公開中
暗号解読(2)
「で、姉ちゃんは僕になにをしてもらいたんでしょうか」
「実演よ。この暗号の謎が解けたの」
私は弟と電話しながら、スマートフォンのブラウザを開く。
最近のスマホは画面共有までできてしまう。こりゃ実演に便利だ。
「それじゃ、行くよん」
「はいはい。まぁがんばれ姉ちゃん」
私は『ポケットベル 変換』と検索し、一番上のサイトを開いた。
「……ポケベル?」
「そう、ポケベル」
暗号の書かれた用紙を見ながら、入力欄に数字を打ち込む。
数字だけで文章を伝える方法。それこそ『ポケットベル』だ。
とうの昔に滅びたものだと思っていたが、まさかこんなところで見るなんて。
「さ、見てなさい翔太」
「はいはい」
変換と書かれたボタンをタップ。
これで、暗号の正体がわかる……はずだった。
「……え?」
「しくったようだね。姉ちゃん」
目の前には『エラー。変換できません』という文字が並んだ。
「え、ちょ、どういうこと?!」
「さぁね」
わけがわからない。ポケベル以外の方法だったのか?
「ちょ、どうしよ翔太?」
「自分で考えな。それじゃ」
そう言うと、翔太は電話を切断した。
「……どーしよ」
せっかくの仮説が打ち破られた。
私は名前をつけられない、よくわからない感情を存分に味わっていた。
「えっと、よし」
まぁ、それくらいで折れるわけにはいかない。
ここまで謎に近づいてしまったからには、解くまで終われない。
私の体は、もうすでに真実を求めて暴走していた。
私は再びベンチに寝転がり、頭をぐちゃぐちゃにする。
自分の意志をゼロにして、ただただ頭の中を謎と手がかりで埋め尽くす。
そうやって俯瞰的に真実に近づくのが私のやり方、なのだが……
「……何も思いつかない」
どうも今日は調子が悪い。
せっかくの仮説は打ち破られるし、弟に醜態を晒すし。
この状況を変えるためには……何か別のものを入れよう。
私は起き上がって、一度深呼吸をした。
『You:トモヤロイドさんのMVの、戦争とかの画像ってどこから手に入れてるんですか?』
謎が解けないなら、誰かに聞けばいい。
調子が悪いときは何か『ヒント』を頭に入れるのが一番だ。
『サマニ:えっと、どこからだろう』
『肺:なんか変なところから仕入れてそうだけどな』
私は他にも質問を考える。
何か手がかりになりそうなものは、何かないか。
『I愛アイ:なんか自分で撮ってるって言ってたよ』
『肺:……へえ?』
数秒の沈黙。そして、私は一言つぶやいた。
「まじ、かぁ」
『You:自分で撮ってるって言うのは、自分で紛争地域に出向いてって意味ですか?』
『I愛アイ:そう。なんか危険なところに行くの生きがいらしい』
次の瞬間、私は以前アップされていた『トモヤロイド』さんの私物の画像を見に行っていた。
その画像をアップしていたのは、今私に回答してくれた『I愛アイ』さんだった。
「……なるほどね」
その瞬間、私は合点がいった。
私物の画像を勝手にアップしていたのは、当然ながら早く行先を掴むためだ。
『トモヤロイド』さんは海外の紛争地帯に出向いていた。
つまり、彼が海外の事件などに巻き込まれている可能性がある。
「こりゃ、早いこと見つけないとな」
私はチャットアプリを閉じ、動画サイトに戻った。
最近投稿された曲にも、何か手がかりがあるかもしれない。
◇◇◇
「だめか~」
見たところ、最近の曲には紛争の画像は使われていないようだった。
それに、概要欄からPHSやMDなどの『懐かしい物』も消えている。
「じゃあ、他になにか」
私は『ガラケー』と検索してみる。
普通にサイトを検索する以外にも、画像検索なんかも試してみた。
「……あれ?」
私はガラケーの『画像』を見た瞬間、小さな違和感を覚えた。
しかし、なぜ違和感を感じるのかはわからない。
三度目の正直とばかりに、私はベンチに横たわった。
「……リベンジマッチといくか」
頭の中をぐちゃぐちゃにして、違和感の正体に迫る。
スマホの画面だけで違和感を覚えたんだ。
つまり、私の中に、答えはある。
「PHS、パソコン、テンキー」
テンキー、そうか。
私は一つ、小さな思いつきをした。
「……あったり!」
もう一度『トモヤロイド』さんのPCを見る。
おそらく、これで暗号を解読できる。
私は電話アプリを開いて、翔太に電話を掛けた。
「はいもしも」
「この事件のキーワードは3つ」
「……姉ちゃんどうした?」
私は息を吸うと、勢いよくまくし立てた。
「一つは『あべこべ』、もう一つは『テンキー』、そして最後のキーワードは『ポケットベル』」
「……なんかうまくいったの?」
私は画面共有をし、ブラウザを開く。
恥ずかしい姉のままじゃ終わらない。終われない!
