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〖羅列する物語〗
「...|亜里沙《ありさ》...?」
望んでいなかった再会につい、声が裏返る。
宮本亜里沙...元カノとはいうと、軽く声を洩らしてまたすぐに仕事へ戻った。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「ああ、アイスコーヒーを一つ。涼くん、君は?」
涼くんと言われて我にかえる。何も決めていない。日村が見ていたメニューをちらりと見て、咄嗟に
「えっ、あ、こっ、ココアで...」
顔が耳まで赤くなるのを感じる。
「...ご注文は以上でよろしいでしょうか」
その言葉を聞いて、日村が頷く。そして、亜里沙も安堵したように「少々お待ち下さい」と言って離れていった。
「ココアなんて、頼むんだな」
「...いえ......」
「てっきり、コーヒーか紅茶だと思っていたが、想定より君は甘党だったらしい」
メニュー表を片付けながら、微笑む日村。
俺は甘党じゃない。ココアなんて、外食で頼んだことない。でも、見て認識したのがココアだけだったのだ。
「そんなことは、ありませんよ」
「へぇ、そうかい」
日村の顔が微笑みというより、ニヤついた表情へ変わる。
「それで...先程の女性は?」
「店員さんのことですか?...別に、何でもないですよ」
「何でもない、と言うわりには会って動揺していたように見えるが?」
「さぁ、気のせいじゃないですかね」
俺はそう言って、首筋に手をやり頭の向きを少し変える。
「...人が嘘をつく時は頭の向きを変えたり、手足を動かすせわしない動きになるそうだ」
「それが、何か?」
「......もう良いだろう、ということだよ」
「...ただ、あの女性との関係性を聞きたいだけですよね?」
「そうとも言うね」
そうとしか言わねぇよ...。
「分かりました、分かりましたよ。ただの元カノです、それだけです!」
それを聞いて日村が「なんだ」と声を洩らして、つまらなさそうに頬杖をついた。
やがて、注文が届いて、何も言葉を交わさず口に飲み物を運んだ。
甘いココアがよりいっそう甘く嫌だと強く感じるのは、この日だけだった。
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翌日。無論、出勤日である。
茶色のエプロンという制服をつけながら、まだ払ってもらってない料金を取りに221B室の扉を開ける。
そして、目にする日村の死体...ではなく、日村の死体の真似事。
床に白い紐で人の形を作り、その上に型から合うようにして寝転ぶ日村の姿。
初めて見た時は、確か、頭に血糊か何かを塗って血の垂れる位置を見ていた。何かと思って救急箱を取りに行ったあの日が慣れてしまった俺には、どこか懐かしく感じる。
「んー...ん?お、涼くんか」
「どうも。料金を受け取りに来ました」
「ああ、それならテーブルの上にあるよ」
そう言われてテーブルを見る。パソコンのディスプレイにはまた、文章が映し出されていた。
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日村修様
拝啓
青々とした木々がよく見られる季節となりました。いかがお過ごしでしょうか。
さて、昨日の喫茶店にてお約束された物語を書き下ろしました。
お目に通していただけると幸いです。
敬具
鴻ノ池詩音
〖某銀行についての記述〗
ご存知の通り、例の銀行は爆発物を用いられたものです。
爆発物は目覚まし時計型のよくあるタイプのものです。
死者10名、重傷者25名、軽傷者36名で爆発の規模はそこまでだったそうですが、複数配置されており、建物の隅に四つ置かれていたとのことでした。
また、他の建物に引火や崩壊などで爆発よりも二次被害が大きかったのが原因とされます。
その他にも例の赤毛の集団で密度が多く、渋滞や道の狭さ等も原因とされます。
〖同時刻の現場付近〗
怪しい男性集団が銀行、近くのアパートにいたなどとの情報が入っていました。
背格好が高く、威圧感があったや拳銃を所持していたと情報があり暴力団関係者ではないかと推測されます。
また、近くの行列を辿った先の“Lie”という組織にて聞き込みをしましたが、儲け話であるの一点張りでした。
〖関与話〗
近頃、行方不明の事件が現場付近にて増えております。調査の際は、十分な警戒をお願いします。
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「...日村さん、鴻ノ池詩音さんって...」
「ん?ああ...警官だよ」
「は、はぁ...休日に、非番の警官と俺は...」
「いや、君は面白そうだから来てもらっただけ」
そう言って、起き上がりパソコンを見る俺の背中に手を回して、肩をぽんと叩いた。
そして、
「ところで、涼くん。演技をするのは得意かい?」
燃えるような赤髪のウィッグを持って、少し冷や汗を書く俺の顔を覗きこんだ。