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『想いは、時を巡る。』 episode.5
「――ブーブー、ブーブー」
ユナ「―――はい…………」
七海「《――もしもし??ユナ!よかったー!心配したんだよ!全然出ないから!………無理に…とは言わないけど、学校、ちゃんと来なさいよ。本当に残念だし、ユナの悲しみも深いことは分かってる。……でも、いくら嘆いたって、タクトくんは生き返らない。だから、前を向くしかないんだよ。》」
ユナ「―――ありがとう、七海。……でもね、駄目なの。タクトの事が、一日中頭の中ぐるぐる回って………消えないの。無理なの。……ごめん………」
七海「《なんで謝るのっ!………ユナはユナのペースで、気持ちの整理つけたらいいよ。それまで私はずっと待ってるからさ。それでも駄目なら、私が一緒に向き合ってあげる。》」
ユナ「七海………ありがとう。七海が友達で良かった………!!」
タクトがいなくなって1週間が経とうとした。
もう、二度とタクトの笑顔を見ることは出来ない。
そう思うたびに、涙があふれる。
負の感情から抜け出せない。
ラインも、あの日のやり取りから止まったままだ。
なんであんなことを言っちゃったんだろう。
きっと、タクト傷ついたよね。
私にあんな事言われた悲しみの中で、タクトは死んでしまったんだ。
ああ、タクトに会いたい。
タクトのいない世界なんて、嫌だ。
もし、タクトが“あの世”にいるのなら――――私も“あの世”に行く………!!
そして、タクトにごめんなさいを言うんだ………!!
「ガラッ!」
ベランダの窓を勢いよく開け放ち、柵に足をかける。
―――しかし、すぐ真下の地面が急激にとても小さく見えた。
あまりの恐怖からか、心臓がバクバク鳴る。
私は、怖くなってまた部屋に戻り、その場にうずくまる。
ユナ「―――もう、どうすればいいの………!!!こんな世界、嫌だ!夢なら覚めてよ!お願い、神様!一度だけでも良いから、もう一度タクトに会いたい!会ってごめんなさいを言いたい!なんでタクトが…………っ!!」
しかし、こんな事を言っても、何も変わるわけがない。
―――神様は、いないんだ。
私は、あまりの絶望感と虚しさに、腹が立って泣き叫んだ。
何もできない自分に腹が立って泣き叫んだ。
ユナ「うっ…………うわぁぁぁああああああーーーっっ!!!うわああああああっ!!」
涙がポタポタとこぼれ落ちる。
すると、涙の一滴が、色を変えた。
それを皮切りに、周りの景色が青だったり、オレンジだったり、赤だったりと、不安定に色が変わる。
ユナ「……えっ………???」
あまりに幻想的で現実味のなさに、涙が止まり、口がポカンと空いてしまう。
すると、周りの景色が徐々に歪み出す。
すると、歪んだ景色の隙間に、真っ黒な穴が現れた。
景色が歪んでいくほど、その穴はどんどん大きくなる。
気がつくと、私はその穴に吸い込まれていた。
周りを見渡しても、景色は黒一色だ。
―――すると、
「―――わあ!赤ちゃんだー!今動いた!」
どこからか、男の子の声が聞こえた。
周りを見渡すと、一箇所だけ光っている場所があった。
吸い込まれるように、私はその光に近づく。
一瞬、ピカッと激しく光り、私は思わず目を瞑った。
再び目を開けると、そこは家だった。
「――わあー!赤ちゃん動いてるよ!すごーい!」
