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彗星の光るとき、
『え~、続いてのニュースです。7月12日、日本全体で大規模な流星群が見られるそうです。この日は一日中晴れているようなので、とても綺麗に見られそうです』
『わぁ、流星群ですか。是非見てみたいものですね』
『そうですね。さらに、この日の21時頃には、何と彗星を見ることが出来るようです』
『それも、大層見映えが良いのですかね』
『楽しみですね。では、続いてのニュースです──』
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7月9日。
担任の声を聞きながら、私は窓の外を見ていた。
「そういえば、今日の3日後、流星群や彗星が見られるそうです。その日は終業式の日ですので、皆さんも是非見てみてくださいね」
今朝のニュースで聞いた話だ。3日後、私が見ているこの窓の外の景色も、流星群で染まるという。信じられない話だ。
|朝比奈光《あさひなひかり》、高校2年生。
生まれてこの方、田舎なこの町を出たことがない。星は綺麗だけど、星の光より街の明かりを見たかった。
流星群。ニュースでは、日本全体で見れると言っていた。日本中で綺麗な星が見られて、しかも都会の方が便利。不平等な話だ。
そうして、授業が始まる。
授業なんて退屈だ。ただ教師の話通りにノートを取るだけ。テストもそれでなんとかなる。
というより、学校自体が退屈だ。誰も私には目もくれないし、誰ひとり私に話かけようとしない。おかげで、退屈で退屈で仕方が無い。教師だって、私を特別褒めようとはしない。だから、学校なんて行かなくても良いんじゃないかと思ってる。
……はぁ、今日も明日も、その先もずっと、私は退屈を感じるのだろうか。でも、少なくとも、今日の私は、退屈でしょうがない。昨日も一昨日もそうだったけど。
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学校からの帰り道。
学校なんて行かなくても良いと思うけど、唯一行く理由はある。
中学の頃、私に告白してきた男子がいた。別に彼氏なんてものがいるわけではないから付き合うことになったけど、彼──|卯月琉斗《うづきりゅうと》は、別の学校に上がった。琉斗はやたらと私を心配する。私が学校に行かなかった高校1年の最後の頃なんて、毎日のように家に来ては親と何か話していた。
琉斗とは、毎日下校した後に会うようになっている。私が学校に行っているか、制服を着ているかで確かめるとか。そんなに心配されないと生きていけない人間じゃないよ、私。
「……お、光!よっ!」
噂をすれば影が差す。琉斗がやって来た。
「聞いたか?12日に流星群が見れるって、めちゃくちゃ話題なんだ。よかったら、一緒に見てみないか?」
「良いよ。でも、どこで見んの?」
「ん~……俺の家で見ないか?マンションだから高いし、眺めも良い方だと思うし」
「……まぁ、良いんじゃない?」
「オッケー!12日に俺の家集合な!」
琉斗とは、そんなことだけ話して解散する。向こうだって、この後に色々あるらしいから。
無理してるんなら、この集まり自体辞めれば良いのにって思う。でも、前に琉斗にそう言ったら、『光のことを心配してるからやってるんだよ』って言われた。
だから、私は、学校に嫌でも行かないといけない。
……言い訳かもしれないけど。
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琉斗と分かれた帰り道、緩やかな下り坂を歩く。
今日は、帰ったら何をしよう。ゲームはやり込めて楽しい。読書は本の世界観に引き込まれて夢中になれる。何をしよう。
「……おい、朝比奈光」
まぁ、まずは課題からかな。その後は──。
「……聞いているのか?おい、朝比奈光」
……何?さっきから聞こえるこの声。
「何ですか?私に何の用が──」
振り向いたとたんに目が合ったのは、すごく顔の整った、けれどものすごく不機嫌そうな表情の、私と同い年くらいの男子だった。
「……何だよ」
「……そっちこそ、何の用が──」
「まぁ良い」
そう言って、男子は私の手を掴んだ。
「俺の手を離すなよ」
「え──」
そしたら、急に目の前の田舎の下り坂が消えて、真っ白な空間に変わった。
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「おし、無事に着いたな」
男子はそう言うと、私の手を離した。
「な、何ですか?警察に言いますよ!?」
「……警察?ここは《現実》じゃないから、警察なんて来ないぞ」
現実じゃない……?どういうことなんだろう。
「……おい、出て来ていいぞ」
男子がそう言ったら、何もなかったところに突然女の子が現れた。
「……出て来ていいって言われてもさぁ、せっかく連れて来た子に失礼だよ?」
「……良いだろ、別にさ」
「……もう」
女の子は男子とそう言い合った後、私に向き直った。
「まず自己紹介するね!私はチェリナ。よろしくね、朝比奈光ちゃん!で、あれはヴィオン。私の相棒。ほら、ヴィオン。あいさつして」
「……ヴィオンだ。よろしくな」
「あ、よろしくお願いします……?」
チェリナさんとヴィオンさん……。ヴィオンさんはともかく、チェリナさんは悪人に見えない。私をどうするつもりなんだろう……?
