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皮膚潜む傷、腐りかけ
生々しいタイトルつけたいんだけどむずすぎ
2025/09/17
血とか、生々しい傷とか、行動の変化とか。目に見える形のものじゃないと、その人が抱えていた痛みに気づかない。私はそんな人間が好きではなかった。
友達の美也子は、漫画を描くのが好きだった。何度も漫画のコンテストに自身の作品を送っては、落ちる。けれどもそんなこと気にせず、また別のコンテストに別の作品を送る。また、落ちる。また、ペンを握る。私は美也子が悲しんでいる姿を見たことがなかった。いつもポジティブだった。「次は受賞できるように頑張るよ。」と笑っていた。私も「頑張れ。」と返した。私も美也子の作品を読んだことがあるが、あれはあまり面白いものではなかった。絵は癖がなく、下手ではないが突き抜けて上手いわけでもない。展開は王道。先が容易に予測できるが、変なところで意外性を出してくる。正直、私には合わないなと思った。私は「どう?」と感想を求めてくる美也子に、褒めもなしにそのまま伝えた。美也子なら受け止めてくれるだろうと信じた。美也子の作品をより良くしたいという思いもあった。「そっかぁ。ありがとう。」美也子はへへへと眉を八の字にして笑った。それは困っているようにも、笑うことで何かを誤魔化そうとしているようにも、照れているようにも見えた。美也子が私に漫画を見せてきたのは、それが最初で最後だった。私が美也子に漫画を見せて欲しいと頼むこともなかった。ある日、ふと思い出して私は訊いた。
「そういえば、漫画はどうなったの?賞とかとれた?」美也子はお箸を口に運ぶ手をぴたりと止め、数秒黙った。私は購買で買ったパンをかじりながら言葉が返ってくるのを待った。視線だけをあちこちに動かした末、美也子はつぶやくように言った。
「もう描いてない。やめた。」
思わず顔を上げた。今度は私の手が止まった。美也子は卵焼きを口に放り込んだ。その瞳は自身のお弁当だけを写していて、私のことは見ていなかった。卵焼きの次はプチトマトを食べる美也子は、どこかいつもと違っていた。何が違うのか明確にはわからなかった。だから私は、いつもと同じような口調で訪ねた。「へー、なんで。」思っていたよりも低い声が出た。「頑張っても面白い話作れないし、賞、取れないから。」美也子の目立たない喉仏が上下に動いた。プチトマトを飲み込んだようだった。「ふーん。」私は頑張ってる美也子が好きだったな。そう続けそうになった口を、慌てて固くつぐんだ。もしかしたら、私の感想が、美也子から漫画を描く楽しさを取り上げたのかもしれなかった。でも、そう思いたくなくて、私は話題を全く別のものに変えた。
血とか、生々しい傷とか、行動の変化とか。目に見える形のものじゃないとその人が抱えていた痛みに気づかない。私はそんな人間が好きではなかった。私もまた、そんな人間なのかもしれなかった。