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**告白の夜**
その日の夜は、まるで梅雨が一瞬だけ休んだような静かな空気だった。
空気は少し湿っていたが、雨は降らず、風も穏やかで。
柚子月は、小さな鞄を握りしめながら、待ち合わせの坂道をゆっくりと上がっていた。
紫陽花の花はもうほとんど枯れていたが、わずかに残る淡い青が、ぽつぽつと歩道に咲いている。
ふと、見慣れた姿が木陰に立っていた。
「柚子月さん。」
蓮だった。
いつもよりも静かな笑みを浮かべている。
柚子月の胸が、どくん、と鳴る。
「……来てくれてありがとう。」
「ううん、私のほうこそ……話したいって思ってた。」
そう言って、ふたりは並んで歩き出した。言葉を選ぶように、ゆっくりと。
「七瀬さんに、会ったの。」
その名前を出すと、蓮は一瞬だけ歩みを止めた。
けれどすぐに、隠さずにうなずいた。
「……知ってる。彼女から連絡があったんだ。……たぶん、迷惑だったよね。」
「ううん。びっくりしただけ。でも、少しわかった気がした。
……蓮くんは、自分のことより、誰かの気持ちを優先しちゃう人なんだって。」
彼は苦笑する。
「それ、欠点でしょ?」
「……でも、私が好きになったの、そういうところなんだよ。」
風が吹いた。
紫陽花が、かすかに揺れた。
「七瀬さんに言われたの。“彼の全部を受け入れられる?”って。」
「……それで、怖くなった?」
柚子月は首を振った。強く、ゆっくりと。
「怖くなったけど、それでも……私は、
あなたが今まで背負ってきたものも、傷ついてきた部分も、
全部を“物語”として、愛せる気がする。」
それは、決意に近い言葉だった。
柚子月の声は少し震えていたが、目はまっすぐ蓮を見ていた。
蓮は、言葉を探すように少しだけ沈黙して、ぽつりと言った。
「……本当に、君が僕の“物語の結末”でいいのかな。」
「うん。私は、蓮くんの“続き”になりたい。」
そしてその瞬間、ふたりの心が再び重なった。
ゆっくりと、自然に、彼の手が柚子月の手を包む。
——紫陽花が、もう一度咲いた気がした。
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次回「七瀬との対峙」
蓮が過去に本当の“終止符”を打ちにいく。
過去と未来、どちらに背を向けるのか。