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くるり、時もどし(後編)
「こいつ、びくともしねぇ!」
デシデシと頭、背中、足、腕を叩いて、蹴られて…
ガキの力だからそんな痛くもなんともねぇ。
オレが動いたら…逆にケガさせてしまうほどに、コイツらは弱い。
「おい!なんで殴られてるのかわかるかっ!」
1人の子どもが話しかけて来た。
理由はわかってる。
なにせ、オレがコイツらが仕掛けていた虫を獲るための罠を潰して、その挙句にでかい虫を逃したからだ。
最悪なことにコイツらはオレのしたことを見ていた。らしい。
ていうか、そこが罠だってわからなかったし、気づかなかった。
「だからわりぃって言ってんだろ。」
「全く反省してねぇ!」
バカ、アホ、言われ慣れた言葉をバーっと浴びせられて、蹴りも殴りも一段と強くなっていった。
気づけば、顔からも鼻血が出て来た。
「…あー、あきた!これに懲りたら反省しろクズ!」
「新参者がしゃしゃんじゃねーぞ!」
捨て台詞を吐いて、ガキどもは帰って行った。
「ほんま、アホらしー。」
オレは、オレの街が空襲で焼けちまうってことで、ここにやって来た。イーハトーヴって言うらしい。
不思議とここに来てから、飛行機も、兵隊も見なくなった。
オレの故郷は今頃、戦火に焼けている頃だろう。
だけど、一番困ったことはただ一つ。
妙に嫌われているってことだけだ。
大人たちはまだ優しい。だけどどこかぎこちない。
問題はガキどもだ。フツーに殴ったり蹴ったりしてくる。
あの時の宴会だって、オレが参加したってだけで理由をつけられて…
「…な、なぁ。大丈夫か…?」
優しそうな声に話しかけられた。
ジュンだ。最近この村に来たやつだ。
だけどオレとは違って、コイツは愛想もいいし、優しいやつだから、来たばかりでもあのガキどもとも仲良く遊べている。
「大丈夫だ。でもオレに話しかけんな。お前まで嫌われちまうぞ?」
オレは答えた。
「ううん、いいよオレ。なにせアンタにオレは助けられたし。あのガキに嫌われても構わないよ。」
「…言うなぁ、お前。」
ジュンは唯一オレと仲良くしてくれるヤツ…
いわゆる、ダチってヤツだ。
ジュンは元々親に愛されてなくて、メシもまともに食わせて貰らえなかったらしい。
そしておこぼれをちょっとあげただけで、こうしてオレに仲良くしてくれた、チョロいヤツだ。
「ところで、さっきはどうして…」
ジュンは聞いて来た。
「オレが悪いんだよ、あいつらの罠を潰して、オレが虫を逃したのが気に食わないんだってさ。気づかなかったさ、だってなーんにも印とかなかったし。」
オレは正直に答えた。
正直、ちょっとキンチョーしてる。
「…バカじゃねぇか、ソイツら。しかも見てたんだろ?オレ、ソイツらがナツキをはめたとしか思えねぇ。」
「…ぷっ。」
「…何がおかしい!」
嬉しくなって、思わず笑いが込み上げてきた。
「いーや!お前が、バカみたいに素直に信じてくれたのが嬉しくってさ。あぁ、全部本当さ。信じてくれたの、お前だけだよ。」
「誰も信じねぇなんて、あいつらバカチャウネン!ほんと、ナツキは優しいヤツだって、見抜けねぇとかバカだ!」
力強く、ジュンは話してくれた。
「オレのこと、「チャウネン」じゃなくて「ジュン」って、ちゃんと呼んでくれるの、ナツキだけだ。オレ、口癖バカにされるの、ほんとは好きチャウネン。だから、オレ、ナツキが繊細で優しいヤツだってわかる。」
「はっ、バカかよ。」
オレはケラケラ笑い飛ばした。
それにつられたのか、ジュンも笑い出してる。
「バカすぎて、お前好きだわ。」
赤い夕焼けの中で、2人は笑い合った。
「ハナー!ジュンー!あーそーぼー!」
体感時間的に、オレはさっき死んだ。
だけどトシっていうヤツ…いや、神様?がオレの願いを叶えてくれて、オレが死んだ日の死ぬ前に戻してくれて、今ここに立っている。
体ってこんな重かったっけ、呼吸ってこんな疲れたっけ、だけど、今までよりもすごく楽しい。
ジメジメした夏の暑さで、肌がじっとり汗ばんできた。
手編みの麦わらはつばの隙間がでかいから、チラチラ光が入って来て眩しくなる。
眩しくて目が眩んでいるうちに、ハナとジュンがこちらに来ていた。
「ええよー。遊びましょー!」
ハナはノリノリで答えてくれた。
「オレも!でもなんでかな、ちょっと久々だー。」
ジュンも快く答えてくれた。
「じゃっ、じゃっ!何して遊ぶっ!?」
こういうのだったんだ、当たり前って…
オレはいつの間にか、盛大にはしゃいでいた。
「鬼ごっこはっ?」
「やだー、私早く走れないもん。」
「じゃ、かくれんぼとかするか!」
かくれんぼっ、いいなぁー!
