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ビー玉
八月二十三日。
まだまだ蝉がうるさい夏の日に、僕は、ビー玉みたいな君と再会した。
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「あれ、にっくん。おひさー」
突然声をかけられ、反射的に振り向く。
すぐにそいつの名前が浮かんだ。
僕をにっくんなんて呼ぶやつは、一人しかいなかった。
「え、もしかして覚えてない? ショックだなー、君の幼馴染の__」
「……|夕夏《ゆうか》?」
「なんだ、覚えてるんじゃん。うん、そうだよ、夕夏だよ。久しぶり、にっくん」
「あ、あぁ……久しぶり」
思いがけない幼馴染との再会に僕が呆然としていると、
「前みたいにゆーちゃんって呼んでくれたらいいのに……」
夕夏はどこか悲しそうに微笑む。
「いや、……流石に恥ずかしいって、この歳にもなってさ」
「あはは、そりゃそうか!」
僕の言葉に対し、夕夏はころころ笑った。
鈴を転がすような笑い声という表現があるけれど、僕は彼女の笑い方は、ビー玉みたいだと思う。
「夕夏、覚えてたんだ。母さんの命日」
「当たり前じゃん。おばさんにはお世話になったしね」
「……そうだな」
そう言って夕夏は墓前にそっと手を合わせる。
そして花を供えた。
「夕夏、それ、仏花じゃなくね?」
「よくわかんないけど、どんなのがいいかわかんなかったから、とりあえず奇麗なの買ってきた」
「お前な……いくつか供えちゃいけないの混ざってるぞ」
「え、嘘。そんなのあるの? マジかー……」
困ったように眉を曲げる夕夏に、僕はつい笑ってしまう。
「ははっ、まあ別にいいんじゃね? 母さんもお前の抜けてるところ、わかってると思うし」
「うわー、やっちゃったなあ。ごめんなさいしとこ」
夕夏は今度は勢いよく、再び手を合わせる。
「あ、そだ、にっくん。これ、あげるよ」
そう言って、夕夏が花を手渡してきた。なんと鉢ごと。
「ハーデンベルギア? って言うんだって。なんかにっくんにあげたくなっちゃって」
気がついたら買ってた、と吹き出すように笑う夕夏。
「へえ。そっか、ありがとう」
受け取ったハーデンベルギアをそっと眺める。
「うん、喜んでもらえてよかった。それじゃあ」
一度深く俯いてから、パッと顔を上げて、彼女は言った。
「バイバイ、にっくん」
その声につられて視線を前に向けたが、もうそこに彼女はいなかった。
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翌日知ったことなんだけれど、彼女はもう、ひと月ほど前に交通事故で亡くなっていたらしい。
でも、僕はあの日、確かに夕夏と会った。
白昼夢だったのかもしれない。あるいは幻覚か何かか……。
そんなことを考えてから、きっと夕夏は、仏壇に供えてはいけない花があることを知っていたんだろうな、と続けて思う。
きっと母さんを笑わせたくて、不器用なあいつは、そんなことをしたんだろうな、と。
だって、ハーデンベルギアを僕にくれたんだから。
全部僕の妄想かもしれないけれど、それでもいい。
机の上に飾ってあるハーデンベルギアが、揺れた気がした。
ハーデンベルギアの花言葉は、「出会えてよかった」「運命的な出会い」「幸せが舞い込む」。