「……でね、急だけど、光ちゃんに頼みたいことがあるの」
「は、はい、何ですか?」
「……えっと、まず、そっちの……貴女の生きてる現実の世界の日本で、えっと……3日後に彗星や流星群が見れるって話、聞いた?」
「え……はい、聞きましたけど……?」
何でその話なんだろう。少し拍子抜けだ。
「えっとね、まず、驚かないで聞いて欲しいんだけど……
私たちはね、未来から来たの」
「……え?」
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「え、それは、どういう……」
「そのまんま。俺らは、お前の生きてる時代より未来の時代から来た」
動揺してしまう。信じられない。
「……でね、私たちの未来では、貴女の生きてる日本は、今から3日後に落ちた彗星で滅んだって話なの」
「嘘……?それじゃあ、私は……」
「……残念な話だけど、私たちの未来では、貴女は死んでいることになるわ」
死んで……?嘘……、……本当に?
「……私たちの時代では、『日本』があった土地は周りの国で分けられていて、日本人は帰る故郷が無くなった。私は、その日本人の子孫になるわ」
「……俺は日本人の血は何分の一か流れている。もう、日本人の血純血の『日本人』はチェリナぐらいだ」
信じられない話だけど、反論出来ない。どこかリアルさのある話だ。
でも、私にそんなことを話して、何を頼みたいんだろう。
「……私たちが光ちゃんに頼みたいのは、日本を救うことなの」
……は?何で?何で私に?
「まぁまぁ、まず、話を聞いて?」
「……私たちの時代では、人間は血統によって色々な超能力を持つことが出来るようになっているの。でも、人間の血の中で最も超能力に適合しているのが、日本人の血だった。
それでね、私たちみたいに時間を移動して、日本人を捕まえる人もいるくらいなの。……でね、私たちは、この時代の日本人の誰かに超能力を宿してもらって、その人に協力してもらって彗星の軌道を変えるなり、彗星を破壊するなりしようって思って、協力してくれそうな人の中で血統に問題のない人を探したら、光ちゃんが一番良いかなぁ、ってことになったの!」
「……だからお願いっ!日本の未来のために、私たちに協力してっ!」
「え、えっと……もし私が協力しなかったら、日本は滅亡するんですか?」
「滅亡すると思うぞ。お前もろとも、な」
……責任が重すぎる。しかも、超能力だなんて……。
……でも………。
「…………私、協力します。ですが、失敗しても、責任は押し付けないでください」
「……りょーかい。協力だから、責任なんて押し付けないよ」
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「……それで、私はどんな超能力を貰えるんですか?」
超能力は、普通に気になってしまう。ヴィオンさんが現実の世界からこの空間に一瞬で移動したことや、チェリナさんが一瞬で現れたから、使ってみるのが楽しみだ。
「ん~……まず、|浮遊《サイコキネシス》は確定でしょ?あとは……」
「|魔法《エスパー》もあった方が良いんじゃないか?他には……|弾幕《ボム》とかか?」
「|空間移動《テレポーテーション》は?あ、後、|予知《プリディア》もいるかな?」
「空間移動はともかく、予知は良いだろ」
「……そうだね!じゃあ、浮遊、魔法、空間移動で良いかな?」
「あの……、超能力って、いくつも使うんですか?」
さっきから、色んな名前が出て来る。名前でなんとなく分かるものもあるけど、いくつも使うんなら、私、ばれたときが面倒な気がする。
「そうだよー。私たちだっていくつか持っているからねー」
「はぁ……例えば?」
「んと、私は浮遊、空間移動、|時間移動《タイムスリップ》、|透過《パーメリア》かな。ヴィオンは?」
「……浮遊、弾幕、空間移動、時間移動、|読心《テレパシー》」
「あ~、そうだったんだ。でね、貴女は、貴女自身にかかる負荷を最小限にするために、3つくらいまでなら超能力を持てるわ」
「は、はぁ……」
いよいよ本格的になった話に、少しわくわくしてしまう。
「じゃあ、超能力を持たせるから、目を閉じて?」
言われた通りに目を閉じる。
すぐに、意識を失った。
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──目が覚めると、身体に違和感を感じた。
何だろう?浮いているような…………
…………浮いて、る?
