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うりゃああああああああああああああああ
ぶらっく
毎度の如く、リア友にバレないようにタイトル⬆はテキトーに付けてます。
『ネロおじが転生したら悪役令嬢だった件。』
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ネロが歩く度、白衣の裾がわずかに揺れた。
例によって、今日もパチンコで大負けし、わずかに手元に残った1000円札を握りしめながら、街をうろつく。
特にすることもないので、このまま研究所に戻ろうかと考えていた時、ふと、友人──『カール』の誕生日のことを思い出した。
今日か、昨日か、あるいは明後日だったかもしれない。まだ先なのか、もう過ぎたのかも分からない。
だが、そんなことはネロにとっては重要ではなかった。
カールは、ネロが気を使わずに済む、数少ない友人のうちの1人であった。
何かしてやるべきかと思ったが、何かを思いつくわけでもなく。
プレゼントを考えるのは面倒であった。選ぶ理由も、選ばない理由も、すぐに思いつく。
結果、最も思考の浅い方向── “花屋”へと足が向いた。
扉を押すと、小さな鈴が音を立てた。どこか間の抜けたその音が、無理やりネロを“客”として定義づけてくるようで、少しだけ癪だった。
店内には、花の香りと、立ち働く人の気配。中年の女が、花瓶をひとつひとつ並べ直しながら、なにやら急いでいる。
ネロは言葉もなく、淡々とした歩幅で花々の列を眺める。その視線は花を見ているようで、何も見ていなかった。
そしてふと、ある一輪に目をとめる──が、それは決して美しさのせいだとかいう、ロマンチックなものではなかった。視線が吸い寄せられたのは、値札の下の、小さな数字のほうだった。
「(このいっちゃん安いやつでいいか……。あいつの事だ。そんな花の一つや二つ、一々気にするようなもんじゃねぇだろ)」
その時、背後から、パッと陽の光が差し込むような声が飛んできた。
「いらっしゃいませ〜! あっ、それ、そちらのお花ですね? はいはい、ちょうど今がいちばんの見頃なんですよ〜!」
店員である中年の女は、手にしていた花瓶を片付ける間も惜しむようにして、ネロの方へ駆け寄ってくる。名札の縁に土がついているのが見えた。
「ねえ、色も素敵でしょう?このお花、中心が黄色で、その周りを囲うようにほんのり白が──ああ、ごめんなさいね、つい話しすぎちゃうの、癖で……!それでね、花言葉は──」
その後も、店員はべらべらと喋り続けていたが、ネロは半ば聞き流していた。
店員が話し終えた時、ネロはようやく声を出した。淡々と、すり切れた紙のような声で。
「………じゃあ、これ。花束にしてくれ」
その言葉にかぶさるように、店員がぱっと笑った。
「かしこまりましたぁ〜! ちょっとお時間くださいね、いま包みますから〜!」
その笑顔の温度が、ネロの目には少しだけ遠く見えた。
何かを考えることもなく、小さな鈴の音と共に店を出た。
少しベンチで休もうかと、近くの公園に足を踏み入れた。
と、同時に、女とすれ違う。
嫌という程にベルガモットの懐かしい香りが──
『懐かしい』?
ネロは、買ったばかりの花をそのまま手放してしまいそうになるほど驚き、目を見開いた。
───忘れたつもりだった。
それなのに、どういう訳か、苦い記憶というものは、何かの拍子に、何でもない顔で戻ってくる。
呼びもしないのに、勝手に出てくる。
押し込めたはずの場所から、音もなく這い出てきて、胸の奥を冷たく撫でていく。
「……………おい」
ネロは、声をかけずにはいられなかった。
今目の前にいるのは、紛れもなく
『あの女』だったのだから。
「はい……?どちらさまでしょうか」
女は、昔と変わらず、絵に描いたような嘘くさい笑顔を浮かべる。
「忘れたとは言わせねぇぞ。
──昔、お前が騙した、医者のネロだ」
ネロの言葉を聞くと、女は思い出そうとしているかのように上の空になり、しばらくしてから、女から笑顔が剥がれおちた。
「あぁ……あの。
ふふっ………ははっ!あの時は助かったわぁ。疑いもせずにまんまと騙されてくれて。
あの時はうじうじしてて騙しやすかったのに……。
貴方随分と変わったわね。
でも騙されやすいのは昔と変わってないのかしら?」
女は、感情が段々と高ぶってきたのか、ベラベラと口からネロを嘲笑う言葉が次から次へと溢れ出てくる。
しかし、ネロは全く効いていないかのように、「フッ」と鼻で笑った。
ネロの飄々とした態度に、女の眉間に、徐々にしわが刻まれる。
「別に、今さらどうこうって訳じゃねぇよ。
お前が昔と変わらず『独りでしか生きていけねぇ常に自分が一番偉いと思ってそうな女』だなって理解しただだよ、バァーカw」
ネロは、感情が──とてつもなく高ぶっていた。
その時の快感は、ギャンブルで1万円が3万円となって戻ってきた時よりも、比べ物にならないほどであろう。
『やるべき事をやってやった』とでもいうかのように。
正義が悪を裁いてやったとでもいうかのように。
──それ故に、ネロは気づけなかった。
ネロ自身、この時は『自分が優位な立場である』と誤認していただろう。
女の“殺気”ほど、恐ろしいものは無い。
最初に聞こえたのは女の金切り声。
次に、『がしゃん』という音。
その後に、『がちん』という音と
それから───
ネロ「───あ゛……?なに、が──」
──簡潔に状況を説明するならば、
女がネロを突き倒し、ネロは運悪く、公園においてあったコンクリートの山に頭をぶつけてしまった──と言ったところであろうか。
無論、ネロの頭からは、血がどくどくととめどなく流れ続けている。
まさか殺すつもりでは無かった女は顔面蒼白で、
「わ、私のせいじゃないから──!」
と、言い残し、早々にその場からしっぽを巻いて逃げていった。
ネロ「どーすっかな……これ……」
ネロは、自身が医者なのもあってか、『この血の量では助からないだろう』ということを早々に察した。
|人気《ひとけ》のない公園で、ネロの浅い呼吸だけが微かに零れていた。
ネロはその場に寝転んだまま、目をつぶり、最後の力を振り絞った。
ネロ「最期くらい……酒……飲みたかった……!!」
───最期の最後まで、この男はこういうヤツである。
なんやかんやあり、ネロは……多分、死んだ。
しかし、ここからが本題である。
今までのは序章に過ぎない。
『ネロおじが転生したら悪役令嬢だった件。』、
始まり、始まり──。