「タクトも、もうお兄ちゃんね。いつまでもお母さんやお父さんに甘えてたら駄目だからね。」
「はあい………早く、生まれてこないかなあ………ぼく、いっぱい赤ちゃんと遊んであげるんだ!」
その男の子は、まだ小学校入学前の4,5才くらいの子に見えた。
ユナ「―――子供の頃の…タクト……??」
しかし、彼らには、私の存在や、声が聞こえていないようだった。
そういえば、妹がいたって言ってたから、お腹の中の子はその妹なのだろうか………
「ピカッ!」
また景色が激しく光り、思わず目を瞑る。
目を開けると、そこは病室だった。
「――オギャア!オギャア!」
タクト「わーあ!かわいいー!ねぇねぇっ!なまえなんて言うのっ?」
「―それが、まだ考え中でねぇ………」
タクト「にしても、かわいいな!……あっ、僕の指にぎった!」
「ピカッ!」
また光った。
再び、家に変わる。
タクト「――いやだ!!パパと離れ離れなんて!」
「仕方ないでしょ………!!ママとパパは、もう一緒には暮らせないの!」
「ごめんな………タクト。………パパのところ来るか?」
「ちょっと!タクトは私が引き取りますから!」
「――いや、決める権利は、タクトにある。タクト、パパとママ、どっちと一緒に暮らしたい?」
タクト「…………ぼく、パパがいい。パパ、ひとりじゃさびしいだろうし。ごめんね、ママ。………最後に、赤ちゃん抱っこさせて。」
「――どうぞ。私が引き取るから、会えなくなるものね。お別れの挨拶をしなさい。」
タクト「――よしよーし。元気でね。ママの言うことちゃんと聞くんだよ。また会いに来るからね。…………バイバイ―――――――結奈。」
えっ…………!!?私…………!?
そんな馬鹿な。タクトのお父さんは、私のお父さんとは違う人だ。
でも、そうだ。お母さんの記憶は全くない。
私が生まれてからすぐに病気で死んだって、お父さんから聞いた。
それ以来、お父さんが男手一つでずっと私を育ててきたんだ。
もし、本当にこの人が私のお母さんだとしたら…………
タクトと私は、兄妹だった……!?
「ピカッ!」
また景色が光る。
さっきとは違う家だ。
タクト「――もうユナに会えないってどういうこと!?」
「――落ち着いて聞いてくれ………ママが、病気で死んじゃったんだ。ママはね、新しい人と再婚したんだけど、その人の連絡先が分からないから、つまりもうどこにユナがいるのかも分からない。………ごめんな。俺だって悲しいよ………」
タクト「ユナ……―――また会おうねって約束したんだ。絶対、会いにいくからね………!」
私は驚いた。
つまり、私の父は、母親の再婚相手だったのだ。
私と父は、仲が悪いわけでもなく、関係は良好だ。
タクトを熱心に応援している私のことも理解してくれて、この間の誕生日プレゼントにはPrince×2のライブチケットをくれた。
初めて知った。父は、血の繋がらない私を、ずっとまるで実の子のように育てていたのだ。
初めて知るいくつもの衝撃の事実に、私は頭が混乱しそうになった。
「ピカッ!」
再び、場面は変わる。
控室のような場所だった。
タクトは、ライブで着るような衣装を着ていた。
「ブー、ブー」
タクト「――――はい。どちら様ですか?」
「《―――はじめまして。わたくし、馬場|青衣《あおい》の夫であり、あなたの妹・増田結奈の父である、増田|俊広《としひろ》と申します。》」
結奈(――――お父さん!?なんで、タクトと…………!?)