「おっ、気がついた?」
そう言うチェリナさんの声ではっきり気がついた。私、『浮遊』で浮いているんだ。
「あぁ、使いこなすまでは浮いておけ。その間に他の能力を使ってみろ」
「……ヴィオン、流石に駄目だって……。死にはしないけどさ、怪我はするかもしれないんだよ?」
「お前だって分かってるだろ?時間が無いんだよ。時間移動の応用でこの空間は時間の進み方を操れるけど、そしたらお前自身にかなり強い負荷がかかる。だから、時間を無駄には出来ないんだよ」
「でも……!」
「チェリナさん、良いです。私、頑張ってみます」
「……光ちゃん……」
「私、死にたくはないです。誰にも気づかれなくても、日本を救えるのが私しかいないのなら、私は精一杯、頑張ります」
学校では誰も私に話しかけないけど。特別、生に対する執着なんてこれっぽっちもないけど。
琉斗みたいに、両親みたいに、そして、チェリナさんみたいに。気遣って貰える人が一人でもいるなら、私はその人たちに恩を返したい。
「…………おい、全部聞こえてるぞ?」
「あ~……光ちゃん……」
「あっ……すみません……」
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かなり時間がかかったけど、なんとか使えるようにはなった。
気をつけないとすぐに『浮遊』しちゃうし、『空間移動』は使いすぎると酔っちゃうし、『魔法』はこの『亜空間』に穴を開けちゃってヴィオンさんにもの凄く怒られたし…………。
「あ~……光ちゃん、大丈夫?」
「うぅ……大丈夫、です……」
……チェリナさんは優しいなぁ。なんて言うか、骨身に染みるよ。
「……だから聞こえてるっての」
「あ~……すいません……」
それに対して、ヴィオンは……こっちを凄い睨んでくるね。やめておこう。
「で、えっと……いつ、《現実》の世界に戻れるんですか?」
私がいたのは、彗星が見られる3日前。……そこに戻るのかな。
「……どうするの?ヴィオン」
「……3日……おし、彗星が落ちる日に移動するぞ」
「え……?何で、ですか?」
「お前に与えた超能力は、本来超能力を持つことが出来ないのに持っているから俺らよりも失われやすいし、能力も劣っている。そして、3日使っていなかったら、能力が殆ど消える可能性がある。だから、能力が消える前に彗星を壊すなり何なりしたほうが良い」
……未来の日本人を連れて来て、協力してもらった方が良かったんじゃない?
