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紅い吸い殻拾って、
お久しぶりです。
むらさきざくらさんのコンテストに参加。
題名、迷走中。
走り疲れた体に酸素を送ろうと息を思いっきり吸うと、くらくらするほど金木犀の香りが襲ってきた。ぼんやりしかけていた頭をぶんぶん振ると、前に人影があることに気が付いた。
「わ、こんなとこいたんだ」
「あー」
顔を強張らせながら振り向いた瑠夏は、私と目があった途端に悪戯っ子めいた笑みを浮かべた。
「バレちゃったかあ」
「保健室まで抜け出して、何やってんの」
「そんな遠くから見ても分かんないでしょ、こっち来なよ」
瑠夏は手招きする。猫が犬かを世話しているのかと思ったけれど、違った。
「何? この花」
花壇とかで時々見る、でも名前は知らない紅い花がそこにいた。
「サルビアって言うんだ。知ってる? これ蜜吸えるんだよ。やってみる?」
秘密ね、と言いながら瑠夏は花を差し伸べてくる。
瑠夏はどちらかと言えば、静かに本を読んでいるタイプだったから、ちょっと意外だった。ある種の図々しさ、コミュ強だなあと思いながら恐る恐る花を手に取る。
正直、業間休みを無駄にしたくないから、早く帰りたかった。でも、これを済ませたらなんとかなりそうだったから、瑠夏の真似をして花を口に含んだ。
金木犀にも負けない、鼻に抜ける甘い香り。
「甘いね」
「そりゃそうだ、蜜だもん」
彼女の横顔を盗み見ると、充足感が滲み出ていた。
「まさか、これだけのために?」
「うん」
「授業を抜け出してまで?」
「うん」
そこまで聞いたところで、思わず笑ってしまった。へんだ、本当にへん。「薫……?」と目を丸くする瑠夏や、駆ける赤白帽たちに見向きもせず、笑った。瑠夏との秘密や、その可笑しさが秋晴れなんかよりも、眩しかったから。
--- * ---
「あ、サルビア。なついね」
「この前貰ったの。小学生ぶりかな」
あの秋から十五回目の秋が来た。目の前には少し傾いたチーズケーキ。白い部屋にサルビアの赤とブルーベリーの青がやけに映えた。
「ここのチーズケーキ美味しいでしょ」
「うん。めっちゃおいし、い」
『おいしい』と言いかけたときに、最後の一口に乗っかっていたブルーベリーが転がり落ちた。慌てて拾い、口に放る。
「あー、がっついてるう」
瑠夏はすかさず揶揄う。小中高共にした仲だからか、こうなっても遊びに来てくれるのは彼女しかいなかった。
「そういや、彼氏さんとの関係は」
「良好、良好。この前彼氏とアコギ掻き鳴らしてた」
「あれ、瑠夏って音楽苦手じゃなかったっけ」
「ちょっと教えてもらったの。|Em《イーマイナー》なら弾ける」
一番簡単なやつじゃん、とさっきの揶揄いの報復と言わんばかりに私がぼやくと「いいじゃん、そんなテキトーで」と反論された。相変わらず楽しそうで何より。
「髪はここで切っていいんだよね?」
気づいた時には、彼女の皿も空になっていた。空気が重い。
「ん、ここで、ばっさり」
ずっと伸ばしてきてたのに、と瑠夏。
「ま、気分転換みたいな感じだから気にしないで」
りょーかい、と彼女は言いながら用具を並べていった。顔が強張っている。
新聞を敷き詰めて、私を椅子に座らせ、美容院でよく着るやつ(何て呼ぶんだろ)を着させて、ハサミを用意し、私の髪を四つに分けて結ぶ。流石美容師、手慣れている。
と思ったのも束の間。瑠夏の手にあるハサミが動かない。多分、ためらっているのにろう。昔から友人のトレードマークだったロングを切るのだから。
二回、深呼吸をする音がする。「大丈夫」と瑠夏がひとりごちると、じゃき、と音を立てて髪が一束落ちた。
続けざまに、三回。切られていくごとに重力がどんどん小さくなっていく心地がした。
「めっちゃかるーい!」
「六十センチくらい切ったんじゃない? 髪はベリショでよろしい?」
「そう! さっき見せたかんじで」
少しはしゃぐ私とは対照的に、淡々とした瑠夏の声。
思わず私のはしゃぎも内に引っこめてしまった。
そこからはしょきしょきしょき、と髪を切る音だけ響いた。たまに「目、瞑って」と言われる以外、何も話せなかった。
どれくらい時間が経ったのだろう。髪を切るのも終盤になったきた時、私は口を開いた。
「なんかさ、今下に落ちてる髪が自分にくっていていたんだと思うと、ついこの前の自分すごいなって思う」
「だろうね。髪の手入れとか大変だったでしょ」
「ドライヤーは三十分コース」
「まじお疲れ。よしっ」
完成ー、と瑠夏が宣言。後ろも見せてもらうと、やっぱり短くなっていた。
「すごい、軽い! 首が見える!」
よかったあと瑠夏が胸を撫で下ろすのが視界の端に見えた。
そこからは片付け。短く切り取られた髪を箒で集め、掃除機をかけて、新聞を畳む。そこには元の白い空間が広がっていた。
「次はいつになりそう?」
「んー、一ヶ月半くらいかなぁ」
マウンテンパーカーを羽織りながら瑠夏は答える。もう、外は秋だな。
「あ、そうだ」
瑠夏はぼやくと、私の髪をさら、と撫でた。
「髪、可愛いよ」
瑠夏が去った後、残ったのは静寂__ではなく、心電図の音、
依然、心拍数は十上がったままだ。
何でそんなことをするのだろう。愛おしそうに髪を撫でる相手も、甘い言葉をかける相手も、別にいるはずなのに。
諦められないじゃん、こんなの。
そこまで考えた途端、急に口が寂しく感じた。何かしないと病に押し潰されそうだったから、飾ってあるサルビアの花を千切った。 小学生の秋、瑠夏が教えてくれたみたいに、蜜を吸う。
何か、記憶より甘くないがした。
思い出が逆流してくるんじゃないかとびくびくしていたから、拍子抜けして脱力したと同時に、サルビアの吸い殻が手から零れ落ちる。
それを拾おうとした瞬間、脳の処理がようやく追いついたように、あの秋のことを思い出した。
「薫ってさ、髪きれいだね」
あの時も吸い殼を拾っていて、そのとき瑠夏に言われた言葉。
短くなっちゃったな、と言う声は自分でも驚くくらい掠れていた。
せめて、瑠夏はずっと髪を靡かせていてほしいな、と。余命いくばくない自分なんか忘れて生きてほしいと。答えを見ることは出来ないことを願いながら、赤い吸い殻をごみ箱に放った。
前書きの通り、パスワードを紛失しかけて探し出すまで半年近くかかった馬鹿です。お久しぶりです。気づいたら短カフェ人口めっちゃ増えてて驚きました。こう見えて四桁だったりする。
秋の短歌って物悲しいものが多いみたいです。ということで、「別れ」をテーマに執筆。なんかちょっと悲しい物語になりました(当たり前)。今回ダブルミーニングとか伏線とか結構凝ってるかんじです。そのうち解説とか出したい。
実はこの物語、最初は五千字くらいあったんです。頑張って削りました。
やっぱ小説書くの楽しいね。