「まず、この暗号はポケットベルの数字よ」
「ん?でもさっきそれで失敗したんじゃ」
「暗号化されてるのよ。実に簡単な方法でね」
ここまで来れば、真実はあと一歩だ。
「まず、この数字は『本来プッシュホンで打つべき』ところを『PCのテンキーで打っている』」
「……何言ってるの姉ちゃん」
「わからない?じゃあ、家の電話を見てみて」
そう言うと、翔太はぶつぶつ言いながら家の電話を見に行った。
「じゃあ、そこのボタンを上から読み上げていって」
「え、あぁ。うん」
数秒後、翔太はボタンを読み上げ始めた。
「1、2、3、4、5、6、7、8、9、アスタリスク、0、シャープ」
「そう。ありがと翔太」
「……で、これで何がわかるの、姉ちゃん?」
まだだ、それだけじゃ真実にはたどり着けない。
私はチャットアプリを開きなおして、画像を送信する。
「それじゃ、今送った画像を見てみて」
「え、あぁうん」
「翔太、それのテンキーも上から読める?」
「……別にいいけど」
翔太はため息まじりに言った。
そして……数秒後、読み上げ始めた。
「7、8、9、4、5、6、1、2、3、0、00、エンター」
「何か気付くことない?」
私は自信満々で翔太に質問する。
「……なるほどね。だから『あべこべ』」
「気づいたようね」
私はブラウザを開きなおし、暗号解読を始めた。
「翔太が気づいた通り、電話のテンキーとPCのテンキーは数字の順番があべこべ」
「つまり、電話のテンキーでPCのテンキーのように入力すればいいの」
7・8・9は1・2・3に。4・5・6はそのまま。1・2・3は7・8・9。
そして、00と二度続いた時は『0』に置き換える。
「それじゃ、行くわよ」
私は長い数字を、ただひたすらに規則に沿って打ち込んだ。
数十秒後、私はその数字を変換し終わった。
私の目の前に『432194411174922152612551124404』という数字が並ぶ。
その数字を眺めながら、私は『変換』のボタンを押した。
◇◇◇
「結構あっけなく終わっちゃったね。姉ちゃん」
「確かにねぇ」
暗号解読終了後、私はその結果をチームに報告した。
暗号の『真意』を理解したチームは解散。
私は報酬を受け取って、海岸のキッチンカーで豪遊中だ。
「にしても、『トモヤロイド』さんも災難だね。自分の好きな曲が作れないなんて」
「確かにねぇ」
暗号の正体―――それは、『つかれたあめりかにはこないで』という文章だった。
最近の彼の曲は、紛争地帯の写真などがない何か欠けたものだった。
だから、自由の国アメリカで新しい『曲』を作ろうとしたのかもしれない。
「そういや姉ちゃん。僕に写真とか暗号解読シーンとか見せて大丈夫なの?」
「あー、大丈夫ではないかも」
チームメンバーの様子から察するに『トモヤロイドさんの失踪』は極秘情報らしかった。
「まぁでもいいでしょ。あくまで翔太にトリックを実演しただけだし」
「……なんでわざわざ実演したの?」
なんで、と言われても。
「うーん、私の導き出した真実が間違ってないか、確認してもらうためかな」
「……確認?」
「私は『謎』にも、その『答え』に対しても真摯に向き合いたいのよ」
「ふーん。姉ちゃんらしいね」
翔太は興味なさげな声を出した後、電話を切った。