公開中
1
晴瀬です。
1話です
「ねえ|伊吹《いぶき》、今度の週末、ちょっと遊びに行かない?」
そんな切り出し方だったと思う。
俺も、そう話しけてきた|紫苑《しおん》も高2の夏。8月に入った頃。
珍しいなと思った。
控えめな紫苑がそんなふうに出掛ける提案してくるなんて。
だからすぐにその話に乗った。
落ち込んでいた紫苑が、やっとやりたいことを口にしてくれたのだから、叶えるべきだと思った。
そのちょっとした決断に、黒くて大きな渦が巻いてくるなんて、この決断をあとで激しく後悔することになるなんて、そんなこと考えもしなかったから。
---
俺と紫苑が高2に進級した年の5月末、紫苑の父親の|芹矢《せりや》さんが亡くなった。
病気だった。
元々紫苑には母親がいなかった。病気で亡くなったのだと芹矢さんは紫苑に話していたらしい。
紫苑は一人になってしまった。
だから、俺が、優しすぎる弱い紫苑を守っていかなきゃいけない。
芹矢さんの願いを叶えるために、恩返しをするために。
紫苑とは家が近くて、小さい頃から家族のように仲が良かった。
遡れば芹矢さんと俺の両親が高校時代からの親友だったらしく、俺や紫苑が生まれたあとも俺の両親がいなくなるまで、家族ぐるみで仲良くしていた。
俺の両親は、俺が小学5年生のときに事故で死んだ。
家族でショッピングモールに行こうという父さんの誘いに、反抗期だった俺が断ったから、俺だけ、助かった。
2人で買い物に出掛けていった帰り道だった。
小雨が降っていて、暗かった。それだけ覚えている。酷く暗い日だった。
帰りが遅いなと思い始めた頃に家に備え付けてあった電話機に連絡が入った。
警察からだった。
文字通り頭は真っ白になった。
手の先が急速に温度を失い、どんどん速くなる鼓動とは相反して脳の中心は冷えていく。
息が荒くなって身体が震えた。
「事故に遭った」
その言葉を聞いてからはもう何の説明だって耳に入らない。
病院に向かって、変わり果てた両親の姿を見た時やっと、これが夢でも空想でもないことを脳が捉えた。
俺は体中の水分がなくなるくらいに泣いて喉が枯れるまで叫び嘆いた。
そんなことをして夜を越えても、俺の両親は返ってこなかった。
それからは芹矢さんが手続きや葬式などを済ませてくれて、俺は何も考えずに家に戻ることができた。
あの家に、11歳の何もできない子供が一人で住めるように、となんとか働きかけてくれたのも芹矢さんだった。
知ったのはそれからずっと後のことだったけれど。
その後もずっと芹矢さんは何かと俺を気にかけてくれた。
俺は頻繁に紫苑の家に出入りし、紫苑と芹矢さんと俺は小さなことでも協力して今まで生きてきた。
そんな芹矢さんが、紫苑が大好きだった。