「……ま、という訳だから3日後に移動するぞ」
そう言うと、ヴィオンさんは一瞬で消えた。──3日後に移動した。
「……いや~、私の相棒が申し訳ない……。ごめんね……光ちゃん」
「あはは……全然大丈夫ですって。ほら、私たちも行きましょう」
「う~ん……なら良いんだけど……困ったらすぐ言ってね?」
「あはは……ありがとうございます」
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7月12日。
あの緩やかな坂道は、あの静けさのままだった。
「おし……、先に言っておくが、お前は、3日間学校に行って、あの男の家で流星群と彗星を見ている。二人が遭遇した場合、どちらかが『消える』からな。気をつけろよ」
「は、はい……」
「………よし、じゃあ、行くぞ!」
「りょーかい!」
三人で『浮遊』を使って浮いて、チェリナさんの『透過』の範囲拡大で三人を包み込む。
「私から離れたら、姿が見られるからね!ヴィオンはともかく、光ちゃんは絶対離れないでよ!」
「りょ、了解!」
ヴィオンさんの『弾幕』が、大量に出て……遠く、少しずつ近づいて来る彗星を目掛けて発射された。
「……さぁ、始まりだ!」
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『弾幕』が彗星に当たっても、私の『|攻撃ノ魔法《アタック・エスパー》』を使っても、彗星が壊れる気配は無い。
「クソッ……何で壊れないんだよ!」
ヴィオンさんがそう言って、さらに『弾幕』の量を増やす。
「ヴィオン!そんなに出したら、ヴィオンにも負荷が掛かるって!」
チェリナさんの制止を聞かずに、ヴィオンさんは空一面の『弾幕』を彗星にぶつける。
彗星は、私が住む田舎町を離れて、都会の方に向かっている。
「くっ……!」
私は『空間移動』で彗星と距離を取ってから、遠距離攻撃の『|閃光魔法《ライト・エスパー》』で彗星に攻撃する。
『閃光魔法』は、ヴィオンさんの亜空間に穴を開けた、コントロール性に目を瞑ればかなり強い魔法だ。
「あっ……!ナイス、光ちゃん!彗星が少し削れたよ!」
「よ、よし……この調子、で……」
ヴィオンさんが、一気に『弾幕』の数を減らして、彗星に当てた。
『弾幕』が当たった彗星は、ボコボコとし始めた。
「……やっぱり。数を減らして威力を上げれば、効果が出てくるな」
それから、ヴィオンさんは『弾幕』で彗星をボコボコ削っていく。私も、『閃光魔法』でじりじり削っていく。
彗星がだんだん小さくなっていって、『攻撃ノ魔法』でもかなりダメージが入るようになった。
「……おらっ!とどめだぁぁーー!!」
ヴィオンさんの特大の『弾幕』が彗星に当たって……彗星が、粉々になった。
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気がついたら、あの『亜空間』に戻っていた。
「……あ、起きた?」
寝ていた私を、チェリナさんがのぞき込む。
「ほんっと~に、ありがとう!私たちの未来も、日本は滅びていないことになっているみたいだし。本当に、感謝してもしきれないよ……!」
「あ、ありがとうございます……?」
ヴィオンさんは、まだ寝ている。でも、こんなに騒いじゃって大丈夫なのかな……?
「……おい、五月蝿いぞ」
……あ、起きた。
「というより、そろそろ《現実》に戻してやらないか?」
「……あ、そうだね!でも……いつに戻す?」
「……あの日に戻すか?課題とか諸々はやったことにしておいて」
「いいね!じゃあ、能力は……?」
能力……どうするんだろう。
「………一応、残しておくか?だんだん使えなくなるだろうけど、悪用はしないだろうし」
「そうだね。残してあげようか」
チェリナさんは、私に近づいて……抱きしめた。
「本当にありがとう。日本の未来を救ってくれて。………もう、お別れだね」
「え……、もっと、話したかったです」
「ごめんね。でも、記憶は残るから。私たちは、いつでも思い出せるよ。……いつか、また遊びにくるね!」
「………さようなら、チェリナさん、ヴィオンさん!」
「……ばいばい。さようなら!」
「……じゃあな……バイバイ」
「……………さようなら……」
私の意識は、また途切れた。
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………五月蝿い。いつものアラーム音だ。
「………う~ん……」
………えっと……今日は、終業式だ。
「……あ、早く学校行かないと」
不思議な夢を見た気がした。未来から来たっていう二人の超能力者が、私に超能力を与えて、日本を救った夢。
彗星を壊していたけど、正夢になったりしないよなぁ。今日、彗星が見られるらしいし。
彗星……、綺麗なのかな。琉斗と見る約束をしているけど。楽しみだな。
琉斗の家のベランダからは、ぽつぽつと見える街灯や電柱に、時々人が見えるだけだった。
──……けど。
最初の流れ星に続いて、幾つもの流れ星が降ってくる。
流れ星が、流星群が、あの大空を覆う。
「うわぁ……!」
「おおっ……!」
そして……、その中で、一際大きな光が伸びる。
地平線の向こうまで伸びそうな、青色に、紫色に、金色に輝く彗星。
彗星の周りに小さく見える……星?……も、凄く綺麗。
ふと、都会では、こんなに綺麗に星が見えないんだなって思った。
……田舎、だから……。
初めて、田舎で良かったって思えたかもしれない。
ゆっくりと、輝きを増しながら、彗星たちが空を横切った。
制作期間二カ月掛かった読み切り作品です。
けっこう長くなりました。