ユナの父「《―――ずっと探していたんです。あなたの名前だけは青衣さんから聞いていて、アイドルになったことも最近知って………どうにか、連絡を取る手段を探していたんですが、なかなか………しかし、この間、青衣さんのご両親を介してあなたのお父さんと連絡が取れたんです。そして、お父さんからあなたの連絡先を教えてもらいました。》」
タクト「………そうだったんですか………実は最近、ユナさんと知り合ったばかりだったんです。………ですが、僕の母や妹の苗字が分からなかったので、同じ名前だと思いながらも、気づきませんでした。」
ユナの父「《そうなんですか………ユナは、あなたの大ファンなんです。………でも、この事を全く知らないので、なんて言えばいいのか。あんなに熱心に応援してるのに、タクトさんが兄と知ったら、どんな反応するのか不安で………》」
タクト「では、僕から直接会って話しましょうか?僕も、あなたやユナさんにずっとお会いしたいと思っていたんです。今からライブで、そのライブにもユナさんが来てるので。僕に任せて下さい。………今度、僕の父も含めて4人で食事とかしましょう。」
ユナの父「《はい。それはいいですね。》」
「―――タクトさーん!もうすぐ時間ですよー!」
タクト「――では、また。」
「ピカッ!」
タクト「―――ふぅーっ………疲れた………」
タクト「――板見さーん!!」
マネージャー「――なんでしょうか。」
タクト「悪いんだけど、呼んできてほしい人がいるんだ。|増田結奈《ますだゆな》って言う、女子高生くらいの茶髪のボブの子。一人で来てて、グッズとかたくさん持ってて…………」
マネージャー「はいはい。分かりましたよ。探してきますね。見つからなくても文句言わないでくださいよ。この会場、人が多いんですから…………」
タクト「ごめんねー!今度、好物のクレープ差し入れするからー!」
マネージャーさんは、足早に控室を出た。
タクト「――――ふぅ…………………大丈夫大丈夫。俺なら、きっとやれる…………」
タクト「――『ユナちゃん、実は俺、ユナちゃんのお兄ちゃんでさ……』……違う。」
タクト「『ユナちゃん、大事な話があるんだ。実は、ユナちゃんにはお兄ちゃんがいたんだ。……知ってた?そのお兄ちゃんてのが、実は俺で……』…いや、これも違うな。………そうだ、俺には実は妹がいたって前置きを言ってから、その妹がユナちゃんで………って言えば………!」
「ガチャ」
マネージャー「―お連れしましたよー。拓斗さん。」
タクト「ああ、ありがとう。」
マネージャー「それでは、私はここで。」
あのライブに行ったときと同じ光景だ。私もいる。
タクト「ごめんね、急に呼び出しちゃって。」
ユナ「いえいえ、そんな………」
そして、あのときと同じようにいくらか会話をする。
タクト「―――ユナちゃんは、まるで妹みたいだなあ………」
ユナ「い、妹……??」
タクト「うん。もう、俺の妹にしたいって感じ!……俺にも妹いたんだけど、幼い頃に両親が離婚して別々になっちゃったからさ………あ、これここだけの話ね。―――でも、そのとき妹はまだ生まれたばかりだったから、俺のことなんて覚えてないんだろうなぁ……」
ユナ「………いつか、妹さんと会えると良いですね……」
タクト「…………そうだね。―――あっ、ご、ごめんね。こんな暗い話しちゃって!そうそう、ユナちゃんに頼みたいことあってさ。その……俺と付き合ってくれない?……その、もうすぐ彼女が誕生日でさ。―――」
また、見覚えのあるやりとりは続く。
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タクト「じゃあ、また来週の日曜ね〜!」
ユナ「はい!お、お願いします!」
「ガチャ」
タクト「―――言えなかった………無理だよ、こんなの。……何逃げてんだよ俺………会う約束して、ラインも交換してさ………このままじゃ、ズルズル引きずっちゃうじゃんか…………」
タクトは、とても悲しそうだった。
あのとき、そんな大事なことを言おうとしていたなんて。私は全然気が付かなかった。
どうして、気づいてあげられなかったんだろう。
「ピカッ!」
また光る。
近くにはテレビ局がある。
ユナ「――彼女さんいるのに、こんなのおかしいよ!!バレたらタクト、アイドルできなくなるかもしれないんだよ!?こんなの嫌!!やっぱり、アイドルとファンの距離感で良かったんだよ!――もう、二度と会わない。私は、ただのファンに戻ります!!」
タクト「――――待って!!本当は、彼女は―――――」
タクト「――はあ………こんなつもりじゃなかったのに。何やってんだ俺は……………何で本当の事が言えないんだよ………クソっ………!!――――――嘆いても仕方ないよな。……帰ろ…………」
「――ブロロロロロロ…………」
「ブロロロロロロロロロ――――」
タクト「―――えっ……………」
横断歩道を渡ろうとしたタクトに、大型トラックが接近する。
ユナ「タクトーーーっっ!!!」
私は、考えるより先に体が動いた。
いつもは、動きが遅い方なのに、このときだけは俊敏に体が動いた。
私は、タクトを突き飛ばした。
どうやら、人にはさわれるらしい。
トラックは、そのまま走り去っていった。
ユナ(ひどい………!!あっちが信号無視してきたのに………!!)
