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地上に落ちる鳥【4】
「ふんふんふーん♪」
午前6時。サジタリウス町の人々は目を覚ましつつあった頃。
ひとりの人間がアエクラー教会の前で陽気に鼻歌を歌いながら佇んでいた。
「朝1番にリーダーの顔が拝めるなんてぇ…ハナニラって幸せもの…」
ハナニラは体を揺らしながら、ずっと誰もいない教会の入り口に座っていた。
するとひとりの白いローブを着た男が、教会の入り口へとやってきた。
「警備お疲れ様です。ハナニラ。」
「きゃーっ!!リーダー!おはようございまぁす!」
ハナニラは嬉しそうにリーダーと呼んだ男に抱きついた。
しかしリーダーはハナニラを跳ね除け、スタスタと教会の中へと入ってゆく。
「そんな…」
まだ地上に近い場所にある太陽の光は黄色に輝き、サジタリウス町を包む。
「ドライなとこもステキ…好き…」
サジタリウス町の朝は早い。
あり日の夜。夜空に浮かぶ星々を指差し、白髪の老人がぼそぼそと話しかけていた。
「ええか。これがデネブ、アルタイル、ベガ。」
チラチラと薄く光る小さな星の中に、一際目立って大きく光っている星。それを線で結べば、大きな三角ができるんだよ。これが、夏の大三角形。
「でも、三角形なら他の星でも作れるんじゃないの?」
そう問うと、老人は確かにそうだなと言い、朗らかに笑った。そして老人は少し落ち着いたように言った。
「わしが若い頃はな。みなそう教わってきた。今はもう、方角も変わってしまったな。」
窓越しに輝く星々を寂しそうに見つめ、老人は感傷に浸ったようだった。
昔は星が落ちることはなかった。カラスもよだかもオオカミも、襲ってくることはなかった。
北斗七星もちゃんと真上にあった。全部もう、変わってしまったな。と。
「…俺も、じーちゃんみたいになんのかな。」
老人は少し頷きかけたが、はっと何かを思い出したように首をゆっくり横にふって、少年に言った。
「昔ばかり見てはいかんな。変わり続けるこそ、それこそ、時代そのものだったな。」
言い終えると老人は、そろそろ眠ろうかと部屋の明かりを消し、少年を寝かしつけた。
「いい夢を見るんだよ、ラヴィカ。」
老人は柔らかな白い毛を優しく撫で、静かに眠りについた。
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午前6時ごろ。サジタリウス町は今日も活気に溢れている。
暖かな朝の日差しがふわりと宙を舞い、人々の背中をいたずらに押している。
そんな外の様子を見ながら、ラヴィカは一本の電話を入れていた。
「…はい。星を拾いましたので…はい。本日までにおいでくださいませ。」
電話の相手は、顔こそ見えぬものの嬉しそうに離していた。
電話を終え、そっと受話器を戻せば、ラヴィカはそそくさと自室に戻っていこうとした。
「って、二度寝ですかラヴィカさん。」
レンは勿体無いと言いたげにラヴィカを引き止める。するとラヴィカはぴたりと止まって、レンにこう返した。
「二度寝じゃない。続きを楽しもうとしてるだけだ。」
「二度寝と変わんないじゃないですか、それ。」
レンは呆れたようにラヴィカを見つめる。
「せっかく早起きしたなら何かしましょうよ。掃除とか、買い出しとか…」
「二度寝という行為を実行しようとしたまでだ。」
「だから二度寝は良くないですって!」
店内に温かい日差しが入り、雪のように宙に舞う埃が姿を表す。
「そこまで言うなら…朝市でもいってみるかねぇ。」
ラヴィカは手袋をはめ、季節にそぐわない長袖のケープを身に纏った。レンは不思議そうにラヴィカを見つめる。
「暑くないんですか、それ…」
「別に何でもいいだろ。行くぞ。言い出しっぺ。」
ラヴィカたちは店の外に出た。
朝の日差しは歓迎するように彼らの背中を押すのだった。
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朝の商店街は一歩出向くだけで、多くのひとが流れてゆく。
ごつごつ、いやがたがた。ごわごわかもしれない。とにかく色々な足音が人々の息遣いと共にうるさく輪唱している。
ラヴィカはフードを深く被ってレンの腕に身を少し近づける。
「人、多いですね。」
「…あぁ。」
「…人混み苦手でした?」
レンは申し訳なさそうな顔をする。
「よくよく考えれば、朝というだけで何かしなくちゃってことはなかったですね…」
懺悔をするように、レンは言う。
「別に。」
しかしラヴィカは怒ったように、ただ一言を言い放っただけだった。
「お前はよく朝市に行くのか?」
ラヴィカは立て直そうとレンに問う。
「は、はい。」
レンは戸惑ったように答える。
「何がある?」
「え、と…食べ物とか、骨董品とか…いろいろ。」
レンが答えると、ラヴィカはまた真剣な眼差しでつぶやく。
「骨董品か…」
コトコトと足音と共に流れる人々を触れないように避けながらラヴィカは歩いてゆく。
「あ、着きましたよ!」
レンはそう言い、ゴタゴタとした商売人の集まる広場を指差した。
大きな噴水の周りに、それを囲むように商人の建てた屋台たちが立ち並び、多くの人々がその屋台を流れるように見たり買ったりする様子が見られる。誰が何を話しているかも、2メートル離れればわからないほどやかましいのだ。
「まずは骨董商に行こう。」
先ほどとは変わって、ラヴィカはいきいきしたように歩き出した。
「待ってくださいよー!」
レンはもう数十歩先に行ってしまったラヴィカを追うように早歩きをした。
「リーダー、この歴史書は。」
「焚き火の燃料にしてくれ。ランティア。」
「承知しました。」
ランティアは歴史書を手に教会の外へと行く。
すると歴史書が被った埃を丁寧に払い、こっそりとカバンの中へとしまう。
「ねーちゃん、この子達もいる?」
ルリトは数々の書類を手にランティアに尋ねる。
「…うん。そうだな。ありがとう、ルリト。」
ランティアはララとから教会の資料もカバンにしまい、しばらくしてからまた教会へと戻っていった。
「一文字も残さず燃やしてきました。」
「ありがとう、ランティア。…やはり、教会の秘密は守り抜かねば。いずれこの地に降り立つ神の為に…」
その神さまとは一体誰なのだろうか。
ランティアはリーダーを睨みつけて、考えていた。