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#7:黄金兎
縦書きで見た時に綺麗になるよう、字下げをしました。横書きならあまり気にならないんですけどね。縦書きだと気になる。
治療を受け、主に先生からお叱りを受け、そしてメルさんから睨まれ、ハルさんに慰められたあの日々からしばらく経つ。
リハビリとカウンセリングが日課として染みついて少し経った頃。ようやく私は退院した。
つまりは、ようやく局員として働けるようになったということ。生活費はもちろん、壊したメルさんのカバン代も必要だ。電気、ガス、水道、食費、その他雑費。人間は生きるだけでお金がかかる。
大体は特別保安局が払ってくれるらしいが、お金はやはり用意しておかないと心許ない。
……こんなことを考えても、扉は開かないのだけれど。
そう、今私は扉の前に立っているのである。新しい職場の扉の前に。
さっさと入って仕事しろ!と呆れた顔をする私。いやいや、こんなに綺麗で給料も高いところに勤めたこともないし、緊張するに決まってる!と反論する私。2人ともいるのである。
首から提げているパスカード。これをリーダーにかざすだけで部屋に入れるのに、かざすことが出来ずにここで立ち尽くしている。体感だと1時間。
もう誰か来て欲しい。誰でもいいから私を迎えに来てください。
うんうんと考えているうちに、扉の前ではなく曲がり角の方に向かってしまう私の体。
何かにぶつかった。
「あらぁ、誰かしらこのかわい子ちゃん?」
あまりに大きかったので、私は反応できずに固まってしまった。今まで見たこともないくらい背の高い人だった。いや「人」なのかどうかは、見た目だけでは判断できない。
ハルさんよりも、先生よりも。職業柄、体格に恵まれている人が多いのだろう。
「ナグモちゃん、知ってる?」
それにしても初対面に向かって「かわい子ちゃん」とは。たった今、会ったばかりのこの人との心の距離が遠のいていく。
曲がり角でぶつかった時の0mから、1、2、3。つい足が先ほどまで進んでいた方向とは逆方向へと動く。
「確かに見たことがない顔だな。アンタ、新入りか?」
その大きな人の影から、もう1人。
すぐに人ならざるものだと分かる見た目だった。なぜなら。
腕が壊れていたからだった。
文字通り、壊れているのだった。肩から下の、ほとんどの人間が当たり前に持っている部位が欠損していた。荒く、喰い千切られていた。それでも、地に二本足で人型の存在は立っている。
「……はい。」
かなり間を空けて、ようやく捻り出した陳腐な一言。
「てっきり誰かのカノジョちゃんなのかと思ったわ。こんなに可愛いものね!」
「そんなわけないだろ、フェイバ。本部に彼女でも連れてきたらお咎め食らうぞ。下手したらリバース化。もしくはコアを取り出されて……死ぬ。」
物騒だ。最近周りが物騒だ。確かに私は誰でもいいから迎えに来て欲しいって願った。訂正しよう。誰でもよくない。
「君たち、何の用だ?サポーターのところよりクリエイターのところ向かったほうがいいんじゃない?早く腕直してもらいなよ。」
「いや、それはそうなんだけど。アタシたち、ちょっと伝えときたいことがあってね。」
きっと、周りが物騒なのでなくて、私がまだここに染まりきっていないということなのでもある。
だからといって、私はそれに染まっていいのか?
