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日本のかたちと身分の差
視界が再びゆがむ。
足元の感覚が戻ると、そこには美しい海と、緑に覆われた山々が広がっていた。
どこか懐かしさを感じさせる風景。
Mがそっと口を開く。
「ここは……およそ1万年前の日本列島。今と同じ、僕たちが住む国の形ができた頃だ。」
空は高く、潮風がやさしく頬をなでる。
鳥の鳴き声、川のせせらぎ、木の葉のざわめき。まるで自然と一体になったかのような世界。
「この時代、人々はたて穴住居に住んでいたんだ。地面を掘って、屋根をかぶせた簡単な家だけど、集まって暮らす村の始まりだった。」
木の実を拾い、鹿を追い、魚を釣る人々の姿が見える。
どこか素朴で力強い暮らしが、そこにはあった。
「この時代を――縄文時代という。文字はまだないけど、道具や暮らしから多くのことがわかるんだ。」
近くの地面に、見慣れない器が置かれていた。
「縄文土器。縄で模様をつけた、厚くて黒っぽい土器。火にかけて煮炊きするためのものだった。」
器の底が丸く、なんだか重たそうだ。けれど、それが当時の技術の限界であり、また工夫でもあった。
君たちは、縄の文様だから縄文なのか、なんて考えたりする。
「そして、あそこに見えるのが――三内丸山遺跡。縄文時代最大級の村さ。」
巨大な柱が組まれた建物が見える。驚く君たちにMがほほ笑む。
「ね? 1万年前でも、これほどのものを作れたんだ。」
近くには土偶が並び、地面からは貝殻がたくさん出ている。
「これは貝塚。食べ終わった貝殻や骨などを捨てた場所なんだ。縄文人たちの暮らしの跡だよ。」
もしかしたら、ここに来る前に自分たちが踏んだアスファルトの奥には。
人の跡が残されていたのかもしれない。
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場面が変わり、視界に黄金色の風景が広がった。
ゆらゆらと風に揺れるのは――稲だ。
「これがお米。稲作が、日本に伝わった頃の風景さ。大陸から九州に伝わって、やがて東北まで広がっていったんだ。」
農具を手にした人々が、田んぼを丁寧に耕している。クワと小さな石のようなものを手にしている。
「くわで土を耕し、石包丁で穂を摘み取る。そして、収穫した米は――あれさ。」
Mが指をさすと、木の高床に建てられた倉庫があった。
「高床倉庫。湿気やネズミを防ぐために、床を高くしたんだよ。米は命そのものだったからね。」
Mの声は少し硬くなった。
「米をたくさん持っている人は、力を持つ。逆に持っていない人は・・・従うようになる。」
この時代には、身分の差が生まれていた。
「この頃の時代を――弥生時代という。弥生土器も作られたよ。」
土器は赤茶色で、さっきの縄文土器よりも薄く、軽く、硬そうだった。
「この技術の差が、時代の差でもある。」
遠くに見えるのは、登呂遺跡。その先には、高い柵で囲まれた大きな村――吉野ヶ里遺跡。
どちらも立派で、どこか力強いような気がした。
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「人々の間には、力を持つ有力者が現れ、やがて王と呼ばれる存在になる。」
君たちは、金色の印を見せられる。
「これは、『漢』から授かった金印。今の福岡あたりにあった|奴国《なこく》の王が使いを送り、もらったんだ。」
さらに視界が変わると、大きな建物が、多くの人々に囲まれていた。その先には女性が見える。
「この人こそ、卑弥呼。多くの国をまとめた邪馬台国の女王さ。中国の『魏』に使いを送り、銅鏡や称号を授かっている。」
「でも――邪馬台国があった場所は、まだ分かっていない。九州説か、近畿説か……それは、君たちが解き明かす謎かもしれないね。」
現代の技術でさえ見つけられない、そんな国。でも、それでいい気がする。
だって―――、こんなにも考えることが面白いのだから。
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空に雲がたなびき、見渡す限りの緑の中に、巨大な鍵穴が見えた。
「これが――古墳。王や豪族の墓さ。特に有名なのは大仙古墳、あの前方後円墳だね。」
その周囲には、不思議な像が並んでいた。
「埴輪だよ。武人、動物、家……たくさんの種類がある。亡くなった人の世界を守るために置かれたんだ。」
Mが静かに語りかける。
「この頃、奈良盆地を中心に、大和政権が力を持つようになった。大王と呼ばれる王が、全国の豪族を従えていたよ。」
「豪族たちは|氏《うじ》という集団を作り、戦や神事に仕えたんだ。」
地図が空に浮かび上がる。そこには、中国と朝鮮半島が映っていた。
「中国は南北朝時代といって2つの国が対立していた。そして朝鮮半島は高句麗・百済・新羅に分かれていた。大和政権は、百済や伽耶に協力し、高句麗や新羅と争ったんだ。」
平和な日本でも、戦っていた時期はある。そう思い知らされた。
「倭の五王と呼ばれる王たちは、中国に何度も使いを送り、国の地位を高めようとした。」
「そして、ここにいるのが――渡来人。大陸からやってきた人々だよ。」
見慣れない服を着た人が、手に不思議な器を持っていた。
「須恵器という焼き物だ。そして――仏教を伝えたのも、彼らなんだ。」
Mがふわりと手を掲げる。空に、仏像の影が浮かぶ。
「さて……日本は、いよいよ国の形を整え始める。天皇の登場、律令の制定、そして飛鳥時代と奈良時代へ――。」
「歴史はつながっている。遠い昔の出来事が、君たちの今に続いているんだ。」
指が鳴らされる。
「さあ、旅は続く。次は――天皇が現れる時代へ。」
風景が揺れ動き、再び時空の扉が開いていく――。