子どもらしく、オレたちは遊んだ。
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「もーいーかい?」
ハナの可愛らしい声があたりに響く。
「「もーいーよー」」
茂みの隙間からちらりと見えるハナの探し出そうとしている姿は、辺りを右往左往して駆け回っている。
タッタッタッ、と地面を掻っ切る音が、右から左へ、左からちょっと遠のいて右へ…
「ねーどこー?」
痺れを切らしたのか、ハナは不満げに言う。
すると奥の木々の間から、ジュンが出てきた。
バレないようにハナににじり寄っている。
あからさまな忍足で、オレは笑いを堪えるのに必死だった。
「全然見つからないわーっ、一回大声でも出してよー。」
ハナがぐるぐる探している後ろに、ジュンは巧みに後ろに回ってひっついていた。
「くっ…フフッ。」
笑いかけた息が、狭い茂みの中で反響する。
腹に力を込めて、笑ってしまうからジュンの方は見ないように、だけどつい、気になって見てしまう。
すると、
『ワァッ!!!!』
ハナの後ろにいたジュンが両腕を広げて、突き抜けるような大声で、ハナを驚かせた。
『きゃーーっ!!!』
ハナも尻もちをついて、甲高い声を上げた。
妙に面白くなって、オレも腹から声を出して笑った。
ハナはゆっくり起き上がって、こう言った。
「ふたりとも、みーつけたぁっ!!」
ハッとなった。しまった。
だけど悪い気はしない。笑いが止まらない。
とりあえず、みんなのところへ駆け寄って行った。
「チャウネンーっ、やめてよー!」
ハナは涙を流して笑っていた。
ジュンもバカみたいに笑っている。
オレもつられて、ケラケラ笑っていた。
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赤い空の下、何度も繰り返し遊んだオレたちは、気づけば疲れ果てて、地面にぐったりとなだれ込んでいた。
どこにいるのかわからないひぐらしとセミの話し声がやかましい。
「あっ、オレ、そろそろ行かなきゃ。」
そう言い、ジュンは急ぐように起き上がって走って行った。
そういえば、あいつ、今日でここを出るんだっけ。
「ハナ、行こうぜ。」
「うん…」
オレはハナに腕を貸して、いっしょにジュンの後をつけて行った。
「お前、ジュンのこと好きだろ。」
オレはふと口に出した。
するとハナはかぁっと顔を赤くして、じっとこちらを見つめてきた。
「なっ、なんでえっ、ナツくん…?」
図星なのか戸惑いなのかわからない反応でも、オレは無意識に応えていた。
「"あの時"お前、好きって言ってただろ?」
オレがそう言うと
「あの時って…何?話した覚えないんだけど。」
ハナは不思議そうに答える。
「ほら、ジュンがこっから出てく時…」
自分でもおかしいことを言っている気がする。
「そんな…あったっけ?でも、それって…今?じゃないの…?」
ハナも違和感を抱いたように答える。
ジュンはここから出ていく。
その時、ハナはジュンに告白する。
なんでそう考えるんだ?オレ…
「あっ、オレ、"約束"思い出したっ。」
オレはさっとハナの近くから離れた。
「ナツくんっ?」
「ごめん!ジュンに想い伝えとけよー!」
オレは答えも聞かずにだっと走り出した。
まずい。今何時だ?
神様、怒ってるか?
オレ、どうなるんだ?
変な汗が止まらない。
神社の前に着くと、そこにはトシがいた。
短い髪に丸メガネは変わらない。だけど、どこか目は冷ややかになっている。
オレは全てを悟った。
---
「今、ちょうど7時だね。約束の時間は何時だったかな?」
「…」
トシはオレにそう問いかけてきた。
ギロリとした目線は、胸を突き抜けて、ズキズキくる。
背中が寒い。震えが止まらない。
声が出ない。何も考えが浮かばない。
「…ぼくもねぇ、若くして亡くなったキミに、せめてもの救いと思ってね。楽しかったんだろうね。よくわかるよ。」
淡々とトシは話す。少し抑揚のないその声は、オレの恐怖をキッと掻き立てる。
「あぁ。」
自然と涙が溢れてきた。
なんとなくだけど…オレはきっと、死ぬよりももっと、恐ろしいことをされる。そう…感じた。
「キミに同情したよ。痛いほどに。可哀想と思った。だけど今、ぼくはもっと可哀想だと思ったよ。キミは子供だ。だけど運命っていうのは、ザンコク?なものなんだよ。」
トシはまた話し続ける。
「ぼくにも非がある。本当にすまない。でも、本当はさ、約束をしないと、できなかったんだ。神様ってのは、ぜんちぜんのーじゃないんだ…」
「…」
「呪いっていうのはねー…うーん、なんて言うのかな。キミの記憶を預かって、亡霊にする。まぁでも、キミが死んだ日の…えっと、まぁそのくらいの日だけ、キミは生きられる。正直、ぼくは優しすぎるぐらいだよ。」
トシはオレのデコに手をのせた。
「またここに来てみなよ。その時は記憶を返してあげるからさー。」
トシはそう言い、何かの呪文を唱え始めた。
すると一瞬にして、辺りが白く輝いた。