「あと、そこの君。突っ立ってるそこの君。」
振り返れば、先ほどの2人が不思議そうな顔で立っている。そして、またも見たことのない人間と思しき人の姿があった。
「高木亜里沙さん?」
「はい!そうです!遅れてすみません。部屋の中、連れてってください。今すぐ!」
「え?あ、どうぞ。」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔を一瞬して固まるも、すぐに扉を開けてくれた。
「あ、アタシたちも失礼するわね!」
この人たちも来るのか。それなら中に入った意味があまりないような気もしてくる。
「だから、クリエイターの方に」
「それはそれであとで行く。ちょっと見てくれ、コイツを。」
顎を怪我した人が、大柄な人がいつのまにか持っていたケージを見つめた。
「元気がいいわねぇ。」
かん、かんと、内側からケージを叩く音。
「生け捕りか。研究が進むな。ありがとう。」
兎がいた。
兎は兎でも、黄金色に輝く兎だった。少し前に命を脅かされた、あまりいい印象ではない兎が入っていた。
「じゃ、アタシたちは失礼するわね!またね、ナロちゃん、亜里沙ちゃん♪」
「お疲れ様です。……腕、お大事になさってください。」
「ありがとう。アンタに次会う時は、腕も直ってるはず。」
私が小さく会釈すると「フェイバ」と呼ばれたその人は、大型犬を連想させる人懐っこい笑みを見せた。
腕を怪我していた青年も、表情を緩める。
「特別保安局では、背が高いやつも腕とか足とか壊してやってくるやつもざらにいるんだけどね。まあ、そのうち慣れるよ。」
「お気遣い、ありがとうございます。」
そのまま、オフィスらしきところに入った。机とコンピュータが並び、忙しそうに人々が行き交っている。
「僕はナロ。これからよろしく。」
「よろしくお願いします。」
「万年人手不足だからね。入局早々、主にこいつのせいで忙しくなると思うけど、頑張れ。」
私にしてきたように、ケージにも体当たりしている。ガタガタとケージが震えて、嫌な音が鳴る。
「ちょっと静かにしてくれないかな。解析、進めたいんだけど。」
「……僕、解析進めましょうか?」
「任せてもいい?」
「はい。僕に出来ることといったら、これくらいしかないので……。」
「そんなことないと思うけどな。」
同僚らしき人にケージを任せて、ナロさんは大きく伸びをした。
「君、この前あいつに襲われたんだっけ?」
「近くにウォリアーの知り合いがいたので良かったんですけどね。いなかったら私、今ごろどうなっていたか。」
「最近目撃情報が増えている、っていうのは本当だったのか。」
ナロさんは、彼のものと思われるコンピュータを起動した。
「通称、黄金兎。もっと短くして、兎とか呼ばれることもあるね。ちょっと可愛いかもしれないけど、十分人を死に至らしめる、危険な存在だ。」
電源ボタンからキーボードになめらかに指が移動する。ディスプレイに映し出された写真の中で、金色の兎が輝いた。
「こいつへの対策、そろそろ本格的にしなきゃいけないかな。」
机に置いてあったメロンパンに手を伸ばしかけて、引っ込めたナロさん。
「その前に君の机とか、オフィスについてとかも説明するよ。」
その後、ナロさんにオフィスについてや、やってはいけないことについて叩き込まれた。部屋に戻ったころにはヘトヘトだった。
私は特別保安局で、やっていくことができるのだろうか。
一抹の不安が心によぎる。ナロさんから帰りにもらったメロンパンを頬張ることで、少しだけそれは解消された。
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CASE1:金色に輝く満ちた月
今回登場したのはフェイバくんとナグモくんとナロくん。お名前は出てきていませんがあの子もですね。ありがとうございます!
〈書き忘れていた設定を書くコーナー〉
一応設定があります。
Q.なんでギルティに喰われると存在が消し飛ぶの?
A.ギルティが人を喰らう時に出る特殊ホルモンの影響でこうなります。周りの人間の脳(リバースのコア)に直接作用します。
流石に舞台である東京都、関東圏から出るとホルモンの効果はありません。旅行から帰ってきたら友人の存在なくなってるんだけど?という事態もありえます。
その場合は特別保安局が速やかに記憶処理を行います。もちろん上層部がデータを回収してから。
Q2.なんでリバースになると記憶と存在が消し飛ぶの?
A2.転換は人間の脳への負担がとても大きく、廃人にならないようにするために記憶領域全消去を行っています。そうでもしないと生きる屍になります。リバースにした意味がなくなるんですね。
また、人間の脳がコアになる際にどうやらギルティが捕食時に放出するホルモンが分泌されるようです。