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3話
レンに手を引かれ、私たちは屋上へと続く階段を駆け上がった。 彼と繋がっている右手から、熱い脈動が伝わってくる。その熱が階段の手すりを伝い、踊り場の窓を叩き、無機質なコンクリートを鮮やかなコーラルピンクに染め上げていった。
「見てよ、ハル! 空、あんなに綺麗になった!」
屋上の扉を蹴り開けると、そこには私が今まで一度も見たことがないような、燃えるようなオレンジ色の夕焼けが広がっていた。私たちの感情が混ざり合って、死後の世界の空を塗り替えているのだ。
「……本当。学校の屋上が、こんなに綺麗なんて知らなかった」
私は、フェンスに身を乗り出して笑うレンの横顔を盗み見た。 彼はいつだって明るい。死んだことさえ「運命」だと笑い飛ばして、絶望していた私をここまで連れ出してくれた。彼がいれば、死後の世界も悪くないと思える。
けれど、ふと気づいてしまった。 レンがフェンスを握る手の先――。彼が触れている場所だけ、色が「冷たい青」に沈んでいることに。
「ねえ、レン」 「んー?」 「レンは……寂しくないの? もう、誰にも会えないんだよ?」
レンの肩が一瞬、跳ねた。 彼はゆっくりと私を振り返り、いつも通りの眩しい笑顔を見せた。
「寂しいわけないじゃん! だって、こうしてハルと会えたし。生前は毎日窮屈だったからさ、今は最高に自由で楽しいよ」
その瞬間、私たちの頭上の空に、一筋の鋭い紫色の光が走った。 私の感情(オーロラ)ではない。それは、レンの心の奥底から溢れ出した、悲鳴のような色だった。
「……嘘。レン、今、すごく悲しい色してるよ」 「えっ」 「私には分かるよ。だって、二人だけの世界だもん。隠しても無駄だよ」
レンの笑顔が、パリン、と音を立てて割れた気がした。 彼は力なく笑うのをやめ、フェンスに額を押し付けた。
「……あーあ。バレちゃったか。かっこ悪いな」
彼の声は、今にも消えてしまいそうなくらい震えていた。 灰色の世界で唯一、太陽のように振る舞っていた男の子。彼が抱えていたのは、誰にも「助けて」と言えずに最期まで笑い続けた、深い、深い孤独だった。
「一度でいいからさ……死ぬ前に一度だけでいいから、『怖いよ』って、誰かに泣きつきたかったな」
レンの足元から、ボタボタと大粒の「色」が落ちる。それは地面に触れるたび、青い花となって咲き乱れていった。