公開中
灯-第七章-〜消えかけた灯〜
第7章:消えかけた灯
春の兆しが街に届き始めていた。
陽菜は、施設での創作教室を月2回の定期活動へと広げ、ついに「プロジェクトHIKARI」を正式に立ち上げる準備に入った。
悠の紹介で地元の小さなNPO法人にも協力してもらい、子どもたちの作品展を開く計画が進んでいた。
蓮の描く物語を中心に、数人の子どもが参加する絵本形式の冊子も作ることになった。
——彰人が見たかった“未来”。
それが少しずつ、形になってきていた。
■突然の打診
そんな中、施設長の間宮から呼び出しを受けた。
「陽菜さん、お話があります。」
応接室には、もう一人の男性がいた。
スーツ姿で、どこか事務的な空気をまとった男。彼の名は、神谷(かみや)。施設を監査・運営する市の委託職員だった。
「活動そのものには一定の評価があります。子どもたちも楽しみにしている。
しかし——」
神谷は言った。
「あなた個人が主導する形の継続は、難しいかもしれません。」
陽菜は一瞬、言葉を失った。
「……それは、なぜですか?」
「正式なNPO資格がない、運営体制が曖昧、記録や管理が手作業。
何より、“個人的な死者への想い”を基盤にしていることが、公的には不安定要素と見なされる可能性がある、との意見が出ています。」
間宮が口を挟んだ。
「現場を知らない言葉よ。
この子たちに必要なのは、形式ではなく“心”でしょう?」
だが、神谷は静かに返した。
「心では活動は守れません。支援は、継続できる形でなければならないのです。」
■陽菜の葛藤
その夜、陽菜はひとり、空っぽの教室に座っていた。
あたたかな未来が手に届きかけていたのに、突然その灯が風に消されそうになっていた。
蓮が残したスケッチブックを開く。
そこには、成長した「ぼく」が、小さな子どもに火を手渡している絵が描かれていた。
「……これは、私の役目でもあるはずなのに。」
心が揺れた。
——形式がなければ、守れないものもある。
——でも、形式に従えば、失われる“想い”もある。
彰人が大切にしていたのは、どちらだったのだろうか。
■ 悠の言葉
その夜、悠にすべてを打ち明けた。
彼は静かに話を聞いたあと、カップに注いだコーヒーを陽菜に差し出しながら言った。
「陽菜。君がこの活動を始めた理由って、なんだった?」
「……彰人の夢を、形にしたかったから。」
「それだけ?」
陽菜はしばらく黙った。
そして、小さく口を開いた。
「……気づいたの。
あの子たちに“物語を描くこと”を教えてるようで、
本当は私自身が——物語を描き直したかったんだって。」
悠は、ゆっくりと頷いた。
「じゃあ、それを守るために、変える部分があってもいいんじゃない?
形式だって、道具のひとつだよ。
“想い”を失わなければ、やり方を変えてもいい。」
その言葉が、深く心に染み渡った。
彰人もきっと、そう言ってくれる気がした。
■ひとつの決断
陽菜は翌日、市役所を訪れた。
そして、神谷の前で深く頭を下げた。
「プロジェクトを、正式な団体として申請します。
きちんとした書類を整え、体制をつくり直します。
でも、“物語を描く場所”としての本質だけは、どうか守らせてください。」
神谷は少し驚いたように目を見開いた。
「……わかりました。再審査に入れます。」
その瞬間、陽菜の中で何かが静かに燃え上がった。
彰人の夢は、
陽菜の意思として、
今、確かに「自分の足で立とうとしている」。