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鏖
赤黒い、ドロっとした液体が刃物に付着する。液体は母の物だ。
昔読んだ本に、人殺しの血液は青いと書いてあったが
それはデマだったことに気がつく。
母は、恐らく死んだ。背中から心臓に目掛けて包丁を刺したから。
ピクリとも動かない大きなタンパク質を、部位ごとに切り分けていく。
胴体があまりにも重くて、内臓をバケツに入れて持って行くことにした。
まるで医者にでもなったかの様に、腹に包丁でスッと一直線を描いた。
中を開いてみると、内容物が溢れ出てしまった。
おもむろに自身の手を見つめた。
手先が赤く染まり、鉄臭い。ここで私は初めて人を殺めたのだと知った。
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硬い地面をスコップで抉る。誰にも知られないように、ここへ隠すため。
先に掘っとけば良かったなあと少し後悔しつつ、フクロウが鳴くまで掘った。
一番最初に、頭を放り投げた。二度と見ることの無い顔よ、さようなら。
二番目に、腕を片方ずつ投げ入れた。関節があらぬ方向を向いている。
三番目に、バケツをひっくり返した。生々しい音を立てて、土に還っていく。
四番目に、足を放り込んだ。白い足の裏が、コチラを見ている。
五番目に、胴体を押し込んだ。空っぽになった腹の中が妙に寂しそうだった。
六番目に、土を入れた。最期の晩餐は土にしてあげた。
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家に帰って、鏡を見た。
赤く、黒く、茶色で汚れた自分が写っていた。
私は呆然と、自身の瞳を見つめていた。
ああ、これは。
母の目ではないか。
これでは、アレを殺した意味が無い。
埋めた頭が、私の体に付いているではないか。
感情が荒ぶって、鏡を割ってしまった。破片が素足に食い込み、血が流れる。
その晩、私は泣き喚いた。気が済むまで、泣きじゃくった。
神よ、神よ。
私を悪魔にしないで下さい。
悪魔殺しは、新たな悪魔を生む儀式だと仰るのですか。
そうだとしたら、あまりにも残酷ではないですか。
この私を、悪魔にした!