カントリー〜
「最近よく来てくれるお客さんが素敵な内装ですねって、褒めてくれたんだ」
「へぇ…よかったですねぇ、兄さん。僕も素敵だと思いますよ(ニコニコ)」
「先輩のおかげだなぁ…」
「そうですね。素晴らしいかと(ニコーッ)」
fin
ちょっとした補足
・ジェフリーは自身を探られたことよりも
自身の"お気に入り"に空気を読まず踏み込まれたため様子見ついでに声をかけた
(探られたことは割とどうでもいい、いつでもどうとでもできるため)
・ザッカリーさんのお店に月一ほど通う変態。
行き届いた清掃や内装を横目に飲む紅茶は
とにかく最&高。エクセレント。
自身で美しくするのも好きだが、洗練された彼彼女たちを見るのも悦。モデルやアイドルを眺めている気分らしい。
至福のひととき。
…いつかレッドさんと…、いやダメだそんな僕なんかが(アワワ)
終わり!