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古き良き歌手
「この度、#グループ#は活動を終了します。長く応援してくださったファンの方々、ライブなどでお世話になったたくさんのスタッフさん、今までありがとうございました。また、今後一切テレビなどには出演しません」
#グループ#は二十歳でデビューして還暦、つまり六十歳の今まで活動してきた。しかし、年齢を重ねるごとに今までのようなパフォーマンスは難しくなり、若手に幾度も追い越され、ついに今時の子は「#グループ#?誰それ?」と言うようになった。しかし、一度彼らの歌を聞けばその優しい歌声、胸に響く歌詞に虜になるものばかりで、若い子にも支持者はいた。が、還暦ともなると早口の歌は歌いづらく、ライブで動きながら歌うのもきつくなってきた。そろそろやめようかとグループ内でも考えていた中で、リーダーかつボーカルの#リーダー#が病気になったのが決定打になった。
#リーダー#達が退場すると彼と同年代ぐらいの男性が出迎えた。
「とても残念です。あなたの歌声はとても魅力的だったのに」
演技のようにも聞こえるその言葉を聞いて#リーダー#は怪訝そうな顔をした。
「実は私、こういうものでして。」
差し出された名刺には『徳間 正 / Tokuma Tadashi AI研究者 / AI Researcher Singing AI development社 社長 ■■■-■■■■』
と書かれていた。Singing AI development(歌うAI開発)を行っている会社の社長らしい。
「私は故人や引退された歌手、声優さんなどの歌うAI、ボーカロイドを作っているのです。素敵な声を持っていてもう歌を聞くことができない人になかなか出会えなかったので声をかけさせていただきました。ぜひ、歌声などを分析してAI化することに協力していただけないでしょうか?」
#リーダー#は振り返り、他のメンバーを見た。彼らは力強く頷いた。
「申し訳ないですが、お断りさせていただきます。私達は引退後も名を残すことを目的にするのではなく、つらいとき、苦しいときに聞いて少しでも幸せになってもらうための心を込めた歌しか歌っていないのです。心のこもった温かい声をAIで再現するのはおそらく、不可能でしょう。心がこもっていないならその歌は本物以下の歌だと思います。ファンの方々もそれは望んでいない。聞いてくれるすべての者を幸せにするなら自信を持って心を込めて歌う我々のほうが得意です。だから、今回は断らさせていただきます。」
そう言い、徳間の横をスッと通り過ぎた。
徳間は、清々しそうな笑みを浮かべ、胸を張って通り過ぎていった#グループ#を見て呟いた。
「たしかに、彼らの気持ちを再現するAIを作るのは難しい、いや不可能と言ってもいいだろう。私達も、『心を込める』ことを意識して改良をせねばならんな。」