しかし、タクトが無事で何よりだった。
私は、タクトの近くに歩み寄る。
タクトは、私のことが全く見えていないようだった。
ユナ「―――タクト………ごめんね………今まで、ずっと辛かったよね………なのに、私あんなこと言っちゃって………本当にごめんなさい…………タクトがアイドルでも、お兄ちゃんでも、血が繋がった家族でも、私はタクトのことずっと大好きだから………!!!」
―――ここは、どんな世界なのだろう。
『もしも』の世界なのか。
私が夢の中で何度も描いていた都合の良すぎる『|空想《ゆめ》』の世界なのか。
それとも、タクトの過去を私はただ『傍観』していただけなのか。
もし、元の世界に戻ったら、こんなことをしても“タクトが死んだ”という現実は変わらないままなのだろうか。
それなら、ここが現実じゃなくても、私はずっとここにいたい。
―――だけど……………
ユナ「――タクト、ごめんね。私、帰らなきゃ。ありがとう。タクトに会えてよかった。私の言葉、届いてるか分かんないけど――――バイバイ、お兄ちゃん。」
また再び歩き出そうとするタクトの顔を見ながら、私はそう言った。
幸か不幸か、人通りが少なくタクトが轢かれかけたことは騒ぎにはなっていなかった。
「ピカッ!」
また光る。しかし、今までで一番強い光だった。
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目を開けると、そこは私の部屋だった。
窓の外を見たら、もう夜だった。
リビングに行くと、お父さんが仕事から帰ったのか、ソファに座って缶ビールを飲みながらテレビを見ていた。
ユナ「あ………お父さん、おかえり……」
ユナの父「おう。どっか出かけてたのか?帰ってもいなかったからさ。」
ユナ「う、うん。ちょっと用事があって…………」
「《――それでは、今回で5回目!Prince×2のみなさんでーす!》」
ユナの父「おっ、Prince×2出てるぞ、ユナ。見ないのか?」
そう言われ、ふとテレビを見た。
私は、驚いた。
ユナ「―――タクト!!??」
タクトが、いたのだ。
ユナ「お父さん、これ録画!?それとも収録!?」
ユナの父「俺がわざわざ録画で見てると思うか?それに、これ『|LIVE《ライブ》』って書いてあるし。」
生きてる…………!!
ユナ「う………うわあぁぁあああ!!た、タクトが生きてるよ〜〜っっ!!」
ユナの父「………だ、大丈夫か?ユナ………」
お父さんのリアクションから見て、やっぱり、あの事故は“無かったこと”になったのかもしれない。
私は、心の底から嬉しかった。
ユナ「ね、ねぇ、私に実はお兄ちゃんがいたとか言う話、お母さんから聞いてない??」
ユナの父「――――いや、聞いてないなあ………どうしたんだ、急に。どうして、そんなことを考えるんだ?」
ユナ「えっ…………いや、なんでもない………気にしないで。」
ユナ(嘘……??だって、あのとき、『タクトのことはお母さんから聞いた』っていってたのに……………)
私は、急いで部屋に戻り、血相を変えながらスマホを操作した。
お父さんは、私に嘘をついたのだろうか。
お父さんは、実は私と血が繋がっていないということを隠したかったのだろうか。
私は、心の中でお父さんに不信感を抱いた。
―――いや、正確には、“抱きたかった”。
――――しかし、神様は、悪いことも、良いことも全部“無かったこと”にしてしまったみたいだった。
ユナ「タクトとの連絡先が……………消えてる……………」
今までタクトとしてきたやり取りも、連絡先ごと消えてしまっていたのだ。
ユナ「……嘘だっ………!!!そんなバカな!!………こんなことって…………」
これが、タクトの|運命《じんせい》を変えてしまった、私への|代償《バチ》であった―――――